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第一部:陣中の異才、食への序曲
第三話:先駆けの力、戦陣行動食
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武藤家の陣営は、決戦の準備で慌ただしさを増していた。
物見や斥候の報告が飛び交い、地図を広げた武将たちの厳しい声があちこちで響く。
来るべき戦の規模を思えば、一つたりとも手抜かりは許されない。
そんな中、陣営の一角で、一隊の兵が集められていた。
百名ほどの小規模な部隊だが、その顔ぶれは精鋭揃いだ。
彼らはこれから、敵領深くへと潜入し、重要な情報を持ち帰るという危険な任務に就く。
偵察部隊、通称「先駆け衆」である。
先駆け衆を率いるのは、経験豊富な小隊長、堀田(ほった)だ。
堀田は兵士たちの顔を見回し、その士気を確かめていた。
任務の困難さは兵士たちも理解している。
だが、彼らが抱える不安は、敵の兵力や地形のことだけではなかった。
「小隊長殿、兵糧でございますが……」副官が申し訳なさそうに進み出る。
「支給の干飯と塩では、やはり……」
堀田は無言で頷いた。
分かっている。
数日間の隠密行動。
道中で火を起こして湯を沸かすなど、もってのほかだ。
湯漬けにして食べる干飯は、行動食としては重く、水も大量に必要とする。
それに、あの味気なさでは、連日の緊張と疲労の中、腹に収めるのも一苦労だろう。
腹は減るが、食欲が湧かない。
これほど士気を削ぐものはない。
「腹が減っては、満足に動けん。
だが、立ち止まって火を炊くわけにもいかぬ……」
堀田は腕を組み、頭を抱えた。
先駆け衆には、迅速な移動と持続する力が必要だった。
これまでの兵糧では、とてもその要求を満たせない。
この話が、兵糧奉行の補佐である千兵衛の耳にも入った。
彼はすぐに、これが単なる「美味しい飯」の問題ではないことを理解した。
これは、特定の任務、それも極めて重要で危険な任務のために特化された「機能する食料」が求められているのだ。
千兵衛は考え始めた。
火を使わずに食べられる。
軽い。
小さいのに腹持ちが良い。
そして、何よりも、厳しい状況下でも「力」になる。
脳裏に浮かんだのは、噛むほどに滋味が出る、硬い保存食のイメージだった。
「堅パン……
だが、ただ硬いだけでは駄目だ。
栄養があり、力が湧く。
そして、ほんの少しでも、兵士たちが『また次の一口を』と思えるような…」
千兵衛は早速、手持ちの材料を調べ始めた。
米だけでは、すぐ消化されてしまう。
栄養価の高い雑穀(粟、稗、麦など)を混ぜよう。
そして、力をつけるためにはタンパク質も必要だ。
備蓄の干し肉や干し魚を細かく砕いたものを使おう。
これらを混ぜ込み、硬く焼き上げるのだ。
まず、数種類の雑穀を、通常より少なめの水でコトコトと炊き上げる。
少し硬めに炊くことで、後の乾燥と焼きに耐えられるようにする。
炊きあがった雑穀は、つぶつぶとした感触と、それぞれ異なる香りを放っている。
次に、じっくりと乾燥させた干し肉を、石臼で丹念にゴリゴリとすり潰す。
完全に粉末にするのではなく、細かく繊維が残る程度にするのが肝だ。
こうすることで、噛んだ時に肉の旨味がじゅわっと滲み出る。
干し魚も同様に砕く。
炊いた雑穀に、砕いた干し肉、干し魚、そして炒った大豆や胡麻などを加える。
塩で味を調え、全体が均一になるまでねりねりと混ぜ合わせる。
生地はむっちりとして、手に吸い付くような感触だ。
これを、薄く、一定の厚さに伸ばしていく。
形は四角や長方形が良いだろう。
懐に入れやすく、割って分けやすい。
伸ばした生地を短冊状に切り分け、日当たりの良い場所でまず乾燥させる。
天日でからからになるまで乾かすのだ。
十分に乾燥したら、次は焼きだ。
炭火を起こし、網に乗せてじっくりと焼く。
表面にこんがりと焼き色がつくまで。
一度冷まし、さらに二度目の焼きを行う。
二度焼くことで、中の水分が完全に飛び、カチカチに硬くなる。
これが「堅パン」たる所以だ。
焼きあがった堅パンは、見た目は素朴だが、手に取るとずしりと重い。
そして、噛みしめなければ分からない、奥深い香ばしさが漂っている。
千兵衛は、出来上がった堅パンを風呂敷に包み、堀田小隊長のもとへ向かった。
「これは?」
堀田は千兵衛の手にある包みを見て首を傾げる。
千兵衛は、兵糧奉行補佐の中でも、変わったことをしていると噂には聞いているが。
