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第四章 全てを暴いて幸せになります!
81・本当の家族
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まもなく、ブラウンが医者を連れて戻ってきた。
だが、待ち望んだ診断が「……特に問題はありませんね」の一言だったので、村人たちが一斉に医者に詰め寄った。
医者は困ったように首を振り、診察道具を鞄にしまい、渋々と口を開く。
「どこも悪くありません。脈にも乱れはありませんし、強いて言えば……ぐっすり眠っているような状態です」
「でも、呼吸をしていないんですよ?」
「その理由は分かりません。ただ、心臓が止まっていない以上、命に別状はないと考えられます」
(なんだ、このヤブ……!)
ライネルが立ちあがろうとした時、「待て」とアルヴェリオの低い声が響き、医者はそちらに目を向けた。
「命に問題ないというのは、本当なのか」
「ええ。なぜ呼吸をしていないのか、なぜ目を覚まさないのかは分かりませんが……」
「……つまり、それについては判断がつかない。そういうことだな?」
「はい。このような症例は、これまで見たことがありません。私ではお役に立てないでしょう。他の医者を探してください」
それだけ言うと、医者は逃げるように工房を後にした。
「そんな……アノマリー」
母親であるゴバは涙をこぼしながら、アノマリーの頬を撫で続けている。
「ブラウン。王都から医者を呼んでこい。王室御用達の名医を、呼べるだけ全員だ」
「承知しました」
ブラウンが風のようにその場を去ると、近所の人々も少しずつ家へ戻り、ゼンバの工房には、アノマリーの家族とライネル、そしてアルヴェリオだけが残った。
「お腹、空いたでしょう。おにぎりを握ってきたから、食べなさい」
ゴバはそう言って、家族やライネルたちに食事を振る舞う。
少し塩が効き過ぎているが、それはゴバの涙かもしれないと、ライネルは思った。
「本当に眠っているみたいに静かでしょう?だから心配はいらないと思うの。明日の朝になれば、『おはよう』って目を覚ますわ」
そう口にしながらも、ゼンバもゴバも、アノマリーから一瞬たりとも目を離さなかった。
“心臓が動いている”頼みの綱はそれだけなのだ。いつ止まるかと思うと、離れられないのも致し方ないが、二人の顔には濃い疲労の影が張り付いている。
「……もう休んだ方がいい。今夜は私たちに任せておくといい。ほら、兄姉たちも疲れただろう?」
そこには、両親のほかに、アノマリーよりかなり年上の兄や姉が六人ほど、看病のため集まっていた。
黒髪で浅黒い肌を持つ一家。
皆とてもよく似ていたが、その中で雪のように白い肌と銀色の髪を持つアノマリーは、異質だった。
「……分かると思うが、アノマリーは拾い子だ。それでも大切な家族なんだよ」
「まだ、よちよち歩き始めた頃に、一人で森にいたんだよね。本当に可愛かった」
両親の言葉には愛が溢れている。それを見ると、確かに血の繋がりなど些細なことに思えた。
「一人で……? 周りに家族はいなかったんですか?」
「ああ。最初は、親が探しに来ると思ってた。だが、何年経っても誰も現れなくてな……それで正式に、俺たちの子にしたんだ」
「そうだったんですね……でも、アノマリーは家族のことが大好きですよ」
ライネルの言葉に、姉たちが堪えきれず泣き出した。
「きっと、すぐ目を覚まします。それで、何事もなかったみたいに『宝石が食べたい』って、駄々をこねるんです」
「そうだな。その時は、一番高級なやつをくれてやらないとな」
ゼンバはくすりと笑いながらおにぎりを頬張った。
夜が更け、工房の明かりも落とされた。
アノマリーの容体に変化はなく、呼吸をしないまま、ただ穏やかな表情で眠り続けている。
精神的に参ってしまうと思ったアルヴェリオは、アノマリー一家を“命令だ”と言って全員休ませた。
今、アノマリーの寝室には、ライネルとアルヴェリオだけが残っている。
