転生先は、BLゲームの世界ですか?

鬼塚ベジータ

文字の大きさ
2 / 23

第2話

しおりを挟む
 準備を終えると、エントランスではルギスとユリアーナが待っていた。ユリアーナは不安そうにしているが、ルギスはうんざりとした顔だ。
「ティト、無理はしなくていいのよ? おやすみしたっていいんだから」
「ううん、母様、僕は自分の意思で出席すると決めました」
「っても、あの性悪も来るんだぞ。俺は許してないからな」
「ルギスの発言はともかく、母様も無理はしてほしくないのよ。心配なの。今日はお父様も外せない会議でいらっしゃらないし……次に何かが起きたら、今度こそあなたが目を覚まさないのではないかって」
 ユリアーナは落ち込んだように眉を下げる。
「……僕、そんなに起きなかったの?」
「一週間もな。……そもそも、エレア・ジラルドが居る時点で俺は大反対。王宮でパーティー開くのはいいけど、そこにあいつを呼ぶ意味がまったく理解できないね」
「こらルギス、不敬に当たるわよ」
「本当のことじゃないですか」
 ルギスはすっかりふてくされていた。
 しかしどんなに抗おうとも、王宮からの招待を断れるわけもない。本人が拒否してくれるのが一番良いのだが、何よりティトが一番乗り気である。
 ユリアーナもルギスも、馬車の中ではずっとティトに「無理なら帰ってもいいぞ」「そうよ、一週間も寝込んでいたんだもの」とうながしていたが、ティトはすべての提案をバッサリと切った。ティトはとにかくエレアに会いたい。エレアに会って、将来の不安要素を現段階で排除しておきたいのだ。
 パーティーホールにやってくると、真っ先に入ろうとするティトをルギスが引き留めた。握られた手が痛い。不服そうに見上げるティトを前に、ルギスは膝を折って目線を合わせる。
「いいかティト、母様は社交で忙しいから側を離れるけど、絶対に俺の側からは離れるな。ずっと兄様と手を繋いでいよう」
「やだよ、僕一人で平気。離してよ」
「ダメよティト、ね、兄様と一緒に居てちょうだい。約束して」
 そういえばティトの家族はみな過保護だ。甘やかされていた渦中に居たためにこれまでは違和感もなかったが、前世を思い出した今なら分かる。前世の家族と比べても、明らかにこの家族はおかしい。
 昔からティトは怒られたことがない。蝶よ花よと育てられ、ティトがとんでもないお馬鹿でも許されていた。だからなのか、ゲーム内のティトはとんでもなくお馬鹿で、とんでもなく空気の読めないキャラクターだった。主人公の相手役である、立場ある攻略対象者たちと平気で腕を組み、かなり距離も詰めるし、とにかく強気にアピールもする。ゲームだからこそそれはある程度微笑ましかったが、実際にそんな馬鹿な人間が居たら前世では白い目で見られていたし、むしろティト自身もゲームのプレイ中、度が過ぎれば「イタイなこのキャラ」と思ったことも多々あった。
(……ダメだ! 僕は主人公の恋を見届けたあと結婚しないといけないのに……そんな馬鹿じゃ誰ももらってくれない!)
 人目のある場所で誰彼構わずひっついたりアピールをするなど、そんな強行に出れば周囲の評判も下がるだろう。
 ここはゲームとは違ってエンドがなく人生は続く。主人公は幸せになれても、その後のティトはどうなるのか。
「兄様!」
 ティトはルギスに繋がれていた手を強引に振り払った。初めてそんなことをされたルギスは目を丸くして驚いている。
「僕はもう大人なんだから大丈夫! ほら行くよ、二人とも僕についてきて」
「ティ、ティト~、どうしてそんなこと言うんだよ~」
 ルギスはティトよりも五歳年上で、もう十三歳になるくせに情けない顔をしていた。ユリアーナも寂しそうだ。しかしティトが折れるわけにはいかない。
 当て馬にも矜持がある。主人公を幸せにし、そして自分も幸せになるのだ。

