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第一部:陣中の異才、食への序曲
第二話:一滴の絆、兵糧玉
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朝餉の後、陣営の空気は昨日までとは少し変わっていた。
権六が、朝一番に千兵衛から貰った「魂が生き返る味」の焼きおにぎりについて、仲間に語ったからだ。
最初は誰も信じなかった。
「あのクソ干飯が美味くなるわけねえだろ」
「権六さん、朝っぱらから何を寝ぼけてんだ」
と笑い飛ばしていた。
だが、権六は本気だった。
熱弁する権六に、他の足軽頭も半信半疑で千兵衛に声をかけ、分けてもらったらしい。
今朝の兵たちの間では、
「伊吹の奴の飯は、本当に美味いらしいぞ」
「なんだってあんなもんで?」
という囁きが、小さな波紋のように広がっていた。
千兵衛は、そんなざわめきを遠くに感じながら、いつもの場所で作業をしていた。
隣には、権六、そして彼の数少ない理解者である仲間たちがいる。
年若い、明るさが取り柄の足軽・助作(すけさく)と、口数は少ないが仕事は丁寧な、厨房の手伝いをしている古参の茂平(もへい)だ。
「それにしても、権六さんがあんなに熱くなるなんてな」助作が笑う。
「千兵衛さんの飯は、まあ、俺たちには勿体ねえくらいだけどよ」
「馬鹿野郎、勿体ねえなんてもんか」
権六が助作の頭をごつんと軽く叩く。
「あれは、あれがあるってだけで、今日の稽古も乗り切れそうだと思ったくらいだぞ。
いつもの飯じゃ、腹は膨れても、体ん中に何も入らねえみてえなもんだ」
「そうでございますな」
茂平が静かに頷く。
「わしらのような下働きは、食事が一番の楽しみでございますから。
それが、あまりに味気ないと、一日が辛うございます」
千兵衛は、そんな仲間たちの言葉を穏やかに聞いていた。
彼が食にこだわるのは、腹を満たすためだけではない。
権六や助作、茂平のような、戦場の底辺で、日々の重労働と命の危険に晒されている兵士たちの心も満たしたいからだ。
飢えや疲労は、体だけでなく心も蝕む。
心が折れてしまえば、体は動かない。
美味い飯は、凍えた体を温め、荒んだ心を潤し、もう一度顔を上げる力をくれる。
「腹を満たすは、当たり前。
だが、それだけでは、戦は勝てませぬ」
千兵衛は静かに言った。
「戦場で本当に必要なのは、腹を満たし、心をも奮わせる『糧』なのです」
この日、陣営では遠方の物見(ものみ)部隊が編成されていた。
敵の動きを探る、危険な任務だ。
数日に渡る行軍と野営が予想される。
彼らに支給されるのは、やはり干飯と塩、そして少量の干し肉と漬物だけ。
「千兵衛さんよ、あの物見ども、帰ってくる頃にはげっそりだろうな」
権六がため息をつく。
「温かいもんも食えねえし、凍える夜には、湯漬けだけじゃしのげねえだろうよ」
その言葉を聞き、千兵衛の頭に新しいアイデアが閃いた。
携帯できて、お湯さえあればすぐに温かい汁物になるもの。
そして、栄養も少し加えられるもの。
「味噌玉、でございますか?」
茂平が千兵衛の書き付けを見て首を傾げる。
「はい、茂平さん。
味噌に、いくつかの乾物を混ぜ込んで、玉にするのです。
これを懐に入れておけば、休憩の折に湯に溶かすだけで、温かい汁物が飲める」
千兵衛は早速作業に取り掛かった。
材料は、備蓄の味噌、そして細かく砕いた干し野菜、炒って粉にした大豆、そして以前作っておいた燻製魚粉(かつお節のように旨味が出る)。
まず、味噌に粉にした大豆と燻製魚粉を混ぜ込む。ねりねりと混ぜるうちに、味噌の香りに魚と豆の香ばしさが加わる。
次に、細かく刻んで乾燥させた野草や備蓄の干し大根などを加える。
素材が均一になるように、丁寧にねりねりと混ぜ合わせる。
