魔物の装蹄師はモフモフに囲まれて暮らしたい ~捨てられた狼を育てたら最強のフェンリルに。それでも俺は甘やかします~

うみ

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35.お礼である

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 腰に佩いだもう一本の小太刀を抜いたラージプートは、スルスルとオルトロスの横に並ぶ。
 音も立てずに跳躍した彼はストンとオルトロスの背に乗る。
 お、俺にはヨッシーがいるんだから……でもちょっとだけ羨ましい。
 
「ラージプート。直接触れるのはやはり危険だ」
「ティアマトの血に触れなければいいだけさ」

 前を向いたまま応じる彼は、軽く左手を上にあげた。
 ティアマトからどくどくと流れ続ける血は、地面を濡らしている。
 血が触れた地面からは煙があがり、ただ事ではない様子が明確だ。
 強酸性なのかその逆なのかは分からないけど、アレをまともに被ったらただじゃあ済まない。
 
 慎重にティアマトへにじり寄っていくオルトロスとその背に乗るラージプート。
 彼の小太刀では、ティアマトの鱗を傷つけることはできないはず。
 となれば、狙うはロッソが斬った首しかない。もしくは、オルトロスが前脚で踊りかかるか。
 
 先に動いたのはラージプートだった。
 立ち上がった彼は、幅跳びの要領で二歩オルトロスの背を進み跳躍する。
 彼の動きに合わせオルトロスがティアマトの首のある側へ回り込むようにして突進した。
 
「え……」

 その時、上空に影が。

「パネエエエッスウ!」

 ラージプートが到達するよりはやく奇声をあげたカンガルーもどきがティアマトの無事な方の首へ向け横なぎのキックをかます。
 ゴキイイっと鈍い音がして、ティアマトの首が直角に折れ曲がった。
 そのまま崩れ落ちるティアマトとあっけにとられたものの無事着地したラージプート。
 
「わおん」
「ギンロウ。いつの間に」

 ティアマトに注目していたから気が付かなかった。
 足元まで駆け寄ってきていたギンロウの首をわしゃわしゃ撫でる。
 ついでにギンロウの首元でばんざーいのポーズを取るスイの額をちょんと指先で突っついた。
 
「ギンロウは可愛いなあもう。ん?」

 あれ、ギンロウたちって獲物を狩りに行ってたんだよな?
 はっはと舌を出すギンロウのふりふり振った尻尾の先を見てみると、今日のお肉が横たわっていた。
 おお、大きな鹿だなあ。さすがギンロウだ。えらいぞお。
 彼の額をナデナデして、心から褒めたたえる。
 
『兄貴!』
「お、ヨッシー」

 そう言えばヨッシーが衝撃的な登場をしていたような気が……。
 ギンロウのもふもふですっかりトリップしてしまっていた。
 
「ってうおおおい! ティアマトを倒しちゃったんだったああ」
『手負いっすから。たまたまっす』

 ギンロウと競争していたヨッシーは、彼より先んじるために飛び降りたのだそうだ。
 その下にちょうどティアマトがいたとのこと。
 ならばとヨッシーキックをかましたんだそうだ。
 
 その時、不思議そうに顔をあげるスイと目が合う。
 
「どうしたのー? ノエルー?」
「ん。結果オーライってことだな。うん」
「やったー?」
「そう、やったー」
「やったー」
「おー」

 指先をスイの手の平とちょこんと合わせた。
 やんややんやと騒ぐ俺たちの元へ微妙な顔をしたラージプートがオルトロスと共に戻ってくる。
 
「君の獣魔たちは……何というか」
「ハッキリ言ってくれてもいいんだ。俺だって、(ヨッシーが)めちゃくちゃだと思っているから」
「そうか。破天荒な獣魔たち。私とクレインとはまるで異なる」
「ま、まあ」
「だが、強い。自由に行動させているように見えて、実のところ獣魔の強みを生かしていたのだね」
 
 それは違う。
 と否定しようと思ったけど、一人納得しているラージプートの姿を見ていると言うのも野暮だと思いなおす。
 
「俺が言えたことじゃないけど、ラージプートも、もう少し楽しんでもいいんじゃないかな」
「私がクレインと……いや、クレインは勇猛で脆弱な私に未だ呆れず、まだついて来てくれている。私はもっと……え」

