【完結】恋人になりたかった

ivy

文字の大きさ
4 / 8

ずっと一緒にいたい

しおりを挟む
 約束の日、僕は緊張しながら店の前に佇んでいた。

 予定より一時間も早く来てしまい、手持ち無沙汰のまま、目の前のショーウィンドウに何度も自分の姿を映しては服を整えた。

 真新しいカラーシャツにチノパン。バッグは斜め掛けできるタイプ。
 靴は巷で話題のブランドスニーカーで、美容院も含めると、ゆうに十万は超えたが、使い道のなかった貯金が、ようやく役に立った気がして誇らしかった。

「律!遅くなってごめん」

「全然遅くないよ。むしろ僕が早過ぎた」

 本当にそうだ。大地が謝る理由なんて一つもない。
 それなのに駆け足でやって来た彼に好感度は更に上がった。

「先に入っててくれれば良かったのに」

「……一緒に入りたかったんだ」

 それは本当。
 けれど、こんなおしゃれなカフェに一人で入る勇気がなかったのも理由の一つ。

 おしゃれをしても、借り物を着てるみたいな気がして全然落ち着かなかった。

「あれ?律、今日はおしゃれだね。その髪型も似合ってるよ」

「……ありがとう」

 気付いてくれたことに心臓が跳ねた。
 世慣れしていれば“あなたのために選んだ”くらいのことをサラッと言えただろうけど、僕は辿々しいお礼を言うのが精一杯だ。

 それでも気付いてもらえたことで、全ての努力が報われた気がした。




 店に入ると大地は自然にメニューを手に取り、僕に向ける。

「何飲む?」

「……えっと」

 横文字ばかりで、正直よく分からない。

「おすすめある?」

 苦し紛れの質問に、大地は様々な質問を繰り出して僕に最適な一杯を選んでくれた。
 そしてカウンターの店員にスラスラと長いトッピングや変更を伝える。

「甘いの好きな律におすすめだよ」

「ありがとう」

 席に着いて早速一口飲むと、アーモンドミルクとコーヒーの味わいが口一杯に広がった。

(これは今まで飲んだものの中で一番美味しい)

 けれど、注文を聞き取れなかった自分は、二度と飲むことは出来ないだろう。
 ……そう悲観的になりかけたが、また一緒に来ればいいのだと気がついて僕は自然と笑顔になった。

「うん、笑ってるほうがいい」

「え?僕、いま笑ってた?」

「うん。可愛いよ」

(可愛い……)

 そんなこと人生で言われたことがなかった。
 赤くなる顔をごまかすように急いでストローを口にくわえる。

「ここ、いいでしょ」

「そうだね。新しい店だよね?」

「そうなんだ」

 大地はそう言うと、店内をぐるりと見回した。
 壁の色。
 照明の位置。
 カウンター奥の棚。
 さっきから、少しだけ視線が忙しい。
 細かいところをじっと見て、スマホに何かを入力している。

「……仕事?」

 僕がそう聞くと、大地は「うん、ごめんね」と笑った。

「実はさ、今度カフェのサイトを任されてて」

「ウェブの?」

「そう。リニューアル。だから最近、こういう人気店をいくつか見て回ってる」

 なるほど、と腑に落ちる。

「ここ、雰囲気いいよね。写真も映えるし、動線も分かりやすい」

 そう言いながら、
 また店内に視線を走らせる。

「……それで、僕を?」

「うん」

 即答だった。

「それに、律はこういう落ち着いた店好きそうだなって思って」

 胸の奥が、静かに熱くなる。

 仕事のついで。
 それでも、
 “一緒に来る相手”として選ばれた事実は、消えない。

「律はジーンズのイメージだけどチノパンのゆったりしたのも似合うね」

 不意に、大地が言った。

「……そうかな。良かった」

 コーヒーを一口飲む。
 ミルクの甘さが、想像以上に優しい。

「このあとさ」

 大地は、カップを置いて言った。

「うち、寄ってく?」

「……いいの?」

「うん。この資料をまとめなきゃいけないからちょっと待っててもらうかもしれないけど」

「行きたい」

 答えた声は、自分でも驚くほど素直だった。

 飲み終わって外に出る。
 歩く距離が、自然と近い。

(これが恋人同士の距離)

 浮かれていると自分でも思ったが、止める理由は、もうなかった。

 だって僕たちは付き合ってるんだから。

 誠実で優しい大地と、おじいちゃんになっても一緒にいられる。
 この時の僕は本気でそう思っていた。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

六年目の恋、もう一度手をつなぐ

高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。 順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。 「もう、おればっかりが好きなんやろか?」 馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。 そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。 嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き…… 「そっちがその気なら、もういい!」 堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……? 倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡

君の恋人

risashy
BL
朝賀千尋(あさか ちひろ)は一番の親友である茅野怜(かやの れい)に片思いをしていた。 伝えるつもりもなかった気持ちを思い余って告げてしまった朝賀。 もう終わりだ、友達でさえいられない、と思っていたのに、茅野は「付き合おう」と答えてくれて——。 不器用な二人がすれ違いながら心を通わせていくお話。

嫌われものと爽やか君

黒猫鈴
BL
みんなに好かれた転校生をいじめたら、自分が嫌われていた。 よくある王道学園の親衛隊長のお話です。 別サイトから移動してきてます。

長年の恋に終止符を

mahiro
BL
あの人が大の女好きであることは有名です。 そんな人に恋をしてしまった私は何と哀れなことでしょうか。 男性など眼中になく、女性がいればすぐにでも口説く。 それがあの人のモットーというやつでしょう。 どれだけあの人を思っても、無駄だと分かっていながらなかなか終止符を打てない私についにチャンスがやってきました。 これで終らせることが出来る、そう思っていました。

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

僕の彼氏は僕のことを好きじゃないⅠ/Ⅱ

MITARASI_
BL
I 彼氏に愛されているはずなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。 「好き」と言ってほしくて、でも返ってくるのは沈黙ばかり。 揺れる心を支えてくれたのは、ずっと隣にいた幼なじみだった――。 不器用な彼氏とのすれ違い、そして幼なじみの静かな想い。 すべてを失ったときに初めて気づく、本当に欲しかった温もりとは。 切なくて、やさしくて、最後には救いに包まれる救済BLストーリー。 Ⅱ 高校を卒業し、同じ大学へ進学した陸と颯馬。  別々の学部に進みながらも支え合い、やがて同棲を始めた二人は、通学の疲れや家事の分担といった小さな現実に向き合いながら、少しずつ【これから】を形にしていく。  未来の旅行を計画し、バイトを始め、日常を重ねていく日々。  恋人として選び合った関係は、穏やかに、けれど確かに深まっていく。  そんな中、陸の前に思いがけない再会をする。  過去と現在が交差するその瞬間が、二人の日常に小さな影を落としていく。  不安も、すれ違いも、言葉にできない想いも抱えながら。  それでも陸と颯馬は、互いの手を離さずに進もうとする。  高校編のその先を描く大学生活編。  選び続けることの意味を問いかける、二人の新たな物語。 続編執筆中

帰宅

pAp1Ko
BL
遊んでばかりいた養子の長男と実子の双子の次男たち。 双子を庇い、拐われた長男のその後のおはなし。 書きたいところだけ書いた。作者が読みたいだけです。

処理中です...