「へえ、こんなもんになるのか」
助作が覗き込む。
「なんか、粘土細工みてえだな」
「助作、これは粘土ではないぞ。
兵士の命を繋ぐ玉だ」
権六が助作の背中をぴしゃりと叩く。
混ぜ合わせた味噌を、今度は小さくちぎり取り、手のひらでころころと丸めていく。
一つ一つ、権六や助作、茂平たちの顔を思い浮かべながら。
重労働で疲れた兵士、夜の見張りで冷え切った兵士、傷を負った兵士…
どんな時でも、これを湯に溶かせば、温かい、具材の入った汁物が飲める。
それは単に腹を満たすだけでなく、乾いた喉を潤し、冷えた体を温め、そして「見守られている」
「忘れられていない」
と感じさせる、心の温もりにもなるはずだ。
味噌玉を丸める千兵衛の手つきは、先日の焼きおにぎりの時と同様、迷いがなく、丁寧だった。
手のひらの熱で味噌が少し柔らかくなり、具材がしっかりと馴染んでいくのを感じる。
ぺたぺたと、掌に心地よい感触が伝わる。
形を整え、乾燥させるため、網の上に並べていく。
程なくして、一口サイズのかわいらしい味噌玉がいくつも出来上がった。
見た目は地味だが、そこには千兵衛の創意と、兵士を思う心がぎゅっと詰まっている。
完成した味噌玉を権六たちに見せる。
「これが……兵糧玉、か」
権六が手に取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
味噌と、何とも言えない香ばしく、そして少し潮のような香りが混じり合っている。
千兵衛は頷いた。
そして、その手に兵糧玉を一つ乗せながら、静かに、しかし確かな響きを持って言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。これぞ、いくさ飯。」
彼は小さな椀に湯を注ぎ、味噌玉を一つ入れた。
湯に触れた味噌玉は、ゆっくりとしゅわしゅわと溶け始める。
中から乾燥野菜や砕かれた干し肉が現れ、湯の中にふわりと広がっていく。
立ち上る湯気と共に、味噌と出汁の香りがぷんぷんと辺りに満ちた。
「おお……!」
権六だけでなく、助作も茂平も思わず声を上げる。
椀の中は、あっという間に具沢山の汁物に変わった。
見た目は素朴だが、湯気からは確かな滋養と温もりが伝わってくる。
千兵衛はそれを権六に渡した。
権六は熱々の汁物をはぁはぁと冷ましながら、一口すする。
「……
うまい」
権六が呻くように言った。
「なんだこれ、いつもの味噌汁より、ずっと味が深いぞ!」
助作と茂平も、千兵衛に促されて試してみる。
二人も同じように目を丸くし、汁物をごくごくと飲む。
冷えた体がじんわりと温まり、力が湧いてくるのを感じた。
「これなら、夜の見張りでも、行軍の途中でも、湯さえあればすぐに温まれる!」
助作が興奮して言う。
「こりゃ、本当に助かるぜ!」
「ありがとうございます、千兵衛殿」茂平も頭を下げる。
「これは、兵士たちにとって、何よりの心の支えとなりましょう」
千兵衛は彼らの言葉に満足げに頷いた。
この小さな味噌玉が、これから始まる厳しい戦の中で、どれほど多くの兵士の心と体を温められるだろうか。
大戦の日は、刻一刻と近づいている。
兵士たちは、いつ前線に送られるか分からない。
物見部隊は既に出発した。
これから行軍が始まり、野営が続く日々が来るだろう。
そんな時、この小さな兵糧玉が、きっと彼らの力になる。
腹を満たし、心を満たし、戦場の厳しさに立ち向かう勇気を与えてくれるはずだ。
千兵衛は、手に残った兵糧玉を見つめた。
それは、来るべき飢餓と疲労との戦いに向けた、ささやかな、しかし確かな一歩だった。
【今回のいくさ飯】
『即席活力! 具だくさん味噌玉 ~携帯陣中汁の素~』
備蓄の味噌に、乾燥野菜、炒り大豆粉、燻製魚粉などを混ぜ込み、丸めて乾燥させたもの。
懐に入れて携帯し、湯に溶かすだけで、温かく具沢山の味噌汁になる。
