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一章 「この婚約は間違いだった」
⑤
しおりを挟むオレリアンは真剣にミシュリーヌの言葉を聞いて頷いた。
「わかった。君に想い人がいるのは理解した」
「えっとですね、想い人ではなく……」
オレリアンの言葉から、いまいち推し活について伝わっていないことがわかる。
しかしミシュリーヌが説明する前に、オレリアンは衝撃的な言葉を口にする。
「オシカツは君の好きにしてもらっていい。そのために手伝えることはしよう。資金が必要ならば好きに使ってくれていい」
「──ッ!?」
ミシュリーヌは予想もしない言葉に口元を押さえていた。
オレリアンは社交も最低限でよく、婚約者としての働きも期待してないという。
それなのにミシュリーヌの推し活を手伝い、お金は好きに使っていいと言った。
(も、もしかしてこれはすごい提案なのではっ!? オレリアン様は誠実でいい方ね!)
『間違えた』という失礼な言葉もすっかり忘れていた。
というよりむしろ逆に最高とすら思っていた。
あっさりと手のひらを返したミシュリーヌは喜びからその辺を飛び回りたい気分だ。
(こんなに素敵な婚約は他にないわね。なんて幸せなのかしら……!)
ミシュリーヌはオレリアンの前で手を合わせた。
口からは「あなたは神ですか……?」と、漏れてしまう。
オレリアンは不思議そうな顔をしていたが、ミシュリーヌは誤魔化すようにすぐににっこりと笑みを浮かべた。
まさかこんなタイミングで推し活の強力なスポンサーをゲットできるとは思わなかったからだ。
「……そのくらいはさせてほしい」
申し訳なさそうに呟いていたオレリアンだったが、ミシュリーヌの推し活の未来は希望に満ち溢れているということだ。
契約的な婚約者だということは黙っておいてほしいと言われてミシュリーヌは頷いた。
「つまり契約上の婚約者というわけですね!」
「……。ああ、そうなるな」
少し間があったが、オレリアンも了承してくれた。
オレリアンの立場上、失敗するわけにはいかないのだろう。
「その代わりと言ってはなんだが、一年間は俺の婚約者として振る舞ってもらう」
「わかりました! 任せてくださいっ」
ミシュリーヌの熱力とやる気はどんどん上がっていく。
これから最高の一年になりそうだ。
「オレリアン様の婚約者としてキチンと振る舞いますからっ!」
「……あ、あぁ」
「──よろしくお願いいたしますっ!」
こうしてミシュリーヌとオレリアンの契約婚約関係がスタートしたのだった。
* * *
ミシュリーヌは顔合わせを終えて、レダー公爵家からシューマノン子爵邸へと向かった。
馬車が停まり花に溢れた門の前。
遠くからでもわかるキラキラと輝くように放っている美貌。
クロエがミシュリーヌの帰りを待っていたようだ。
「──ミシュリーヌお姉様っ!」
「クロエ、ただいま」
「本当にレダー公爵と婚約を!? わたくしは……っ」
クロエは今にも泣きそうになっているではないか。
いつも淡々としている彼女がこんな風に感情を剥き出しにして、取り乱すのは珍しいことのように思えた。
レダー公爵の名前を出しながら不安そうにミシュリーヌを見て、ミシュリーヌはハッとする。
ミシュリーヌの頭にある考えが思い浮かんだ。
(まさかクロエはオレリアン様のことを……?)
ミシュリーヌはオレリアンから、手紙で婚約の申し出があった日のことを思い出していた。
手紙が来た日はクロエはお茶会に出かけていた。
騎士団の仕事へと向かうエーワンと入れ替えるようにクロエがお茶会から帰ってきたのだ。
そして両親が事情を話すと、クロエは目を見開いていた。
『ミシュリーヌお姉様が、レダー公爵と婚約を……?』
『そうなのよ。最初はあなたと間違えたんじゃないかしらと思っていたんだけど……』
『何度見てもミシュリーヌ宛てなんだ』
それを聞いたクロエは首を左右に振っているではないか。
『いいえ……お父様、お母様、それは間違っていますわ』
そう言い切ったクロエに視線が集まる。
何が間違っていると言うのだろうか。
『この世界で一番素晴らしいミシュリーヌお姉様と婚約できることをレダー公爵は誇りに思うべきですわっ!』
『……ク、クロエ?』
『こんな名誉なことは他にありません。なんて羨ましいの……!』
ミシュリーヌはクロエを落ち着かせるように言い聞かせる。
だけどまだ語り足りないと不満を露わにするように唇を尖らせている。
両親はまた始まったと言わんばかりに額を押さえた。
何故かクロエはミシュリーヌを崇拝しているような言葉を発することがある。
好いてくれているのは嬉しいが、たまに過激なこともあるため抑えるのが大変だった。
ミシュリーヌとクロエは元々、まったく仲良くはなかった。
記憶を思い出す前は、ミシュリーヌはクロエに『近寄らないで!』『目障りよ!』と毛嫌いしていたくらいだ。
クロエもそんなミシュリーヌを刺激されないように近づかないようにしていた。
ミシュリーヌは幼いながらも自分より美しいクロエのことが心底気に入らないと思っていたのだ。
いつも注目を集めるクロエが目障りだと思っていたことは、まだ心に残っている。
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