二人は並んで椅子に腰掛け、静かにアノマリーを見守っていた。
外では風が木々を揺らし、虫の声が途切れ途切れに聞こえる。
深夜特有の、世界から切り離されたような静けさだった。
「ライネル、さっきの話だが……」
アルヴェリオが口を開こうとした、その時。
カタリ、と。
微かな音がして、窓がひとりでにギィッと軋んだ。
「……?」
次の瞬間、ばさり、と空気を裂くような音が響く。
夜風が一気に流れ込み、カーテンが大きく揺れた。
窓は完全に開き、月光が室内を白く染める。
そして――
窓の外、月を背にして、巨大な影が静かに身を屈めていた。
「ライネル、下がれ!」
アルヴェリオが懐の小刀を手に、窓の方に走った。
だが、そこにいたのは……。
「……竜?」
アルヴェリオも本物を見るのは初めだ。
昔はこの国にも多く棲息したと歴史書に書かれてはいるが、姿を消して久しい。その竜が目の前にいる。
銀色の鱗は月光を受け、淡く、しかし確かな存在感を放っている。
そしてその瞳は、理性を宿し、深い慈愛を湛えていた。
竜は部屋の中を見渡すと、アノマリーを見つけた。そして小さく呟いた。
『……ようやく、見つけた』
ライネルは息を呑む。
言葉は確かに理解できているのに、耳で聞いているというより、胸の奥に直接響いてくるようだった。
「お前は……何をしに来た」
『あの子を迎えに来た。幼い頃、背から落としてしまった、私の子。……ようやく見つけた。大人になり、波長を出してくれたから』
「波長……?」
竜は、胸元に淡く光る何かに視線を落とす。
『竜同士にしか分からぬ“波長”がある。それを、あの宝石が増幅させた』
アルヴェリオは、はっと息を詰めた。
「……あのルビー」
竜は静かに頷いた。
『我が子は、竜の血を引く者。人の姿を借り、ここまで育ったのは……人の愛があったからだろう。感謝する』
その言葉に、ライネルの胸が締め付けられる。
「連れて行くのですか……?」
恐る恐る尋ねると、竜はしばし沈黙し、ゆっくりと頷く。
『我が子もそのうち変化する。人の世界には置いておけない』
「そんな!」
ライネルは悲痛な声を上げた。
だが、待ち望んだ診断が「……特に問題はありませんね」の一言だったので、村人たちが一斉に医者に詰め寄った。
医者は困ったように首を振り、診察道具を鞄にしまい、渋々と口を開く。
「どこも悪くありません。脈にも乱れはありませんし、強いて言えば……ぐっすり眠っているような状態です」
「でも、呼吸をしていないんですよ?」
「その理由は分かりません。ただ、心臓が止まっていない以上、命に別状はないと考えられます」
(なんだ、このヤブ……!)
ライネルが立ちあがろうとした時、「待て」とアルヴェリオの低い声が響き、医者はそちらに目を向けた。
「命に問題ないというのは、本当なのか」
「ええ。なぜ呼吸をしていないのか、なぜ目を覚まさないのかは分かりませんが……」
「……つまり、それについては判断がつかない。そういうことだな?」
「はい。このような症例は、これまで見たことがありません。私ではお役に立てないでしょう。他の医者を探してください」
それだけ言うと、医者は逃げるように工房を後にした。
「そんな……アノマリー」
母親であるゴバは涙をこぼしながら、アノマリーの頬を撫で続けている。
「ブラウン。王都から医者を呼んでこい。王室御用達の名医を、呼べるだけ全員だ」
「承知しました」
ブラウンが風のようにその場を去ると、近所の人々も少しずつ家へ戻り、ゼンバの工房には、アノマリーの家族とライネル、そしてアルヴェリオだけが残った。
「お腹、空いたでしょう。おにぎりを握ってきたから、食べなさい」
ゴバはそう言って、家族やライネルたちに食事を振る舞う。
少し塩が効き過ぎているが、それはゴバの涙かもしれないと、ライネルは思った。
「本当に眠っているみたいに静かでしょう?だから心配はいらないと思うの。明日の朝になれば、『おはよう』って目を覚ますわ」
そう口にしながらも、ゼンバもゴバも、アノマリーから一瞬たりとも目を離さなかった。
