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正史1 ある奴隷の末路
しおりを挟む「さっさと起きろクズども! いつまで寝てやがるッ!」
男の怒声を聞いて、ぼろぼろの衣服を着せられた少女は目を覚ます。
鉄の首輪と足枷を嵌められているせいで動きづらい。
少女の周囲にも、同じような格好をした者達が大勢居た。
彼らは全員、罪を犯したり借金を背負ったりして奴隷となった者達である。
――少女はかつて盗賊だった。
同じ盗賊団の仲間に使えないクズと罵られながら、必死で盗みを行っていたのである。
もっとも、そこは今とあまり変わらない。やる事が盗みから過酷な労働に変わっただけだ。
しかし、少女の居た盗賊団はある日、突如として隠れ家に乗り込んで来た一人の青年によって壊滅させられることとなる。
青年は音もなく現れ、逃げ惑う盗賊達を無表情で斬り殺していった。
そうして、ほとんどの者は命を落としてしまったのである。
死体に紛れてどうにか生き残った少女も、後からやってきた王国の兵士に捕らえられてしまった。
本来であれば、少女はそこで処刑されて短い一生を終えるはずだった。
だが、逃げ足の速さにだけは自信があったので、一か八か兵士たちの隙を見て逃げ出したのである。
その結果、あっという間に兵士の追跡を巻き、近くの町へ逃げ込んで自由の身となることができた。
――これからは真っ当に生きよう。
その時、少女はそう決心したが、結局どうにもならなかった。
ずっと盗んで暮らして来た少女に、真っ当な仕事など見つかるはずがなかったのである。
気がつけば多額の借金を背負い、返済の為に売れる物が自分だけとなっていた。
こうして、少女はあっという間に奴隷へと堕ちたのである。
無理やり船に乗せられ、広大な砂漠が広がる異国の地へと連れて来られてしまったので、今となっては逃げ出しても故郷に帰ることすらできない。
言葉遣いは、男っぽいからという理由で無理やり矯正させられた。
身寄りも故郷も自分であることの証明も失った少女には、もはや何も残っていない。
「とっとと働けッ!」
男の怒鳴り声で、少女はふと我に帰る。
――最近、どうでもいい昔の事をよく思い出す。
きっと、先程から大声で命令している奴隷商人の男の顔が、昔自分を虐待してきた盗賊団の大男に似ているからだろう。
少女はそんなことを考えながら、ゆっくりと起き上がる。
毎日鞭で打たれているせいで、体のあちこちが痛かった。
だがもたもたしていると、また鞭で打たれてしまう。
少女は、慌てて自分が寝ていた牢屋の外へ飛び出す。
「……今日も貴様が一番最後か」
――しかし遅かった。
「こっちへ来いッ! 叩き直してやるッ!」
少女は奴隷商人に引っ張られ、懲罰部屋に連れて来られる。
「…………っ!」
床へと突き放され、そのまま倒れ込んだ。
「立てッ!」
男は背中に一発鞭を振り下ろしてくる。
焼け付くような痛みに、思わず声が漏れそうだ。
だが、騒げばもう一度鞭で打たれるだけだ。少女はただじっと堪えるしかなかった。
「貴様……昨日は真面目に働かずによそ見ばかりしていたなぁ?」
「え…………」
「言え、何を見ていた?」
「そ、それは…………」
「とっとと言えッ!」
結局、再び鞭で叩かれる。その時に堪えきれず叫び声を上げてしまい、更にもう一発叩かれた。
「…………ごめん……なさい……っ」
少女は激痛を堪えながら、必死に謝罪する。
「俺は何を見ていたのか教えろと言っているんだが?」
もはや正直に話すしかなかった。
「は、はい……その……町の……子供を見ていました……」
「子供だと?」
「楽しそうに走り回っていたので……あの……」
「さっきからいちいち俺の方を見るな! いいからさっさと話せ!」
「…………ボク――わたしも混ざってみたいなと……考えて……いました……」
「………………は?」
それを聞いた男は、大きな声で笑った。
「クズの奴隷がおかしなことを考えるな!」
そして労働中にふざけたことを考える少女を罵り、何度も鞭で叩く。
もういくら謝っても許してはくれなかった。
――たった一度だけでも良いから、自分と同い年くらいの子達と気がすむまで故郷の草原を走り回りたい。
それが、少女の昔からの願いだった。
病気で死んだ母の仕事を手伝っていた時も、盗賊団に入って町へ盗品を売りに行く雑用をやらされていた時も、楽しそうに走り回っている子供が近くを通り過ぎると、ついそちらへ目をやってしまう。
……決して叶わない願いあることくらい、言われなくても分かっているつもりだ。
だけど、夢くらいは見ても良いじゃないか。
少女は大切な夢を馬鹿にされた気がして悲しい気持ちになったが、涙はとっくの昔に枯れ果てていて一滴も流れなかった。
代わりに、皮膚が裂けて流れ出た血が床へと溜まっていく。
*
ようやく鞭打ちから解放された時、少女の意識は既に途切れていた。
傷跡の治療もされずにそのまま牢屋へ放置され、そして二度と目を覚ますことはなかったのである。
――その日、奴隷が一人死んだ。しかし、それを気に留める者は誰一人としていない。
この国で奴隷をしている者は皆、真っ当に生きることが出来なかったならず者達だからである。
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