「堀田小隊長殿。物見の任務には、いつもの兵糧では不足かと存じます。
つきましては、微力ながら、この飯をお持ちいただけないでしょうか」
千兵衛は風呂敷を開ける。
現れたのは、こんがりと焼けた、堅そうな板状の塊だった。
「これは……
干飯ではないな。
餅か?」
「雑穀と干し肉、干し魚などを混ぜて固め、二度焼いたものです」
千兵衛は説明する。
「火を起こさずとも、そのまま噛んで食べられます。
噛みしめるほどに滋味が出ますゆえ、少量でも腹持ちがよく、力をつけられます」
堀田は堅パンの一つを手に取った。
見た目以上に硬い。指で押してもびくともしない。
「これを……
噛むのか?」
堀田は眉をひそめる。
歯が折れそうだ。
「少々硬うございますが、ゆっくり噛みしめていただければ」
千兵衛は真剣な目で見つめた。
「腹を満たすだけでなく、兵士たちの力となり、この任務を支えるものと信じ、工夫いたしました。」
千兵衛は、完成した戦陣行動食を堀田小隊長に差し出し、まっすぐ前を見据えて言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。これぞ、いくさ飯。」
堀田は千兵衛の真剣な顔つきと、その言葉に込められた信念を感じ取った。
そして、手に持った堅パンを見つめる。
確かに、他にこれに代わるような携帯食の備えはない。
「……
分かった」
堀田は意を決したように頷いた。
「千兵衛、お前の飯、連れて行ってやろう。
これで、我が先駆け衆の腹と命がどうなるか……」
堀田は全ての堅パンを受け取った。
出立の時が来た。
先駆け衆は武器を手に、千兵衛の型破りな兵糧を懐に忍ばせ、敵領深くへと足を踏み出した。
見た目はただの硬い焼き物。
だが、そこには千兵衛の知恵と、兵士たちの無事を願う心がぎゅっと詰まっている。
この「いくさ飯」は、はたして彼らの任務を、そして命運を、どう左右するのだろうか。
戦国の広い野へ、一つの小さな型破りな行動食が旅立っていった。
【今回のいくさ飯】
『噛み締めろ! 雑穀と干し肉の戦陣堅パン』
米や雑穀を硬めに炊き、細かく砕いた干し肉や干し魚、炒り豆などを混ぜ込み、薄く延ばして二度焼きして硬くしたもの。
火を起こさずそのまま噛んで食べる。
携帯性に優れ、噛むほどに滋味とエネルギーが得られる。
(現代の行動食バーやグラノーラバーの戦国版。男飯:歯ごたえ)
物見や斥候の報告が飛び交い、地図を広げた武将たちの厳しい声があちこちで響く。
来るべき戦の規模を思えば、一つたりとも手抜かりは許されない。
そんな中、陣営の一角で、一隊の兵が集められていた。
百名ほどの小規模な部隊だが、その顔ぶれは精鋭揃いだ。
彼らはこれから、敵領深くへと潜入し、重要な情報を持ち帰るという危険な任務に就く。
偵察部隊、通称「先駆け衆」である。
先駆け衆を率いるのは、経験豊富な小隊長、堀田(ほった)だ。
堀田は兵士たちの顔を見回し、その士気を確かめていた。
任務の困難さは兵士たちも理解している。
だが、彼らが抱える不安は、敵の兵力や地形のことだけではなかった。
「小隊長殿、兵糧でございますが……」副官が申し訳なさそうに進み出る。
「支給の干飯と塩では、やはり……」
堀田は無言で頷いた。
分かっている。
数日間の隠密行動。
道中で火を起こして湯を沸かすなど、もってのほかだ。
湯漬けにして食べる干飯は、行動食としては重く、水も大量に必要とする。
それに、あの味気なさでは、連日の緊張と疲労の中、腹に収めるのも一苦労だろう。
腹は減るが、食欲が湧かない。
これほど士気を削ぐものはない。
「腹が減っては、満足に動けん。
だが、立ち止まって火を炊くわけにもいかぬ……」
堀田は腕を組み、頭を抱えた。
先駆け衆には、迅速な移動と持続する力が必要だった。
これまでの兵糧では、とてもその要求を満たせない。
この話が、兵糧奉行の補佐である千兵衛の耳にも入った。
彼はすぐに、これが単なる「美味しい飯」の問題ではないことを理解した。
これは、特定の任務、それも極めて重要で危険な任務のために特化された「機能する食料」が求められているのだ。
千兵衛は考え始めた。
火を使わずに食べられる。
軽い。
小さいのに腹持ちが良い。
そして、何よりも、厳しい状況下でも「力」になる。
脳裏に浮かんだのは、噛むほどに滋味が出る、硬い保存食のイメージだった。
「堅パン……
だが、ただ硬いだけでは駄目だ。