“心臓が動いている”頼みの綱はそれだけなのだ。いつ止まるかと思うと、離れられないのも致し方ないが、二人の顔には濃い疲労の影が張り付いている。
「……もう休んだ方がいい。今夜は私たちに任せておくといい。ほら、兄姉たちも疲れただろう?」
そこには、両親のほかに、アノマリーよりかなり年上の兄や姉が六人ほど、看病のため集まっていた。
黒髪で浅黒い肌を持つ一家。
皆とてもよく似ていたが、その中で雪のように白い肌と銀色の髪を持つアノマリーは、異質だった。
「……分かると思うが、アノマリーは拾い子だ。それでも大切な家族なんだよ」
「まだ、よちよち歩き始めた頃に、一人で森にいたんだよね。本当に可愛かった」
両親の言葉には愛が溢れている。それを見ると、確かに血の繋がりなど些細なことに思えた。
「一人で……? 周りに家族はいなかったんですか?」
「ああ。最初は、親が探しに来ると思ってた。だが、何年経っても誰も現れなくてな……それで正式に、俺たちの子にしたんだ」
「そうだったんですね……でも、アノマリーは家族のことが大好きですよ」
ライネルの言葉に、姉たちが堪えきれず泣き出した。
「きっと、すぐ目を覚まします。それで、何事もなかったみたいに『宝石が食べたい』って、駄々をこねるんです」
「そうだな。その時は、一番高級なやつをくれてやらないとな」
ゼンバはくすりと笑いながらおにぎりを頬張った。
夜が更け、工房の明かりも落とされた。
アノマリーの容体に変化はなく、呼吸をしないまま、ただ穏やかな表情で眠り続けている。
精神的に参ってしまうと思ったアルヴェリオは、アノマリー一家を“命令だ”と言って全員休ませた。
今、アノマリーの寝室には、ライネルとアルヴェリオだけが残っている。
二人は並んで椅子に腰掛け、静かにアノマリーを見守っていた。
外では風が木々を揺らし、虫の声が途切れ途切れに聞こえる。
深夜特有の、世界から切り離されたような静けさだった。
「ライネル、さっきの話だが……」
アルヴェリオが口を開こうとした、その時。
カタリ、と。
微かな音がして、窓がひとりでにギィッと軋んだ。
「……?」
次の瞬間、ばさり、と空気を裂くような音が響く。
夜風が一気に流れ込み、カーテンが大きく揺れた。
窓は完全に開き、月光が室内を白く染める。
そして――
窓の外、月を背にして、巨大な影が静かに身を屈めていた。
「ライネル、下がれ!」
アルヴェリオが懐の小刀を手に、窓の方に走った。
だが、そこにいたのは……。
「……竜?」
アルヴェリオも本物を見るのは初めだ。
昔はこの国にも多く棲息したと歴史書に書かれてはいるが、姿を消して久しい。その竜が目の前にいる。
銀色の鱗は月光を受け、淡く、しかし確かな存在感を放っている。
そしてその瞳は、理性を宿し、深い慈愛を湛えていた。
竜は部屋の中を見渡すと、アノマリーを見つけた。そして小さく呟いた。
『……ようやく、見つけた』
ライネルは息を呑む。
言葉は確かに理解できているのに、耳で聞いているというより、胸の奥に直接響いてくるようだった。
「お前は……何をしに来た」
『あの子を迎えに来た。幼い頃、背から落としてしまった、私の子。……ようやく見つけた。大人になり、波長を出してくれたから』
「波長……?」
竜は、胸元に淡く光る何かに視線を落とす。
『竜同士にしか分からぬ“波長”がある。それを、あの宝石が増幅させた』
アルヴェリオは、はっと息を詰めた。
「……あのルビー」
竜は静かに頷いた。
『我が子は、竜の血を引く者。人の姿を借り、ここまで育ったのは……人の愛があったからだろう。感謝する』
その言葉に、ライネルの胸が締め付けられる。
「連れて行くのですか……?」
恐る恐る尋ねると、竜はしばし沈黙し、ゆっくりと頷く。
『我が子もそのうち変化する。人の世界には置いておけない』
「そんな!」
ライネルは悲痛な声を上げた。
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