 ホールにはすでに大勢の貴族が集まっており、メインとして用意されている庭園に出ている貴族もちらほらといた。きらびやかな装飾と、優雅な音色。心地よい空間のはずなのに、ティトの心はなんだか落ち着かない。
 ホールに入ってすぐ、ユリアーナが近くに居た貴族に呼ばれた。ティトのことを最後まで気にかけていたが、ユリアーナはルギスにティトを託すと二人のそばを離れる。
「兄様も挨拶に行ったら?」
「ん、じゃあ一緒に行くか」
「もー、行かないってば」
 このままルギスがそばにいては、ティトはエレアと接触させてもらえないだろう。
 怪我の様子を聞きにくる貴族をルギスが対応している間、ティトは必死にエレアを探す。
「そうだ、ジラルド侯爵に急遽仕事が入ったとかで、エレア様は今日は不参加になると聞いたよ。あんなことがあったからね、奥方と息子だけが責められる可能性があるのなら欠席をとのことなんだろう。一応王宮には来たみたいなんだが」
「へえ、それは良かった。正直私も……ティト!? 待ちなさい!」
 頭上で繰り広げられる会話を聞いて、ティトは反射的に駆け出した。
 実は、ゲームではエレアも攻略対象のうちであった。いわゆる隠れルートというやつで、全ルートの攻略後にシナリオを選べるようになる。攻略対象でないのは当て馬のみだった。そこも含めて、悪役を攻略するのは新鮮だと人気のゲームだった。
「まだ居るかな。どこに行ったら馬車が止まってるんだろ」
 エレアルートの彼はいつも、素直になれないことに泣いていた。本当はあんなことが言いたかったんじゃない、あんなことをしたかったわけじゃないと、いつも「どうしてうまくいかないんだろう」と言っては一人で落ち込んでいた場面がある。その姿を見た主人公が悪役に寄り添うところから物語が始まるのだ。
 そんな心を持つ彼だからこそきっと、今回の「階段から突き落とした」となっていることも気にしているはず。そもそも彼がそんなことをするわけがないとティトは変に確信しているから、「気にしていないから友達になろう」と、今日はエレアにそう伝えるつもりだった。
 しかし王宮は広い。馬車を追いかけようと来た道を戻っていたティトは、気がつけば知らない場所に立っていた。
「誰だ?」
 王宮の広い廊下が恐ろしくなり始めた頃、ティトは少しハスキーな声に呼び止められた。振り向けば、知らない少年が二人立っている。一人はまるで王子様のような輝きをはなっており、もう一人は無愛想でティトを睨むように見ていた。
 美形好きなティトは二人に少しドキッとしたが、なぜか恐ろしさが勝り、うつむいてしまった。
「あ、あの、出口を探しているんです。どうしても会いたい人がいて……でも出口が分からなくて困ってます。怪しくないです」
「……会いたい人?」
 銀髪に赤い瞳の王子様のような少年が、隣に立つ黒髪に青い瞳の少年を見る。黒髪の少年は何を伝えているのか、ふるりと緩く首を振った。
「あー、君知ってるよ、この前階段から突き落とされたロタリオ伯爵家の次男だね。その件で誰かに直談判したかったということかな?」
「違います! あ、いえ、まったく違うと言えばそれも違いますが……その、ジラルド侯爵のところに行きたいんです。でもお仕事が入って帰ることになったと聞いたので、追いかけたくて」
 黒髪の少年の目はさらに厳しく変わる。それまで優しかった銀髪の少年の目も、優しさの中に鋭さが滲んだ。
「ジラルド侯爵に? 何の用事で? 君はエレア・ジラルドに階段から突き落とされたんだよね?」
「ジラルド侯爵というよりは、エレア様にお会いして、お友達になりたくて……」
 ティトのその一言で、二人は一気に雰囲気を崩した。しかし怒られると思っているティトはうつむいていて気付かない。歳の近い少年である二人の空気が、ティトにはなんだか恐ろしいように思えたのだ。
「お友達に?」
「いつも一緒に居る兄君はどちらに? あんなことのあとで、あのご家族があなたを一人にするとは思えませんが」
「……兄様は手を離してくれなくて邪魔だったので、逃げて来ました」
 黒髪の少年の声は明らかに怒っていて、ティトの言葉も尻すぼみに消える。
「なるほどね。……どう思う、ルカ」
「どうもこうも……近衛を呼びます。彼をホールに戻してこの件は終わりです」
「私は試しても良いと思うよ。ねえ君、実はジラルド侯爵は王宮にいるんだよね。だけど残念ながら、ご子息と奥方は帰られた。それでも良ければジラルド侯爵のところに案内してあげるけど、どうしたい?」
 黒髪の少年が呆れたように「怒られますよ」とため息を吐いた。
 そんな二人の様子も知らず、ティトはうつむいたまま、ティトが単体でジラルド侯爵に会うメリットはあるのだろうかと考えていた。
 ティトはエレアには会いたかった。しかしその父親には特に興味はないし、用事もない。
(親に『気にしてません』って言うのもおかしな話)
 そもそもジラルド侯爵がどんな人かもティトはまったく知らないため、頭の固い堅物であった場合には、子どもから「気にしてません」と言われたところで「だから?」「自分に言われても困る」で終わる可能性もある。さすがにティトでも貴族社会において目上とのトラブルがご法度であると分かっているし、おかしな火種は生まないべきだ。
「……いえ、いらないです。失礼します」
 ティトは明らかに落胆しながらも、二人に怒られないようにとおそるおそる踵を返す。しかしすぐに「あれ?」と銀髪の少年から声があがった。
「迷子になってたんじゃないの? 戻るにしても、案内いらない?」
「あ、いります」
 あっさりと戻ってきたティトを前に、銀髪の少年はやけに楽しそうに声を出して笑っていた。
 ティトがホールに戻ってからは、ルギスはティトの手を離さなかった。もう目的もないティトからすればまったく無駄なことなのだが、なるべく早くエレアに接触しなければと、残りのつまらないパーティー中はそんなことばかりを考えていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