栄養があり、力が湧く。
そして、ほんの少しでも、兵士たちが『また次の一口を』と思えるような…」
千兵衛は早速、手持ちの材料を調べ始めた。
米だけでは、すぐ消化されてしまう。
栄養価の高い雑穀(粟、稗、麦など)を混ぜよう。
そして、力をつけるためにはタンパク質も必要だ。
備蓄の干し肉や干し魚を細かく砕いたものを使おう。
これらを混ぜ込み、硬く焼き上げるのだ。
まず、数種類の雑穀を、通常より少なめの水でコトコトと炊き上げる。
少し硬めに炊くことで、後の乾燥と焼きに耐えられるようにする。
炊きあがった雑穀は、つぶつぶとした感触と、それぞれ異なる香りを放っている。
次に、じっくりと乾燥させた干し肉を、石臼で丹念にゴリゴリとすり潰す。
完全に粉末にするのではなく、細かく繊維が残る程度にするのが肝だ。
こうすることで、噛んだ時に肉の旨味がじゅわっと滲み出る。
干し魚も同様に砕く。
炊いた雑穀に、砕いた干し肉、干し魚、そして炒った大豆や胡麻などを加える。
塩で味を調え、全体が均一になるまでねりねりと混ぜ合わせる。
生地はむっちりとして、手に吸い付くような感触だ。
これを、薄く、一定の厚さに伸ばしていく。
形は四角や長方形が良いだろう。
懐に入れやすく、割って分けやすい。
伸ばした生地を短冊状に切り分け、日当たりの良い場所でまず乾燥させる。
天日でからからになるまで乾かすのだ。
十分に乾燥したら、次は焼きだ。
炭火を起こし、網に乗せてじっくりと焼く。
表面にこんがりと焼き色がつくまで。
一度冷まし、さらに二度目の焼きを行う。
二度焼くことで、中の水分が完全に飛び、カチカチに硬くなる。
これが「堅パン」たる所以だ。
焼きあがった堅パンは、見た目は素朴だが、手に取るとずしりと重い。
そして、噛みしめなければ分からない、奥深い香ばしさが漂っている。
千兵衛は、出来上がった堅パンを風呂敷に包み、堀田小隊長のもとへ向かった。
「これは?」
堀田は千兵衛の手にある包みを見て首を傾げる。
千兵衛は、兵糧奉行補佐の中でも、変わったことをしていると噂には聞いているが。
「堀田小隊長殿。物見の任務には、いつもの兵糧では不足かと存じます。
つきましては、微力ながら、この飯をお持ちいただけないでしょうか」
千兵衛は風呂敷を開ける。
現れたのは、こんがりと焼けた、堅そうな板状の塊だった。
「これは……
干飯ではないな。
餅か?」
「雑穀と干し肉、干し魚などを混ぜて固め、二度焼いたものです」
千兵衛は説明する。
「火を起こさずとも、そのまま噛んで食べられます。
噛みしめるほどに滋味が出ますゆえ、少量でも腹持ちがよく、力をつけられます」
堀田は堅パンの一つを手に取った。
見た目以上に硬い。指で押してもびくともしない。
「これを……
噛むのか?」
堀田は眉をひそめる。
歯が折れそうだ。
「少々硬うございますが、ゆっくり噛みしめていただければ」
千兵衛は真剣な目で見つめた。
「腹を満たすだけでなく、兵士たちの力となり、この任務を支えるものと信じ、工夫いたしました。」
千兵衛は、完成した戦陣行動食を堀田小隊長に差し出し、まっすぐ前を見据えて言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。これぞ、いくさ飯。」
堀田は千兵衛の真剣な顔つきと、その言葉に込められた信念を感じ取った。
そして、手に持った堅パンを見つめる。
確かに、他にこれに代わるような携帯食の備えはない。
「……
分かった」
堀田は意を決したように頷いた。
「千兵衛、お前の飯、連れて行ってやろう。
これで、我が先駆け衆の腹と命がどうなるか……」
堀田は全ての堅パンを受け取った。
出立の時が来た。
先駆け衆は武器を手に、千兵衛の型破りな兵糧を懐に忍ばせ、敵領深くへと足を踏み出した。
見た目はただの硬い焼き物。
だが、そこには千兵衛の知恵と、兵士たちの無事を願う心がぎゅっと詰まっている。
この「いくさ飯」は、はたして彼らの任務を、そして命運を、どう左右するのだろうか。
戦国の広い野へ、一つの小さな型破りな行動食が旅立っていった。
【今回のいくさ飯】
『噛み締めろ! 雑穀と干し肉の戦陣堅パン』
米や雑穀を硬めに炊き、細かく砕いた干し肉や干し魚、炒り豆などを混ぜ込み、薄く延ばして二度焼きして硬くしたもの。
火を起こさずそのまま噛んで食べる。
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