【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第一部:陣中の異才、食への序曲

第四話:帰還兵が語る、命の味

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 数日後、陣営に微かなざわめきが走った。

 先の危険な偵察任務に出ていた先駆け衆が、予定よりも早く帰還したという報せが届いたのだ。

 無事に戻った喜びと共に、皆の間に緊張が走る。
いったい、どのような情報を持ち帰ったのか。

 先駆け衆が陣営に姿を現した時、彼らの姿に周囲の兵士たちは息を呑んだ。

 鎧は汚れ、顔には疲労の色が深く刻まれている。
中には軽傷を負った者もいる。

 しかし、彼らの足取りは確としており、目には任務を完遂したという強い光が宿っていた。

 あの過酷な任務から生還した者たちの、独特の気迫だ。

 小隊長である堀田は、すぐに上役のもとへ向かい、報告を行った。

 緊張した面持ちで、敵の布陣、街道の状況、そして予想される兵力など、持ち帰った情報を詳細に伝える。

 報告が進むにつれて、上役たちの顔色が変わっていく。

 持ち帰られた情報は、来るべき決戦の行方を左右するほど重要なものだった。

 報告が一通り終わった後、上役の一人が、兵糧について尋ねた。

「貴殿らは数日、碌な補給もない中で動いたと聞く。
飢えに苦しんだのではあるまいな?」

 堀田はそこで初めて、少し表情を和らげた。
そして、おもむろに懐から何かを取り出した。

 それは、千兵衛が持たせた「戦陣堅パン」の残りだった。

「それがし共、この任務に際し、兵糧奉行補佐の伊吹千兵衛殿より、型破りな兵糧を預かりましてございます」

 堀田はそう言って、堅パンを見せた。
その硬そうな見た目に、上役たちは眉をひそめる。

「なんだ、それは?
 硬いだけの焼き物ではないか」

「はっ。
ですが、これが道中、驚くべき力を発揮いたしました」

 堀田は語った。

 連日の行軍、夜を徹しての斥候。
立ち止まって火を起こす余裕などなかった時、この堅パンがどれほど役に立ったかを。

 噛みしめるたびにじわりと滲み出る滋味と塩気、そして確かな腹持ち。

 少ない量でもエネルギーが持続し、行動力を維持できたこと。
水筒の水も、湯漬けにするよりずっと少なくて済んだこと。

 そして何より、極限の疲労の中で、この堅パンを噛むという行為が、不思議と心を落ち着かせ、もう一歩、もう一歩と足を進める力になったことを。

 先駆け衆の兵士たちも、その証言に頷いた。

「そうでございます! 
あの堅パンがなければ、とてもやり遂げられませんでした!」

「腹が減って力が出ない、ということはありませんでした!」

 堀田は最後に付け加えた。
「千兵衛殿の兵糧が、我が隊の任務遂行を支えたと言っても過言ではございません」

 この報告は、すぐに陣営中に広まった。

 千兵衛の作った「型破りな」兵糧が、実際に危険な任務で効果を発揮した。
それは単なる物好きの道楽ではなく、戦場で「使える」技術なのだと。

 千兵衛の評判は、下級兵士の間だけでなく、兵糧奉行や一部の上役たちの間でも、確かな評価へと変わっていった。

 千兵衛自身も、この報告を聞いて胸を熱くしていた。

 自分の作ったものが、実際に兵士たちの命を支え、任務の成功に貢献した。
これほど嬉しいことはない。

 帰還した先駆け衆の兵士たちを間近で見た千兵衛は、彼らの消耗しきった様子に心を痛めた。

 数日間の緊張、不眠、そして硬い堅パンばかりの食事。

 彼らが今必要としているのは、腹を満たすだけでなく、疲れを癒やし、体を内側から立て直すような、温かく滋養のある食事だろう。

 千兵衛はすぐに厨房へ向かった。

 備蓄の豆、そして陣営の周囲で手に入る滋養のある野草。
これらを組み合わせて、何か温かく優しいものを作ろう。

 大きな鍋に水を張り、備蓄の豆を入れ火にかける。
豆が柔らかくなるまでコトコトと時間をかけて煮込む。

 その間に、茂平や助作に手伝ってもらい、数種類の野草を丁寧に洗い、刻む。
野草の中には、栄養価が高く、疲労回復に良いと言われるものを選んだ。

 豆が十分に柔らかくなったら、刻んだ野草を加え、さらにぐつぐつと煮込む。
野草のアクを取り、素材の味を最大限に引き出すように。

 味付けはシンプルに味噌と塩で。
具材から出る出汁が、味噌の風味と合わさり、ふわりと温かい湯気と共に食欲をそそる香りが立ち上る。

 煮込みが完成した。

 見た目は地味な味噌煮込みだが、そこには豆のほくほくとした食感、野草のほのかな苦味と香り、そして素材から溶け出した滋養がじっくりと詰まっている。

 千兵衛は、出来上がった温かい煮込み料理を、帰還した先駆け衆の兵士たちに振る舞いに行った。

 湯気と共に立ち上る優しい香りに、兵士たちは思わず顔を上げた。

 数日間、冷たい堅パンを噛み続けていた彼らにとって、この温かい香りは何よりのご馳走だった。

 椀によそわれた煮込みを受け取り、兵士たちははぁ~と息を吐きながら、静かに食べ始めた。

 一口、また一口と食べるうちに、彼らの顔色が変わっていく。
硬い堅パンとは全く違う、柔らかく、温かい、そして深い滋味。

 冷え切った体がじんわりと温まり、凝り固まっていた肩の力がほっと抜けるのを感じた。

 千兵衛は、そんな兵士たちの様子を見て、温かい煮込み料理を手に、確かな手応えを感じて言った。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 兵士たちは黙って煮込みをすすり続けた。

 中には、目元を拭う者もいる。
それは味への感動か、安堵か、あるいは数日間の極限状態から解放された涙か。

 いずれにせよ、この食事が彼らの心と体に深く染み渡ったことは確かだった。

 堀田小隊長が千兵衛のもとに歩み寄り、深々と頭を下げた。

 「伊吹殿、感謝いたします。
お前の飯が、我が隊の命を救うた」

 千兵衛は恐縮しながらも、その言葉に胸が熱くなった。

 自分の仕事が、確かに兵士たちの命と繋がっている。
その実感が、彼の使命感をより一層強いものにした。

 先駆け衆の帰還は、来るべき決戦に向けた重要な一歩だった。

 彼らが持ち帰った情報は、戦局を有利に進めるための貴重なものとなるだろう。

 そして、その任務遂行を支えたのは、千兵衛が作る型破りな「いくさ飯」だったのだ。

 飢餓という見えざる敵は、着実に陣営に迫っている。

 しかし、千兵衛は知っている。
どんな困難な状況でも、工夫次第で、兵士たちを支える糧は作り出せる。

 今回の成功は、来るべき大戦という、さらに大きな飢餓との戦いに向けた、ささやかな、しかし確かな希望となった。

【今回のいくさ飯】
『染み渡る滋味。 野草と豆のあったか味噌煮込み』

 備蓄の豆(大豆、小豆など)と、陣営周辺で手に入る滋養のある野草(タンポポの根、ハコベなど)を、味噌と塩でじっくり煮込んだもの。
消化が良く、温かく、疲労回復に役立つ。
(キャンプ飯:具沢山スープ、ポトフ風。子供も食べやすい優しい味)
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