観葉植物少女

しぐれのりゅうじ

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最終話 植え替え

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 あの日から一ヶ月経ってあっという間に七月に。曇り空から抜け出て、天気が晴れやかな日が増えてきた。
 僕はハナシに背を押されて友達のソラと遊んだ。そしてそこからさらに関係を深めることになった。こっちから話しかけることも増えたし、当然遊ぶ頻度も上がった。ただ反対にハナシとの時間は減っているものの、僕の生活は一変した。
 その証拠に今日の僕は、高校の帰り道で寄り道をして大きくなったポトスのために新しい植木鉢を買ってきている。自転車かごに置いた鉢が振動で壊れないか心配になりながら慎重に家路を進んだ。
 問題なく帰宅してサドルから降りると、ぶわっと暑さを感じてきて、垂れる汗を拭う。カゴから鉢を忘れず持ってから玄関へ。ドアの前には頼んでいたキーボードの細長い箱が置き配されていた。それを手に取り、犬に吠えられてびっくりしないよう警戒する。けれど、今日はいないのか、スムーズに家の中に。
 手洗いうがいを済ませ、部屋に入るとそこには誰もいなかった。

「……ハナシ?」

 自然なはずなのにとても不自然な静けさだった。部屋に入るとすぐやってくる、あのやかましさも避けたくなるような明るさも、無い方が良いのに嬉しいという気持ちは出てこなかった。
 無意識的にスクールバッグと箱を床に置いて、そのままポトスに向かった。

「……ハナシ、いないの?」

 ポトスに話しかけるも反応は無かった。普通に考えたらそれが当然で、ポトスと会話出来ると思う方がおかしいんだけど。まぁ正確には彼女は亡霊だが。

「ふふっ、君から話しかけてくれるなんて変わったよね」
「えっ」

 後ろから声がかかって振り返ると、そこにはいつもの姿がそこにいて。認めたくないけれどすごく安心してしまった。

「私がいて嬉しい?」
「別に……」
「そっかぁ。なら私がいなくなっても大丈夫だね」

 ニコリとそう言って微笑んだ。

「は……」

 自分でも驚くほど呆けた声が出る。一瞬何を言っているのかわからなくて、でも理解が追いつくと地面が揺れるような感覚に襲われた。

「良かったね、これで亡霊の嫌がらせは終わりだよっ。それとちゃんとお世話してくれてありがとね」
「ま、待ってよ」

 勝手に話が進んでいって終わらせられそうで、とても恐ろしくて。あれだけ面倒くさかったのに今は失いたくなかった。

「どうして、そうなるんだ。もう報復は終わったってこと? でもまだポトスの世話は終わってないし」
「……実は報復最初の三ヶ月くらいで終わっていたんだよね。それにその時点で君がお世話を放棄するような人じゃないってわかってたんだけどね」

 あっけらかんと今までの事をひっくり返す事実を言ってくる。

「じゃ、じゃあなんで?」
「ずっと言っているけど、君と楽しく話して色々知りたくて居続けたんだ。それとね」
「それと?」

 ハナシは一度間を置くと、僕に近づいてから僕の両手を優しく握ってきた。

「水樹が私と同じように孤独で心配だったから」
「しん……ぱい?」
「あー信じていないなー? 言ったでしょ亡霊だって心があるって」

 それはそうだろう。そんな素振りは見せなかったし、嫌がらせすると彼女は言い続けてきたのだから。

「私さ、亡霊になった瞬間、何度も枯れそうになって苦しい思いをしたことを思い出したの。その人は私を部屋の隅っこに置いていてほとんどこっちを見なかった。そしていつも枯れるギリギリで水を上げるだけだったんだ。亡霊として君と出会って、君を知って同じだと感じてさ、ほっとけないって思った」
「じゃあ、僕に話しかけてきたのは嫌がらせじゃなくて一人と思わせないためだったから?」
「そうだったんだよー。でもこの姿になって良かったよー。亡霊として取り憑いた直近の君の記憶が、家の近くで女の子とすれ違う前に引き返して別ルートで家に帰っていたからこれにしたんだけど……姿自体に苦手意識は無かったんだもんね。だからそこまで嫌がられず長くいれたから結果オーライだったよ」

 僕はよく近所の挨拶をしてくれそうな人とすれ違いそうになると、何かを思い出したかのように引き返すことで挨拶することを避けている。最近は逃げずに堂々と立ち向かうことが増えていた。

「……だけどさ、どうして今いなくなっちゃうんだよ」

 なんとなく彼女がいなくなる理由は見えてきていた。でも聞かずにはいられなくて。

「もう独りじゃないでしょ。君には居場所があるんだから」
「そうだけどいなくならなくてもさ」
「私は存在しちゃいけないんだよ。いないのが自然だってわかっているでしょ?」

 彼女は優しく微笑みながら、我儘な子を諭すような口調で言う。

「今はいるのが自然なのに……。ハナシはいなくなるのが嫌じゃない? もっと会話したいって思わない?」
「もう十分だよ。亡霊には勿体ないほど楽しんだし、ポトスも健やかに成長して、水樹の役に立てた。未練はもうないんだ」

 そう言い切ってハナシは笑った。純粋で真っ直ぐな笑顔を見て、僕は引き止めることは無理なのだと悟った。

「わかったよ。僕も変わる覚悟を決める……ハナシ今までありがとう」
「私こそありがとうだよ、水樹」
「……そ、そうださっき新しいキーボードが届いたんだ」

 思わず涙が零れそうになり、後ろを向いて箱を指さした。

「本当っ! じゃあ最後にその音を聴きたいな」
「う、うん」

 最後という言葉に感情が揺さぶられて水が溢れかけるが、なんとか堪えてキーボードを取り出した。
 僕が買ったのはタイプライター風のキーボード。キーが丸くなっていて可愛らしくオシャレなデザインで、押すと小気味よい音が鳴る。
 早速ノートパソコンに繋げてワードを開く。ハナシはベッドにぴょんと座って目を瞑る。もう準備万端という感じで。
 僕は一度深呼吸してからタイピングを始めた。

「わぁっめっちゃ良い音だね。……これならよく眠れそう」
「そう、だね」

 タイプするとカチャカチャと耳心地の良い音が連続して部屋中に鳴り響いた。
 僕が入力しているのはハナシとの思い出だ。覚えていることをひたすら打ち続けた。昔のことを思い出す度に涙がボロボロと落ちてくるけど、拭うことはせず書き進める。後ろは振り向かずただひたすらに。

「……これで終わりだ」

 書き終えて窓を見るともう夜だった。すでに僕以外の気配はなくなっていて、部屋を見回すと普通の状態でいる。

「さてと」

 腫れている目をこすって僕は立ち上がり、植木鉢を手に取った。そして、ポトスを丁寧に新しい鉢に植え替える。広々として住心地が良さそうだ。

「さようなら、ハナシ」

 水をあげてから葉っぱを優しく撫でると、それに反応してくすぐったそうに葉が揺れる。ハナシがはにかむ姿が見えた気がした。
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