魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~

うみ

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23.実家

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 スタスタと歩いているだけで周囲に壁ができたかのようになっており、まるで人垣が割れるようにも見える。
 群衆に紛れることにかけて自信がある俺だけだとこうはならない。
 原因は隣を歩く金髪を肩口で切りそろえたスレンダーで氷のような雰囲気を持つ女の子である。
 彼女の名はミリアム。先ほど俺が焼き鳥をおごった人物だ。

「どうしたの? ノエル」
「いや、ミリアムと一緒だと歩きやすいなあって」
「よく分からないけど……」

 彼女はこれからギルドに戻るそうで、途中まで同じ道だったのでご一緒しているというわけなのである。
 真っ直ぐ歩く方向を向き、姿勢もよく無表情だからかなあ。
 だけど俺は知っている。彼女はとても朗らかに笑うし喋ってみると雰囲気がまるで違うってことを。
 そう。さっき焼き鳥を食べていた時のようにね。
 でも、近寄りがたい雰囲気だなあと思うのは人だけだ。
 俺やエルナンら古くからの友人以外でも、彼女が本当は「氷の仮面」じゃないってことが分かっている者もいる。
 ほら、丁度前からカッポカッポ進んでくるあの子みたいなのがさ。
 
「おお。ペーター。元気にしていたか?」
「ひひん」

 荷馬車を引っ張るロバのペーターもまた、彼女の本当の良さが分かっている者である。
 ロバを引くおじさんはそうでもないのかもしれないけどね。
 おじさんに目配せして彼が頷くを確認してから、ロバのペーターのたてがみに触れる。
 
「ミリアムも撫でる?」
「う、うん」

 おずおずと手を伸ばし、ペーターの茶色の毛に触れるか触れないかのところで彼が嘶く。
 対する彼女はビクッと肩が揺れ、指先がそこで止まってしまう。
 大丈夫だよとばかりに彼女へ笑顔を向け、彼女の手首を握る。
 
「ほら」
「うん。暖かい」
「ひひん」

 ミリアムは口元に僅かながら笑みを浮かべた。
 表情の動きが少ないけど、営業スマイル以外で彼女が他の人の前で表情を動かすこと自体珍しい。
 喜んでいてくれたみたいでよかった。動物をもふると癒されるものなのだよ。これこそ、人間の本能であると言っても過言ではない。
 
 そんな一幕がありつつも、ギルドの前でミリアムと別れた。
 
 ◇◇◇
 
 お、見えてきた見えてきた。実家が。
 「ルシオ錬金術店」と描かれた薄い鉄製の板でできた看板が軒先から吊るしてある。
 入口の扉は開かれており、扉口に取り付けられた金色の鈴はよく磨かれて太陽の光をピカピカと反射していた。
 独り立ちする前、鈴を磨くのが俺の日課だったなあ。
 あの頃はまだ背丈も低くて、脚立を出してきて布で鈴をふきふきとしたのもいい思い出である。

「ただいまー」

 ルシオ錬金術店の扉を開け、店内に入った。 

「いらっしゃいませー。あ、お兄ちゃん」

 パタパタとやってきた栗色の髪を長く伸ばしたエプロン姿の少女は、俺の顔を見ると途端に素の顔に戻る。
 小柄で愛嬌一杯の彼女は俺の妹で、この店の看板娘だ。

「ブーケ。父さんと母さんもいる?」
「ううん。お母さんはお買い物。お父さんは奥で錬金をしているよ」

 エプロン姿の少女――ブーケはぶんぶんと首を振る。
 少し大仰な仕草だけど、これは彼女がお店のお手伝いをしているからではない。
 お客さん向けに分かりやすく、快活にってことではなくて、彼女はほんの小さな子供の時からこんな感じの仕草で可愛らしい。
 子供っぽいと思う人もいるかもしれないけど、お客さんにも好評と聞く。

「そっか。いつもながら、せわしなくてごめん。引っ越ししたのはいいけど、服の一つもなくてさ。それで、荷物をとりにきたんだ」
「お兄ちゃんらしい」

 やれやれと大げさに肩をすくめてみせるブーケ。

「それと、仕入れが必要なものってあるかな?」
「ちょっと待ってね。はい」

 ブーケはカウンターの裏からノートを引っ張り出して、俺に手渡す。
 もう何冊目になるだろうか。
 ある意味、俺と父さんの交換日記みたくなっている「仕入れ台帳」だ。
 冒険者になってからずっと、こうして実家の仕入れ台帳から採集するものを決めている。
 採集するものが決まってから、冒険者ギルドに顔を出し同じ素材の採集依頼がないか見に行く、というのがこれまでの仕事のやり方だった。

 ええっと、どれどれ。
 パープルボルチーニにミレレ草、あとは月の雫か。
 お、丁度いい。
 アルトたちの件でカモフラージュのために受けた「パープルボルチーニの採集」依頼と重なるじゃないか。

「了解。ありがとう。三日くらいを目途に持ってくるよ」
「引っ越ししたばかりなのに、行くの? お父さんは『急がない』って伝えておいてくれって」
「日課みたいなものだしな。それに、諸事情があってパープルボルチーニの依頼を受けちゃったからさ」
「珍しいね、先に依頼を受けるなんて」
「ま、まあな。でもギンロウの鼻もあるし、すぐだよすぐ」
「狼さん、鼻も利くんだ! 銀色でカッコよかったよね」
「うんうん! バナナでも食べるか?」
「持っているの?」
「いんや……」

 もうと腰に両手を当て頬を膨らませる。
 バナナを買ってきてブーケにどうぞするのは全然構わない。
 だけど、今すぐにとなると……すまん。ギンロウが褒められたから、つい、ね。

「お兄ちゃん、バナナを買うくらいだったら、ポーションを持っていかない?」
「ありがとう。この前少し使ったし、買っていくよ」
「まいどありー」

 棚から青い小瓶を三本掴み、カウンターにコトリと置くブーケ。
 何も言わなくても必要な本数を準備してくれるところが、慣れたものだなあと感心しつつ彼女の様子を眺める。
 
「どうしたの?」
「いや、店のお手伝いも板についてきたなあって」
「錬金術だって頑張っているんだから! まだまだお父さんには敵わないけど」
「おお。ちゃんと練習をしているんだ。感心感心」
「もうー」
「ははは。子供扱いしたわけじゃないんだ。部屋に行って荷物をつめてくるよ。ポーションは後で持っていく」
「はあい。お兄ちゃん、無理はしないで怪我しないようにね!」

 父さんにも挨拶をと思ったけど、錬金術中なら顔を出さない方がいいな。
 錬金術は鬼のような集中力を要する。特に父さんは少しでも集中が乱されると錬金がうまくいかないらしく、邪魔をしてはならない鉄の掟が我が家にはあるのだ。
 リュックに荷物をつめ、ポーションを回収し、錬金部屋の前で「父さん、頑張ってな」と心の中で呟き店を後にした。
 
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