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しおりを挟む「あの、ありがとうございました」
いつものように部屋の前まで送ってもらってしまった。
パーティの件もあって気まずかったが、どうしても送らせてくれと言われては断れない。
お礼を言い、部屋に入ろうとすると……
「シルク、申し訳ない」
「え?」
アーノルドが頭を下げてきた。
え?え?何の謝罪?
「昨日の件も今日の件も、うちの団員がシルクをないがしろにしているのに気付いていたのに処罰するタイミングを伺って対応が遅れた俺のせいだ。本当に申し訳ない。しかも俺がいたのにみすみす暴力を……!」
「!そ、そんな、団長は悪くありません!」
アーノルドはいつも私を庇っていてくれた。
『聖女』に対する暴言だけで彼らを処分出来るとは思っていないし、彼があんな風に暴力的な手段に出るなんて想像出来なかったのだから仕方がない。
それにあのニールという男はお偉いさんのお坊ちゃんだし今までの陰口くらいでは処分しようとした所ですぐにそれが取り消されるのは明らかだった。
暴力も未遂で済んだ。
肩を掴まれたけどそれ以外はアーノルドが庇ってくれたから何もなかった。
一人だったら今でも怖くて震えていただろうけど、庇われた背中の逞しさに恐怖は薄れている。
「しかし……」
「いえ、本当に。むしろ私の方がもっとお礼言わないといけないくらいで」
「シルクを守るのは当然だ。礼など必要ない」
「……」
当然。
そうだよね、騎士様だもん、聖女である私を守るのは当然。
責任感の強い彼の義務のようなものだ。
(バカみたい、わかっていたのに特別扱いを期待するなんて)
私だからじゃない、リーアが相手でもちゃんと守ったはず。
いやむしろリーアが相手だったらあの場で八つ裂きにしていたかもしれない。
昨日から沈みまくっている気分が更に沈んでいく。
(あ、まずい)
気が付けば先程一度決壊した涙腺が崩壊し、ぼたぼたと床に染みを作っていた。
「!!!シルク!?」
「っ、す、すみません……っ」
止めようと思っても止まらない。
私の涙にアーノルドが焦るのに気付くがどうにも出来ない。
「そ、そうだよな、怖かったよな?大丈夫、じゃないよな?どうして欲しい?俺に出来る事は何かあるか?」
幸いアーノルドはニールが怖かったから泣いていると思っている。
本当は貴方の特別じゃないから泣いているのだと知ったらどんな顔をするだろうか。
眉を顰めて迷惑そうな顔をするかな。
いや、アーノルドは優しいから困ったような顔をするだろうな。
いっそ嫌ってくれれば良い。
迷惑だと突き放してくれればどれだけ気が楽になるだろう。
でもそれをしないアーノルドだから好きになったのだ。
(抱き締めて欲しい)
そう言ったら抱き締めてくれるだろう。
あくまでただ慰めるだけの手段として。
心には何の感情も抱かず、怯える『聖女』を宥めるために優しく静かに背を撫でてくれるだろう。
「シルク……」
「……っ」
何も言えずにぐずぐずと泣き続けるしかない私。
嫌だな、こんな風に泣いていたら迷惑にしかならないってわかってるのに止まらない。
部屋に入らないと。
部屋の中でならどれだけ泣いても誰にも見られないし迷惑もかけない。
「わた、私、部屋……っ」
泣いてしまう前にさっさと入れば良かった。
片手で涙を拭いながらもう片方で部屋のドアを指す。
それだけでアーノルドには伝わるだろう。
そそくさともう一度頭を下げてドアノブに手をかけたのだが。
「シルク、待って」
「!」
アーノルドにその手を止められた。
ドアに手をかけつつ身体は半分アーノルドの方を向いていた私は、横から彼とドアに挟まれるような体勢になってしまった。
(ち、近い……!)
