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第一章
柔らかな絶望のなかで
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ふとした時に、君を見つけた。僕は廊下に佇んでいる君の名前を呼ぶ。本当に君なのか確かめる。君がこくりと頷くと、僕は君を抱きしめる。
やっと会えた。ずっと会いたかった。もう離さない、ずっと一緒だ。僕は君の手をとって歩き始める。目的地はわからないけれど、とにかく僕たちは“ここではないどこか”に行かなければならない。
君は幽霊のようだ。今にも消え入りそうで、少しでも目を離したらいなくなってしまいそうで……。だから僕は君のことを絶対に離さない。君の手を固く握って、君の存在を常に肌で感じながら。
だけど、そうまでしても、君は一瞬にして僕の元からいなくなった。大きな風に吹かれて、僕はとっさに両腕で顔を覆った。手を離してしまったことに気づいたときには遅かった。振り向くと、君はもういなかった。
僕は君の名前を呼ぶ。呼び続ける。でも、君はもういない。どこを探しても、君はもういない。
*
十六時半に起きること、それは俺にとってごく日常的なことだった。枕元のスマートフォンを手に取り時間を確認すると、一体最後にいつ干したのか記憶にない万年床からおもむろに起き上がる。
髪の毛の乱れた後頭部を掻いた。しばらくその場で胡坐をかいてうなだれていると、出来損ないの雷鳴のようなみっともない音が腹から響く。腹が減る、それはこの俺、戸田悠司がまだ生きている証だった。
重い腰を上げて立ち上がり、襖を開けて部屋の外に出た。家の中はしん、としている。家中を一通り見て回ったが、家には誰もいない。親は出かけているようだった。
俺は台所に立つと水を入れた鍋をガスコンロに置き火をかける。水が沸騰すると冷蔵庫から取り出した二食分の蕎麦を鍋に入れ、麺を無心で茹でた。その間に、器につゆを入れ、水で希釈すると、薬味として冷凍の刻みねぎと海苔をまぶし、ストックしてあるパック寿司のわさびを入れる。チューブのわさびよりこっちの方が美味いからだ。
茹で上がった麺をザルに移し、冷水ですすぐと、蕎麦の入ったザルを鍋の上に置き、つゆの入った器と一緒に盆に乗せて二階の部屋まで運んだ。
両手が塞がっているので片足で襖を開けて部屋に入り、盆をテーブルの上に置いた。俺は家で一人の時は大抵蕎麦を食べている。まるでそれが俺に与えられたただ一つの仕事でもあるかのように、来る日も来る日も蕎麦を食べていた。
座椅子に腰掛け、HDDレコーダーを起動すると、録画した特に面白くもないテレビ番組を観ながら淡々と麺をすすった。これが俺の日常。何の代わり映えもない日々。
蕎麦を食べ終えると食器を素早く片付けた。親が帰ってきてからだと気まずいので、作るのも片付けるのも親が留守の内にしている。別に調理をしたからといって何か言われるわけではない。ただ、俺はこの家の中では肩身が狭いのだった。
何故だろう? 家にいると肩身の狭い思いをする立場、毎日カラスの鳴く頃に目を覚ます身分、気分は常に「柔らかな絶望」である状況。そう、俺は世に言う「ひきこもり」だった。
やっと会えた。ずっと会いたかった。もう離さない、ずっと一緒だ。僕は君の手をとって歩き始める。目的地はわからないけれど、とにかく僕たちは“ここではないどこか”に行かなければならない。
君は幽霊のようだ。今にも消え入りそうで、少しでも目を離したらいなくなってしまいそうで……。だから僕は君のことを絶対に離さない。君の手を固く握って、君の存在を常に肌で感じながら。
だけど、そうまでしても、君は一瞬にして僕の元からいなくなった。大きな風に吹かれて、僕はとっさに両腕で顔を覆った。手を離してしまったことに気づいたときには遅かった。振り向くと、君はもういなかった。
僕は君の名前を呼ぶ。呼び続ける。でも、君はもういない。どこを探しても、君はもういない。
*
十六時半に起きること、それは俺にとってごく日常的なことだった。枕元のスマートフォンを手に取り時間を確認すると、一体最後にいつ干したのか記憶にない万年床からおもむろに起き上がる。
髪の毛の乱れた後頭部を掻いた。しばらくその場で胡坐をかいてうなだれていると、出来損ないの雷鳴のようなみっともない音が腹から響く。腹が減る、それはこの俺、戸田悠司がまだ生きている証だった。
重い腰を上げて立ち上がり、襖を開けて部屋の外に出た。家の中はしん、としている。家中を一通り見て回ったが、家には誰もいない。親は出かけているようだった。
俺は台所に立つと水を入れた鍋をガスコンロに置き火をかける。水が沸騰すると冷蔵庫から取り出した二食分の蕎麦を鍋に入れ、麺を無心で茹でた。その間に、器につゆを入れ、水で希釈すると、薬味として冷凍の刻みねぎと海苔をまぶし、ストックしてあるパック寿司のわさびを入れる。チューブのわさびよりこっちの方が美味いからだ。
茹で上がった麺をザルに移し、冷水ですすぐと、蕎麦の入ったザルを鍋の上に置き、つゆの入った器と一緒に盆に乗せて二階の部屋まで運んだ。
両手が塞がっているので片足で襖を開けて部屋に入り、盆をテーブルの上に置いた。俺は家で一人の時は大抵蕎麦を食べている。まるでそれが俺に与えられたただ一つの仕事でもあるかのように、来る日も来る日も蕎麦を食べていた。
座椅子に腰掛け、HDDレコーダーを起動すると、録画した特に面白くもないテレビ番組を観ながら淡々と麺をすすった。これが俺の日常。何の代わり映えもない日々。
蕎麦を食べ終えると食器を素早く片付けた。親が帰ってきてからだと気まずいので、作るのも片付けるのも親が留守の内にしている。別に調理をしたからといって何か言われるわけではない。ただ、俺はこの家の中では肩身が狭いのだった。
何故だろう? 家にいると肩身の狭い思いをする立場、毎日カラスの鳴く頃に目を覚ます身分、気分は常に「柔らかな絶望」である状況。そう、俺は世に言う「ひきこもり」だった。
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