【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第二部:飢餓との戦い、いくさ飯進化

第十二話:斥候帰還、命を繋ぐ高野豆腐

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 大戦の足音は日増しに大きくなっていた。

 開戦日に向けて軍は慌ただしく動いているが、食糧配給量の削減は兵士たちの心に重くのしかかっていた。

 
 わずかな干飯や、とろろで嵩増しされた粥でその場を凌ぐ日々。
飢餓という敵は、すぐそこまで迫っていた。

 そんな中、さらに過酷な任務から帰還した部隊があった。
数週間、敵領深くで情報収集を行っていた斥候部隊だ。

 彼らは先の先駆け衆とは比べ物にならないほど、消耗しきっていた。
長距離の移動、常に敵に怯える緊張、そして満足な食事も取れない極限状態。

 陣営に戻ってきた彼らの姿を見た兵士たちは、思わず息を呑んだ。

 顔はげっそりと痩せこけ、目は窪んでいる。鎧は傷つき、足取りは覚束ない。
中には担架で運ばれてくる者もいた。

 彼らがどれほど凄絶な任務を遂行してきたのか、その姿が物語っていた。

 千兵衛も、帰還した斥候部隊を見た。

 その痩せ細った姿、力の失われた瞳。腹を膨らませるだけの食事では、到底回復できない状態だ。

 彼らが今必要としているのは、失われた体力を取り戻し、弱った内臓に負担をかけず、そして何よりも、生き抜いた彼らの心に染み渡るような、滋養に満ちた食事だった。

 だが、全軍の配給が削減されている状況で、彼らのために特別な食事を用意するのは容易ではない。

 貴重な肉や魚は、ほとんど備蓄がない。
消化の良い米も、粥にできるほど十分にはない。

 限られた食材で、どうすれば彼らを回復させられるだろうか。

 千兵衛は考えた。

 軽くて、日持ちがして、そして栄養価が高く、弱った体でも無理なく食べられるもの。

 そこで彼の頭に浮かんだのは、古くから保存食として使われてきた「凍り豆腐(高野豆腐)」だった。

 凍り豆腐は、豆腐を凍結乾燥させたものだ。
軽くて硬いが、水で戻せばふっくらと柔らかくなり、出汁をよく吸い込む。

 そして、植物性ではあるが、貴重なタンパク源にもなる。
これならば、限られた食材の中でも、回復に必要な栄養を与えることができるかもしれない。

 千兵衛は、兵糧奉行の備蓄庫から、わずかにある凍り豆腐と、以前乾燥させておいた野菜(大根、人参、椎茸など)を探し出した。

 そして、骨の切れ端や、干し魚の頭など、通常は出汁を取る以外に使わないような部分を集め、簡単なだしを取った。

 まず、硬い凍り豆腐と乾燥野菜を、だし汁につける。

 最初はカチカチだった凍り豆腐が、じゅわじゅわと音を立てながらだし汁を吸い込み、見る間にぷるぷると柔らかくなっていく。

 乾燥野菜も水分を吸って、元の形に戻っていく。

 十分に水分を吸ったら、それを鍋に移し、優しい火でコトコトと煮込み始める。

 だし汁が凍り豆腐と野菜に染み込み、それぞれが持つ旨味を引き出す。
鍋からは、温かく、滋養を感じさせる香りがふわりと立ち上る。

 味付けは、備蓄の味噌か醤油を少量使うだけ。
素材本来の味と、だしの旨味を活かす。

 じっくりと時間をかけて煮込む。
凍り豆腐はふっくらと柔らかくなり、箸で簡単に切れるようになる。
乾燥野菜もくったりとして、味が染み込んでいる。

 見た目は地味な煮物だが、そこには千兵衛の回復への願いと、凍り豆腐という素材の力がぎゅっと詰まっている。

 煮込みが完成した。

 千兵衛は、出来上がった煮物を椀によそい、帰還した斥候部隊の兵士たちのもとへ運んだ。

 彼らは疲れ切って横になったり、力なく座り込んだりしている。
通常の配給では、彼らの回復は遅れてしまうだろう。

「皆様、お疲れ様でございました。
任務、ご苦労様でございます」
千兵衛は静かに声をかけた。

「微力ながら、回復のお手伝いができればと思い、これを用意いたしました」

 そして、温かい煮込みを差し出した。

 兵士たちは、その湯気と優しい香りに気づき、ゆっくりと顔を上げた。

 見慣れない料理だ。
しかし、温かく、そして何か滋養がありそうな香りがする。

 千兵衛は、料理に込めた思いを語った。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 兵士たちは、椀を受け取り、おそるおそる一口食べる。

 ふっくらと柔らかい凍り豆腐。噛む必要がないほど、つるんと口の中で崩れる。

 じゅわっと煮汁が溢れ出し、口の中に広がる。
野菜もとろとろに煮込まれて、柔らかい。

 温かい煮込みが、冷え切った内臓を優しく温めていく。

 失われた体力が、この柔らかい滋味と共に、じんわりと全身に広がっていくのを感じる。

「……うまい」

 ある兵士が、かすれた声で呟いた。

 その言葉に促されるように、他の兵士たちも無言で食べ進める。
顔に宿っていた緊張が和らぎ、安堵の表情が浮かぶ。

 食べるという行為そのものが、彼らにとって重労働ではなく、心地よい回復の時間となった。

 完食した兵士たちは、はぁ~、と長い息を吐き、ほっとした顔をしていた。

 腹が満たされただけでなく、体が軽くなり、少しだけ力が戻ったように感じる。

 斥候部隊長である堀田(先の第三話の小隊長とは別の人物)が千兵衛に近づき、その手を取り深々と頭を下げた。

 「伊吹殿、かたじけない。
この煮込みのおかげで、皆、息を吹き返したようです。
これは……ただの兵糧にあらず」

 千兵衛は恐縮しながらも、自分の料理が、極限状態から帰還した兵士たちの回復を助けられたことに、深い充実感を得ていた。

 大戦は間近に迫る。
兵士たちの状態は様々だ。

 最前線で戦う者、後方で支援する者、病を抱える者、そして今のように任務から帰還し回復を必要とする者。
彼ら一人ひとりに必要な食事は異なる。

 だが、物資が乏しい状況では、個々の必要に応じた食事を提供するのは途方もない挑戦だ。

 しかし、千兵衛は知っている。

 凍り豆腐のように、見過ごされがちな食材の中にも、特別な力を秘めたものがある。

 そして、工夫次第で、どんな状況の兵士にも、必要な「いくさ飯」を作り出せるのだと。

 来るべき戦いは、飢餓という敵との戦いであると共に、軍全体の多様な食のニーズにいかに応えるかという、千兵衛の壮大な挑戦となるだろう。

 この回復の煮込みは、その複雑な戦いに向けた、重要な一歩となった。

【今回のいくさ飯】
『雪解けの滋味。 高野豆腐と干し野菜の含め煮』

 凍結乾燥させた豆腐(高野豆腐)と乾燥野菜を、骨や干し魚から取った簡単な出汁でじっくり煮含めたもの。
軽くて保存性が高く、水で戻せば柔らかくなる。
良質なタンパク源と滋養を含み、弱った体や病み上がりの兵士の回復を助ける。
消化吸収が良い。
(現代の高野豆腐の煮物。ヘルシー食、介護食)
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