不憫王子に転生したら、獣人王太子の番になりました

織緒こん
BL
日本の大学生だった前世の記憶を持つクラフトクリフは異世界の王子に転生したものの、母親の身分が低く、同母の姉と共に継母である王妃に虐げられていた。そんなある日、父王が獣人族の国へ戦争を仕掛け、あっという間に負けてしまう。戦勝国の代表として乗り込んできたのは、なんと獅子獣人の王太子のリカルデロ! 彼は臣下にクラフトクリフを戦利品として側妃にしたらどうかとすすめられるが、王子があまりに痩せて見すぼらしいせいか、きっぱり「いらない」と断る。それでもクラフトクリフの処遇を決めかねた臣下たちは、彼をリカルデロの後宮に入れた。そこで、しばらく世話をされたクラフトクリフはやがて健康を取り戻し、再び、リカルデロと会う。すると、何故か、リカルデロは突然、クラフトクリフを溺愛し始めた。リカルデロの態度に心当たりのないクラフトクリフは情熱的な彼に戸惑うばかりで――!?

ゲーム世界の貴族A(=俺)

猫宮乾
BL
 妹に頼み込まれてBLゲームの戦闘部分を手伝っていた主人公。完璧に内容が頭に入った状態で、気がつけばそのゲームの世界にトリップしていた。脇役の貴族Aに成り代わっていたが、魔法が使えて楽しすぎた! が、BLゲームの世界だって事を忘れていた。

【本編完結】異世界で政略結婚したオレ?!

カヨワイさつき
BL
美少女の中身は32歳の元オトコ。 魔法と剣、そして魔物がいる世界で 年の差12歳の政略結婚?! ある日突然目を覚ましたら前世の記憶が……。 冷酷非道と噂される王子との婚約、そして結婚。 人形のような美少女?になったオレの物語。 オレは何のために生まれたのだろうか? もう一人のとある人物は……。 2022年3月9日の夕方、本編完結 番外編追加完結。

花街だからといって身体は売ってません…って話聞いてます?

銀花月
BL
魔導師マルスは秘密裏に王命を受けて、花街で花を売る(フリ)をしていた。フッと視線を感じ、目線をむけると騎士団の第ニ副団長とバッチリ目が合ってしまう。 王命を知られる訳にもいかず… 王宮内で見た事はあるが接点もない。自分の事は分からないだろうとマルスはシラをきろうとするが、副団長は「お前の花を買ってやろう、マルス=トルマトン」と声をかけてきたーーーえ?俺だってバレてる? ※[小説家になろう]様にも掲載しています。

【完結済み】騎士団長は親友に生き写しの隣国の魔術師を溺愛する

兔世夜美(トヨヤミ)
BL
アイゼンベルク帝国の騎士団長ジュリアスは留学してきた隣国ゼレスティア公国の数十年ぶりのビショップ候補、シタンの後見となる。その理由はシタンが十年前に失った親友であり片恋の相手、ラシードにうり二つだから。だが出会ったシタンのラシードとは違う表情や振る舞いに心が惹かれていき…。過去の恋と現在目の前にいる存在。その両方の間で惑うジュリアスの心の行方は。※最終話まで毎日更新。※大柄な体躯の30代黒髪碧眼の騎士団長×細身の20代長髪魔術師のカップリングです。※完結済みの「テンペストの魔女」と若干繋がっていますがそちらを知らなくても読めます。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

待て、妊活より婚活が先だ!

檸なっつ
BL
俺の自慢のバディのシオンは実は伯爵家嫡男だったらしい。 両親を亡くしている孤独なシオンに日頃から婚活を勧めていた俺だが、いよいよシオンは伯爵家を継ぐために結婚しないといけなくなった。よし、お前のためなら俺はなんだって協力するよ! ……って、え?? どこでどうなったのかシオンは婚活をすっ飛ばして妊活をし始める。……なんで相手が俺なんだよ! **ムーンライトノベルにも掲載しております**

【完結】完璧アルファな推し本人に、推し語りするハメになったオレの顛末

竜也りく
BL
物腰柔らか、王子様のように麗しい顔、細身ながら鍛えられた身体、しかし誰にも靡かないアルファの中のアルファ。 巷のお嬢さん方を骨抜きにしているヴァッサレア公爵家の次男アルロード様にオレもまたメロメロだった。 時に男友達に、時にお嬢さん方に混ざって、アルロード様の素晴らしさを存分に語っていたら、なんとある日ご本人に聞かれてしまった。 しかも「私はそういう人の心の機微が分からなくて困っているんだ。これからも君の話を聞かせて欲しい」と頼まれる始末。 どうやら自分の事を言われているとはこれっぽっちも思っていないらしい。 そんなこんなで推し本人に熱い推し語りをする羽目になって半年、しかしオレも末端とはいえど貴族の一員。そろそろ結婚、という話もでるわけで見合いをするんだと話のついでに言ったところ…… ★『小説家になろう』さんでも掲載しています。

処理中です...