【完結】恋人になりたかった

ivy

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誕生日

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 それからしばらくの間、僕は必死だった。

 大地に誘われれば、どこへでも行った。
 知らない人ばかりの集まりでも、断らなかった。

 週末の夜。
 大地の友達が集まるバーは、いつも騒がしく、空気が熱かった。

「律くんも飲もうよ!」

「大地の彼氏なんでしょ?かわいいよね」

 そう言われるたび、僕は曖昧に笑ってグラスを持ち上げた。

(彼氏……だよね)

 胸の奥に浮かびかけた言葉を、すぐに押し込めた。
 そして僕は、大地に助けを求めるような視線を向けていた。
 何も言わなくても気づいてくれるのを、どこかで待ちながら。

 大地は、誰に対しても距離が近かった。
 男友達の肩に気軽に腕を回し、女友達のふざけたキスを頬に受ける。

 それを咎める人はいなかった。
 誰も、不思議には思っていなかった。

 その輪の中にいながら、僕の心だけが少しずつ冷えていった。

 笑っていた。
 酒も飲んでいた。
 みんなと同じように騒いでいた。

 それなのに、胸の奥だけが、ひどく静かだった。

(楽しい)
 そう何度も言い聞かせなければ、ここにいる意味がなくなってしまう気がした。

 帰り道、大地はいつものように僕の肩を抱いた。

「今日は楽しかったな」

「……うん」

 反射的に答える。
 迷う理由なんて、ないはずだった。

「楽しかったね」

 そう言って、僕は無理に笑顔を作った。







「最近、無理してない?」

 ある日の午後、浩二はそう言っていつものようにストローをぐるぐると回した。
 コーヒーとミルクが混ざって曖昧な色を醸し出す。
 いつものカフェで会った浩二は、珍しく真剣な顔をしていた。

「顔、なんか疲れてる」

「そんなことないよ」

 笑って否定する。
 ……大丈夫、ちゃんと笑えているはずだ。

「大地とうまくやってるし。前より外にも出てるし」

「へえ……おうち大好きな律が?」

 その一言に、胸が重苦しくなった。

「……だって楽しいんだ」

 自分に言い聞かせるような声になる。

「仕事はどう?」

 浩二は、それ以上踏み込むのをやめたようで、話題を変えた。

「まあ、普通だよ」

 小さな会社の、小さな事務部署。
 自分がいなくなっても、きっと誰も困らない。

「昔さ、お前、小説家になりたいって言ってたよな」

 唐突な言葉に、僕は面食らった。

「……いつの話だよ」

「そんな昔でもないだろ」

 中学生の頃。
 確かにそんな夢を見ていた。
 大学を卒業するまで公募に出していたけれど、結果は出ず、そのままやめてしまった。

「あの頃のお前、生き生きしてたよ。もう一回書いてみたら?」

「……なんで」

「なんて言うかさ……腹の中にあるもん、全部吐き出したら、少し楽になる気がして」

 返事をしない僕に、浩二は「日記でもいいから」としつこく勧めた。

 その日から、僕はなんとなく日記みたいな記録をつけ始めた。

 感情を文字にすると、少し整理できる気がして、何かに取り付かれたように黙々と文字を起こしていった。

 嫌だったこと。
 楽しかったこと。
 そして、大地への想い。

 そしてそれらを鍵のかかったSNSのアカウントに、少しずつ書き溜めていった。



 そうして三ヶ月が過ぎた。
 大地は相変わらず優しくて、僕を気遣ってくれている。
 けれど、二人きりの時間は相変わらずほとんどなく、いつも誰かが僕たちの周りにいた。

「大地」

「なに?」

 いつものように行きつけのバーで飲んでいた時、僕は思い切ってお願いをしてみた。

「来月の僕の誕生日、二人きりで過ごしたい」

「いいよ」

「本当?!」

「ああ、もちろん」

 嬉しい。
 今までのつらさが、全部吹き飛ぶくらい嬉しかった。

「じゃあ、当日の予定は俺に任せてくれる?」

「うん!」

 どこでもいい。
 なんでもいい。

 大地を独り占めできるなら。
 そして、誰かと戯れる大地を見なくて済むのなら。

 僕は早速、そのことをSNSに書き込んだ。
 誰の目も気にしなくていい、鍵のかかったアカウント。
 嬉しくて何度も何度も読み返し、当日を待った。





 そして、誕生日当日。

 約束の時間に大地のマンションへ向かう僕は、初めてのデートの時と同じくらい緊張していた。

 どこかに出かけるのかな。
 それとも、一日部屋で過ごすのかな。

 そんなことを考えながら、浮かれた気持ちでインターフォンを押す。

 ドアを開けてくれた大地は、いたずらっ子みたいな顔で、僕の目を大きな手で隠した。
 そのまま手を引かれ、部屋の中へ案内される。

「誕生日おめでとう!!!」

 次の瞬間、クラッカーの音と歓声が弾けた。
 部屋いっぱいに集まっていたのは、いつもの仲間たちだった。

「驚いた?サプライズだよ」

 大地は満面の笑みで僕を見る。
 ――嬉しいだろ?
 そんな声が聞こえてきそうな顔だった。

「……今日は、二人きりって……」

「ああ。でも、たくさんいた方が楽しいだろ?ほら、グラス持って」

「……うん、ありがとう」

 ちゃんと笑えていたと思う。
 ちゃんとみんなと話して、受け答えもできていたはずだ。

 けれど、僕の心は氷のように冷え切っていて、
 もう、何の感情も沸かなかった。
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