手軽な栄養補給と、冷えた体を温める効果。(キャンプ/弁当:フリーズドライ味噌汁風。男飯:手軽さ)
権六が、朝一番に千兵衛から貰った「魂が生き返る味」の焼きおにぎりについて、仲間に語ったからだ。
最初は誰も信じなかった。
「あのクソ干飯が美味くなるわけねえだろ」
「権六さん、朝っぱらから何を寝ぼけてんだ」
と笑い飛ばしていた。
だが、権六は本気だった。
熱弁する権六に、他の足軽頭も半信半疑で千兵衛に声をかけ、分けてもらったらしい。
今朝の兵たちの間では、
「伊吹の奴の飯は、本当に美味いらしいぞ」
「なんだってあんなもんで?」
という囁きが、小さな波紋のように広がっていた。
千兵衛は、そんなざわめきを遠くに感じながら、いつもの場所で作業をしていた。
隣には、権六、そして彼の数少ない理解者である仲間たちがいる。
年若い、明るさが取り柄の足軽・助作(すけさく)と、口数は少ないが仕事は丁寧な、厨房の手伝いをしている古参の茂平(もへい)だ。
「それにしても、権六さんがあんなに熱くなるなんてな」助作が笑う。
「千兵衛さんの飯は、まあ、俺たちには勿体ねえくらいだけどよ」
「馬鹿野郎、勿体ねえなんてもんか」
権六が助作の頭をごつんと軽く叩く。
「あれは、あれがあるってだけで、今日の稽古も乗り切れそうだと思ったくらいだぞ。
いつもの飯じゃ、腹は膨れても、体ん中に何も入らねえみてえなもんだ」
「そうでございますな」
茂平が静かに頷く。
「わしらのような下働きは、食事が一番の楽しみでございますから。
それが、あまりに味気ないと、一日が辛うございます」
千兵衛は、そんな仲間たちの言葉を穏やかに聞いていた。
彼が食にこだわるのは、腹を満たすためだけではない。
権六や助作、茂平のような、戦場の底辺で、日々の重労働と命の危険に晒されている兵士たちの心も満たしたいからだ。
飢えや疲労は、体だけでなく心も蝕む。
心が折れてしまえば、体は動かない。
美味い飯は、凍えた体を温め、荒んだ心を潤し、もう一度顔を上げる力をくれる。
「腹を満たすは、当たり前。
だが、それだけでは、戦は勝てませぬ」
千兵衛は静かに言った。
「戦場で本当に必要なのは、腹を満たし、心をも奮わせる『糧』なのです」
この日、陣営では遠方の物見(ものみ)部隊が編成されていた。
敵の動きを探る、危険な任務だ。
数日に渡る行軍と野営が予想される。
彼らに支給されるのは、やはり干飯と塩、そして少量の干し肉と漬物だけ。
「千兵衛さんよ、あの物見ども、帰ってくる頃にはげっそりだろうな」
権六がため息をつく。
「温かいもんも食えねえし、凍える夜には、湯漬けだけじゃしのげねえだろうよ」
その言葉を聞き、千兵衛の頭に新しいアイデアが閃いた。
携帯できて、お湯さえあればすぐに温かい汁物になるもの。
そして、栄養も少し加えられるもの。
「味噌玉、でございますか?」
茂平が千兵衛の書き付けを見て首を傾げる。
「はい、茂平さん。
味噌に、いくつかの乾物を混ぜ込んで、玉にするのです。
これを懐に入れておけば、休憩の折に湯に溶かすだけで、温かい汁物が飲める」
千兵衛は早速作業に取り掛かった。
材料は、備蓄の味噌、そして細かく砕いた干し野菜、炒って粉にした大豆、そして以前作っておいた燻製魚粉(かつお節のように旨味が出る)。
まず、味噌に粉にした大豆と燻製魚粉を混ぜ込む。ねりねりと混ぜるうちに、味噌の香りに魚と豆の香ばしさが加わる。
次に、細かく刻んで乾燥させた野草や備蓄の干し大根などを加える。
素材が均一になるように、丁寧にねりねりと混ぜ合わせる。
「へえ、こんなもんになるのか」
助作が覗き込む。
「なんか、粘土細工みてえだな」
「助作、これは粘土ではないぞ。
兵士の命を繋ぐ玉だ」
権六が助作の背中をぴしゃりと叩く。
混ぜ合わせた味噌を、今度は小さくちぎり取り、手のひらでころころと丸めていく。