 オルトロスのクレインが右の首を下げベロンとラージプートの頬を布越しに舐めた。
 結構な勢いだったみたいで、彼の纏う布がズレている。
 
「弱いとか強いとか、クレインはあまり気にしていないんじゃないかな。クレインはラージプートだから、一緒にいたいって、俺はそう思う」
「クレイン……」

 ラージプートはほっそりとした腕を伸ばしオルトロスの鼻先を撫でる。
 対するオルトロスはくすぐったかったからか、鼻をむずむずさせて……大きなくしゃみをした。
 哀れラージプート。
 しかし、目元以外を布で覆っていてよかったな。そいつを洗えば済むさ。
 
「改めて、感謝を。君がいなければ、私はここにはいなかった。それに、クレインとのことも」
「お互い様だって。たまたまヨッシーが落ちてきただけで、あの時、ラージプートが前に出てくれたじゃないか」

 顔を覆った布を取りながら、ラージプートが真っ直ぐ俺に視線を向けた。
 
「何かお礼をさせてくれないか?」
「ん、うーん」

 彼はそうしなきゃ気が収まらないって感じだ。

「何でもいいのかな?」
「私にできることなら」
「じゃ、じゃあ。そ、その」
「できるできないは判断する。気にせず言って欲しい」
「なら、そ、そのだな。頭を撫でさせて欲しい、かな」
「……え」

 ギンロウと同じ色をしたその狐耳を撫でてみたい。
 きっともふもふしているんだろうなあ、なんて。
 獣人の耳を今まで一度もなでなでしたことがないんだよね。こういう機会でも無ければ撫でることなんてできないもの。
 
 一方でラージプートは困惑したように固まってしまったが、小さく首を横に振り意を決したようにうんと頷く。
 
「分かった。思う存分、な、撫でていい」

 頬を僅かに赤らめるラージプートに少しドキリとした。
 いやいや、俺はノーマルだ。これはきっと、獣耳にときめいている。そうに違いない。
 
 で、では。撫でさせてもらおう。
 彼の頭の上に手を乗せる。
 対するラージプートはきゅっと目を閉じてまつ毛を震わせた。
 
 え、ええい。彼の様子を観察していては俺のアイデンティティが揺らいでしまう。
 それでも俺は、撫でる。撫でるのだ。
 未だ体感したことのない獣人の耳をおおおお。
 
 わしゃわしゃ。
 さりげに狐耳もきっちりとなでなでする。
 
「……あう」
「ご、ごめん!」

 ラージプートから甘い声が漏れた気がして、ハッとなった俺はささっと彼の頭から手を離す。
 
「君も男なんだな……」
「その物言い、ひょっとして」
「私のことを男だと思っていたのか。それはそれで、少し傷付く。君は男の頭を撫でたいと思うような者だったのか」
「いや、そういうわけじゃあ。そ、その、狐耳を撫でるって何か特別な意味があったりする……?」
「し、知らなかったのか! 私からは何も言わない。君が知りたければ、調べるといい。すぐに分かる」

 こいつは知らなかったとはいえ、とんでもないお願いをしてしまった。
 でもまさか、ラージプートが女の子だったなんて思いもしなかったんだよ!
 目元だけしか見えていなかったし、ローブを羽織っているから体の線も分からないもの。喋り方もなんかこう男っぽいし?
 確かに声は男にしては高いなあなんて思ったけど、女性にしては低い方だし。
 
「ご、ごめん、なにかおわびをさせてくれ」
「そうだな。なら。こちらへ」

 腕をひかれ前につんのめる。
 そこへフワリとラージプートの手が頬に触れたかと思うと、彼女が俺の口に自分の唇を重ねた。
 すぐに顔を離した彼女は少しだけ頬を紅潮させて目を逸らす。
 
「こういうのが好きなのだろう。だけど、これが私にできる精一杯だ。すまない」
「え、あ、いや」

 そこまで恥ずかしがられると、こちらまで照れてしまう。
 この後、俺はどう彼女に言葉をかければいいんだよ……。
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