【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第二部:飢餓との戦い、いくさ飯進化

第十一話:一掬(いっきく)の満腹、とろろ増量粥

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 大戦の開戦日が布告され、陣営の空気は張り詰めていた。

 兵士たちの顔には覚悟の色が宿る一方、兵糧危機の深刻さが明らかになったことで、その目は不安にも揺れている。

 腹が減っては戦はできぬ。
それは誰もが知っていることだった。

 そして、その不安が現実のものとなった日。

 朝餉の配給所には、いつもより長い列ができていた。
兵士たちは皆、固唾を呑んで自分の番を待っている。

 配給係の役人が、いつも使っている升(ます)よりも小さな升で、干飯を椀によそっていく。

 ざらりと椀に落ちる干飯の量は、明らかに少ない。
いつもの七割、いや、もしかしたら半分ほどではないか。

「おい、間違ってねえか!
量が少なくねえか!?」

 堪らず声を上げた兵士に、配給係は疲れた顔で首を振る。

「これが本日からのおおせだ。
皆、同じ量だ……
飢えをしのげ」

 兵士たちの間に、どよめきが走った。
そして、それはすぐに重苦しい沈黙に変わる。

 これが、現実。
これから始まる戦を、この僅かな食料で戦えというのか。

 皆、配給された少ない干飯を椀に入れ、湯を注ぐ。
湯漬けにしても、椀の底にちょっぴりとしか飯がない。

 兵士たちは、それをもそもそと口に運び、すぐに食べ終えてしまう。

 しかし、腹は全く満たされない。
胃の腑がきゅうと締め付けられるような空腹感だけが残る。

「これじゃ、体がもたねえ……」

「稽古どころか、立つのがやっとだ」

 落胆と諦めが混じり合った声が、あちこちから聞こえてくる。
腹を満たせないという事実は、兵士たちの士気を根元から削いでいった。

 千兵衛は、兵糧奉行預かりとして、この新しい配給基準を当然知っていた。
そして、それが兵士たちに与えるであろう影響も理解していた。

 物理的な量が減らされることは、単にカロリーが減るだけでなく、兵士たちの心に「自分たちは飢えている」「見捨てられている」という感覚を植え付けることになる。

「量が少なくても、腹を満たしたと感じられるように……」

 千兵衛は、兵糧奉行の仕事の合間を縫って、この問題の解決策を考え始めた。

 絶対量が少ないのは覆せない。
ならば、嵩増しするしかない。

 米や雑穀以外の、手に入りやすく、腹持ちが良く、少量で満足感が得られるもの。

 そこで彼の頭に浮かんだのは、陣営の周囲の山野に自生している芋類だった。

 特に自然薯(じねんじょ)のような粘りの強い芋は、すりおろせば量がとろりと増え、消化も良く、滋養もある。

 千兵衛は、茂平や助作に頼み、わずかに備蓄されていた乾燥芋や、陣地周辺で掘り出せる芋類を集めてもらった。

 乾燥芋は水で戻し、柔らかく煮る。
生で手に入った芋は、丁寧に皮をむき、すり鉢ですりおろす。

 すりおろす音が響き、芋はねばねばとしたとろりとした状態になる。
土のような、素朴な香りがふわりと漂う。

 次に、新しい配給基準で与えられた、兵士一人分の干飯(ごくわずかだ)を椀に入れる。

 そこに熱湯を注ぎ、いつものように湯漬けに戻す。
そして、そこにすりおろした芋、あるいは煮て潰した芋をたっぷりと加える。

 木べらで混ぜ合わせる。
芋が湯漬けと絡み合い、椀の中身がみるみるうちにとろとろとして、量が嵩増しされていく。

 まるで、いつもの湯漬けの倍くらいの量があるように見える。

 コトコトと、少し火にかけて温める。
芋と米が馴染み、椀の中は、見た目にも温かく、とろりとした、量感のある粥になった。

 千兵衛は、出来上がった「とろろ増量粥」を、昼餉(ひるげ)の配給所で、試しに数名の兵士に手渡してみた。

 皆、最初はその量の少なさ(米の量)に落胆した顔をしていたが、椀の中身がとろとろとして量が増えているのを見て、不思議そうな顔をした。

「これは、何でございましょう?」

「いつもの飯に、少し工夫を凝らしてみました」千兵衛は答えた。

 そして、粥を差し出し、その料理に込めた信念を静かに語った。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 兵士たちは、戸惑いながらも粥を受け取り、はぁはぁと息を吹きかけて冷ましながら、一口すする。

 つるりと喉を通る滑らかな感触。
胃にじんわりと染み渡る温かさ。
そして、口の中に広がる、芋と米の優しい甘みと滋味。

 いつもの湯漬けのようにぼそぼそとはしない。
そして何より、飲み込むたびに、確かな満腹感が胃の腑に広がっていくのを感じる。

「おお……」

「腹に、来る……!」

 兵士たちの顔に、驚きと、そして安堵の色が浮かんだ。
見た目は地味だが、この粥は、確かに彼らの腹を満たした。

 量が少ないことへの不安が、このとろとろとした温かい粥によって、少しだけ和らいだのだ。

「これならば……
これならば、飢えをしのげるかもしれぬ……」

 ある兵士が呟いた言葉に、周囲の兵士たちも頷いた。

 「すごいな、千兵衛殿は」

 「あの少ない飯が、こんなに……」

 千兵衛の「とろろ増量粥」は、即座に兵士たちの間で評判となった。

 兵糧奉行の役人たちも、その効果を見て驚き、すぐに全軍への導入を検討し始めた。

 もちろん、全ての兵士に行き渡るほどの芋があるわけではないが、可能な限り多くの兵士にこの粥を提供できるよう、手配が進められた。

 量は少ない。飢餓の危機が去ったわけではない。

 だが、千兵衛は、創意工夫によって、少ない量でも兵士たちの腹と心を支える方法を見つけた。

 第二部、飢餓との本格的な戦いが始まった。千兵衛の「いくさ飯」は、これからさらに進化していく。飢餓という敵は様々な顔を持つ。量だけでなく、栄養、そして心も蝕む。千兵衛の戦いは続く。

【今回のいくさ飯】
『山の恵み! 自然薯と雑穀の腹持ちとろろ粥』

 配給された少量の米や雑穀を炊いた粥に、すりおろした自然薯や、煮て潰した芋類をたっぷり加えたもの。芋の粘り気で量が嵩増しされ、見た目にも満腹感が得られる。消化が良く、滋養もある。少ない糧でも腹持ちが良く、飢餓感を和らげる。(現代の滋養粥、介護食、とろろご飯のアレンジ。子供も食べやすい滑らかさ)
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