【完結】恋人になりたかった

ivy

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ずっと一緒にいたい

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 約束の日、律は緊張しながら店の前に佇んでいた。

 予定より一時間も早く来てしまい、手持ち無沙汰のまま、目の前のショーウィンドウに何度も自分の姿を映しては服を整えた。

 真新しいカラーシャツにチノパン。バッグは斜め掛けできるタイプ。
 靴は巷で話題のブランドスニーカーで、美容院も含めると、ゆうに十万は超えたが、使い道のなかった貯金が、ようやく役に立った気がして誇らしかった。

「律!遅くなってごめん」

「全然遅くないよ。むしろ僕が早過ぎた」

 本当にそうだ。大地が謝る理由なんて一つもない。
 それなのに駆け足でやって来た彼に好感度は更に上がった。

「先に入っててくれれば良かったのに」

「……一緒に入りたかったんだ」

 それは本当。
 けれど、こんなおしゃれなカフェに一人で入る勇気がなかったのも理由の一つ。

 おしゃれをしても、借り物を着てるみたいな気がして全然落ち着かなかった。

「あれ?律、今日はおしゃれだね。その髪型も似合ってるよ」

「……ありがとう」

 気付いてくれたことに心臓が跳ねた。
 世慣れしていれば“あなたのために選んだ”くらいのことをサラッと言えただろうけど、僕は辿々しいお礼を言うのが精一杯だ。

 それでも気付いてもらえたことで、全ての努力が報われた気がした。




 店に入ると大地は自然にメニューを手に取り、僕に向ける。

「何飲む?」

「……えっと」

 横文字ばかりで、正直よく分からない。

「おすすめある?」

 苦し紛れの質問に、大地は様々な質問を繰り出して僕に最適な一杯を選んでくれた。
 そしてカウンターの店員にスラスラと長いトッピングや変更を伝える。

「甘いの好きな律におすすめだよ」

「ありがとう」

 席に着いて早速一口飲むと、アーモンドミルクとコーヒーの味わいが口一杯に広がった。

(これは今まで飲んだものの中で一番美味しい)

 けれど、注文を聞き取れなかった自分は、二度と飲むことは出来ないだろう。
 ……そう悲観的になりかけたが、また一緒に来ればいいのだと気がついて僕は自然と笑顔になった。

「うん、笑ってるほうがいい」

「え?僕、いま笑ってた?」

「うん。可愛いよ」

(可愛い……)

 そんなこと人生で言われたことがなかった。
 赤くなる顔をごまかすように急いでストローを口にくわえる。

「ここ、いいでしょ」

「そうだね。新しい店だよね?」

「そうなんだ」

 大地はそう言うと、店内をぐるりと見回した。
 壁の色。
 照明の位置。
 カウンター奥の棚。
 さっきから、少しだけ視線が忙しい。
 細かいところをじっと見て、スマホに何かを入力している。

「……仕事?」

 僕がそう聞くと、大地は「うん、ごめんね」と笑った。

「実はさ、今度カフェのサイトを任されてて」

「ウェブの?」

「そう。リニューアル。だから最近、こういう人気店をいくつか見て回ってる」

 なるほど、と腑に落ちる。

「ここ、雰囲気いいよね。写真も映えるし、動線も分かりやすい」

 そう言いながら、
 また店内に視線を走らせる。

「……それで、僕を?」

「うん」

 即答だった。

「それに、律はこういう落ち着いた店好きそうだなって思って」

 胸の奥が、静かに熱くなる。

 仕事のついで。
 それでも、
 “一緒に来る相手”として選ばれた事実は、消えない。

「律はジーンズのイメージだけどチノパンのゆったりしたのも似合うね」

 不意に、大地が言った。

「……そうかな。良かった」

 コーヒーを一口飲む。
 ミルクの甘さが、想像以上に優しい。

「このあとさ」

 大地は、カップを置いて言った。

「うち、寄ってく?」

「……いいの?」

「うん。この資料をまとめなきゃいけないからちょっと待っててもらうかもしれないけど」

「行きたい」

 答えた声は、自分でも驚くほど素直だった。

 飲み終わって外に出る。
 歩く距離が、自然と近い。

(これが恋人同士の距離)

 浮かれていると自分でも思ったが、止める理由は、もうなかった。

 だって僕たちは付き合ってるんだから。

 誠実で優しい大地と、おじいちゃんになっても一緒にいられる。
 この時の僕は本気でそう思っていた。


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