おまけにドアノブを掴んでいた手に大きな手が重なっていて、悲しみが一瞬吹き飛び嬉しさやら恥ずかしさやら戸惑いやらで頭が混乱する。
「あ、あの、あの……!」
「シルク、その」
混乱する私に気付いているのかいないのか、アーノルドがそのまま何やら話を続けようとした瞬間。
「団長?そんな所で何を……」
「「!!!」」
廊下の向こうから声をかけられた。
「……っ、リーア」
泣き腫らしてぼやけているけれどすぐにわかる。
そこに立っているのはリーアだ。
「シルク?」
「ちが、違うの、これは」
アーノルドが私を泣かせたのだと思われてはまずい。
いや厳密に言うと実際にはアーノルドが原因ではあるのだが、それにおまけに私に迫っているだなんて不名誉まで与えるのはもっとまずい。
いくらリーアの気持ちがアーノルドにないとはいえ、すぐに他の女に迫っていたと知られるのは彼としても本意ではないだろう。
腕の中から抜け出そうとするが、その前に腕が消えた。
……え?消えた?
「何、してるんですか?」
「っ、リーア様、これは……」
「何、して、るん、です、か?」
「ですからこれは違うんです……!」
見るとリーアがアーノルドの腕を壁に押し付けている。
消えたと思ったのはリーアがその腕をどかしたからのようだ。
アーノルドがリーアの力に抗えないはずはない。
されるがままそれを受け入れ、問い詰められ戸惑い必死に言い訳を考えているような姿は鬼の団長などと呼ばれているのが嘘のように可愛らしい。
やはりアーノルドは彼女が好きなんだ。
フラれてもまだ好きなんだ。
目の前でそれをまざまざ見せつけられて再び涙が浮かんでくる。
二人が一緒にいるところなど見たくないと思いつつ、リーアの絶対零度の視線といつになく刺々しい物言いが気になって動けない。
「何が違うんですか?私言いましたよね?シルクを泣かせたら許さないって。貴方頷きましたよね?自信満々に頷きましたよね?絶対に泣かせないって言いましたよね?それなのに舌の根も渇かない内にどうして泣かせてるんですか?」
「これには色々事情があって」
「どんな事情があるんです?まあどんな事情があってもシルクを泣かせた事実は覆せませんし許しませんけど」
矢継ぎ早のリーアのセリフにアーノルドは中々口を挟めずにいる。
「リーア」
「シルク、私が来たからもう大丈夫よ。この脳筋に何されたの?無理矢理襲われそうになった?」
「へ?いや、違……」
「ああこんなに泣いちゃって可哀想に。ほらこっちおいで、よしよし」
「!」
私を引き寄せ抱き締めぽんぽんと頭を撫でたり背を撫でてくるリーア。
ていうか脳筋て。
「リーア」
「うんうん、わかってるよ大丈夫、脳筋に無理矢理迫られたんだよね?もうそんな事させないからね」
「え、あの、違」
「リーア様、俺は決して」
「ちょっと黙っててくれます?」
「うぐ……」
「全く、わざわざ私に許可取ってパーティーに誘うだけなんて言ってたくせに両想いになった途端襲うなんて最低。いくら好きでもやって良い事と悪い事があるでしょう?花束も用意してたから脳筋なのに紳士的なところもあるんだって見直してたのに私の可愛い可愛いシルクに何してくれてるんだか」
また脳筋って言ってる。
ていうかちょっと待って。
無理矢理迫られたなんてありえないし、襲われるなんてもっとありえない。
それに両想いなんかじゃないし。
ん?
待って。
いくら好きでもって何?
両想いって何?
それにリーアの今の言い方だと、アーノルドは最初から私にエスコートを申し込むつもりだったように聞こえる。
え?あれ?
待って待って、もしかして、もしかして……
(私、物凄い勘違いしてたんじゃ……?)
はたと気付くと同時に。
「……両想い?」
「!」
リーアが放ったその単語にアーノルドが大いに反応していた。
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