一つ一つ、権六や助作、茂平たちの顔を思い浮かべながら。
重労働で疲れた兵士、夜の見張りで冷え切った兵士、傷を負った兵士…
どんな時でも、これを湯に溶かせば、温かい、具材の入った汁物が飲める。
それは単に腹を満たすだけでなく、乾いた喉を潤し、冷えた体を温め、そして「見守られている」
「忘れられていない」
と感じさせる、心の温もりにもなるはずだ。
味噌玉を丸める千兵衛の手つきは、先日の焼きおにぎりの時と同様、迷いがなく、丁寧だった。
手のひらの熱で味噌が少し柔らかくなり、具材がしっかりと馴染んでいくのを感じる。
ぺたぺたと、掌に心地よい感触が伝わる。
形を整え、乾燥させるため、網の上に並べていく。
程なくして、一口サイズのかわいらしい味噌玉がいくつも出来上がった。
見た目は地味だが、そこには千兵衛の創意と、兵士を思う心がぎゅっと詰まっている。
完成した味噌玉を権六たちに見せる。
「これが……兵糧玉、か」
権六が手に取り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
味噌と、何とも言えない香ばしく、そして少し潮のような香りが混じり合っている。
千兵衛は頷いた。
そして、その手に兵糧玉を一つ乗せながら、静かに、しかし確かな響きを持って言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。これぞ、いくさ飯。」
彼は小さな椀に湯を注ぎ、味噌玉を一つ入れた。
湯に触れた味噌玉は、ゆっくりとしゅわしゅわと溶け始める。
中から乾燥野菜や砕かれた干し肉が現れ、湯の中にふわりと広がっていく。
立ち上る湯気と共に、味噌と出汁の香りがぷんぷんと辺りに満ちた。
「おお……!」
権六だけでなく、助作も茂平も思わず声を上げる。
椀の中は、あっという間に具沢山の汁物に変わった。
見た目は素朴だが、湯気からは確かな滋養と温もりが伝わってくる。
千兵衛はそれを権六に渡した。
権六は熱々の汁物をはぁはぁと冷ましながら、一口すする。
「……
うまい」
権六が呻くように言った。
「なんだこれ、いつもの味噌汁より、ずっと味が深いぞ!」
助作と茂平も、千兵衛に促されて試してみる。
二人も同じように目を丸くし、汁物をごくごくと飲む。
冷えた体がじんわりと温まり、力が湧いてくるのを感じた。
「これなら、夜の見張りでも、行軍の途中でも、湯さえあればすぐに温まれる!」
助作が興奮して言う。
「こりゃ、本当に助かるぜ!」
「ありがとうございます、千兵衛殿」茂平も頭を下げる。
「これは、兵士たちにとって、何よりの心の支えとなりましょう」
千兵衛は彼らの言葉に満足げに頷いた。
この小さな味噌玉が、これから始まる厳しい戦の中で、どれほど多くの兵士の心と体を温められるだろうか。
大戦の日は、刻一刻と近づいている。
兵士たちは、いつ前線に送られるか分からない。
物見部隊は既に出発した。
これから行軍が始まり、野営が続く日々が来るだろう。
そんな時、この小さな兵糧玉が、きっと彼らの力になる。
腹を満たし、心を満たし、戦場の厳しさに立ち向かう勇気を与えてくれるはずだ。
千兵衛は、手に残った兵糧玉を見つめた。
それは、来るべき飢餓と疲労との戦いに向けた、ささやかな、しかし確かな一歩だった。
【今回のいくさ飯】
『即席活力! 具だくさん味噌玉 ~携帯陣中汁の素~』
備蓄の味噌に、乾燥野菜、炒り大豆粉、燻製魚粉などを混ぜ込み、丸めて乾燥させたもの。
懐に入れて携帯し、湯に溶かすだけで、温かく具沢山の味噌汁になる。
手軽な栄養補給と、冷えた体を温める効果。(キャンプ/弁当:フリーズドライ味噌汁風。男飯:手軽さ)
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