【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第二部:飢餓との戦い、いくさ飯進化

第十五話:栄養の偏りと創意

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 飢餓の危機は、兵士たちの腹を満たせないという単純な問題だけではなかった。

 配給量が削減され、食べられるものの種類が限られる日々が長く続いたことで、新たな問題が表面化し始めていた。
 
 食事は辛うじて腹に収まるものの、その内容は干飯や雑穀、豆、そしてそれらを元にした千兵衛のいくさ飯(焼きおにぎり、味噌玉、堅パン、とろろ粥、味噌煮込み、燻製大豆など)が中心だ。

 種類は増えたとはいえ、肉や魚、青菜や果物といった多様な食材は極端に不足している。

 兵士たちの中に、体調不良を訴える者が増え始めた。昼間はそうでもないのに、薄暗くなると物の形が見えにくいという者。
肌が荒れ、カサカサになる者。

 そして、以前にも増して疲れやすく、力が入らないと感じる者。
中には、歯茎から血が出るという訴えもあった。

 陣営の医者や古参の兵士たちは、それぞれの経験に基づいた薬草や手当で対処しようとするが、根本的な改善には繋がらない。

 病というほどではないが、軍全体の活力が徐々に失われていくのを、誰もが感じていた。

 千兵衛は、兵士たちの訴えを聞き、その体調の変化を注意深く観察していた。

 それぞれの症状は異なるが、何か共通の原因があるのではないか。
彼は、兵糧奉行の書庫にある古文書や、郷里で祖母から聞いた話などを思い返した。

 特定の植物を食べると目に良い、肌が滑らかになる、体の力が湧く、といった言い伝え。

 それは、現代でいう「栄養」の概念がなくとも、経験的に知られていた知恵の断片だ。

(きっと、日頃の食事に「足りぬもの」があるのだ……)

 千兵衛は直感した。

 飢えをしのぐことはできても、特定の「力」を持つ何かが足りていないのだ。

 それは、普段食べている干飯や豆、根菜などにはあまり含まれていないものだろう。

 彼は、その「足りぬもの」を含む可能性がある食材を、陣営周辺や備蓄品の中から探し始めた。
それは、他の兵士や役人たちが見向きもしないようなものかもしれない。

 千兵衛が目を付けたのは、再び「野草」、そして、遠方からの輸送ルートが細る前に、わずかに流れ着いていた乾物の中にあった「海藻」だった。

 野草の中には、苦みがあったり、そのままでは食べにくかったりするが、特定の薬効や滋養があると言われるものが数多くある。

 海藻は、海の近くでなければ手に入らない珍しいものだが、千兵衛は以前、備蓄品の点検で、籠の隅に追いやられていた乾物の海藻をいくつか見つけていたのだ。

 これらは、日頃の料理に使われることはまずない。
しかし、ひょっとすると、兵士たちに足りない「力」を持っているかもしれない。

 千兵衛は、集めた野草と海藻を使って、新しい料理を作ることにした。

 栄養を損なわないよう、長時間煮込むよりは、さっと調理できるものが良いだろう。

 和え物だ。

 野草は丁寧に洗い、沸騰した湯にさっとくぐらせる。
すぐに冷水に取り、水気をぎゅっと絞る。

 こうすることで、苦みが和らぎ、しゃきっととした食感を保ちながら、栄養素が失われるのを最小限に抑えられる。

 海藻は水につけると、みるみるうちに膨らみ、ぬるぬるとした独特の感触になる。
これも水気を切って、野草と同じくらいの長さに切る。

 味付けは、極力シンプルに。
備蓄の塩と、以前炒って粉にした胡麻をぱらぱらと加える。

 野草と海藻に胡麻と塩を加え、丁寧に混ぜ合わせる。
緑や茶色、黒といった様々な色が混じり合い、見た目にも彩りがある。

 完成したのは、さっぱりとした見た目の和え物だった。

 湯気は立たないが、野草の爽やかな香り、そして海藻からは微かな磯の香りがふわりと漂う。

 いつもの煮込みや焼き物とは全く違う、新鮮な香りだ。

 千兵衛は、出来上がった野草と海藻の和え物を、特に肌荒れや目の不調を訴えている兵士たちのもとへ持っていった。

 彼らは、見慣れない、まるで雑草のような料理に、怪訝な顔をする。

 「これは……
草か?」

 「ええ。
これは、皆様に足りていないかもしれない、特別な力を持つ糧です」

 千兵衛は言った。

「少しですが、召し上がってみてください」

 そして、和え物を差し出し、その料理に込めた信念を語った。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 兵士たちは、戸惑いながらも椀を受け取り、おそるおそる一口食べてみる。

 しゃきっととした野草の歯ごたえ、ぬるぬるとした海藻の食感、そしてぷちぷちとした胡麻のつぶつぶ。

 口の中に広がるのは、野草のほのかな苦み、海藻の塩気と磯の香り、そして胡麻の香ばしさ。

 いつもの味付けとは全く違う、さっぱりとした、どこか不思議な味だ。

 美味しい、というのとは少し違うかもしれない。
だが、体が何かを求めているような、新鮮な感覚があった。

 彼らは無言で和え物を食べ進める。

 中には、少し顔をしかめる者もいたが、皆完食した。

 数日後、千兵衛は和え物を食べた兵士たちの様子を見て回った。

 ある兵士は、夜の闇の中で以前より物が見えやすくなった気がすると言った。
別の兵士は、肌のカサカサが少し落ち着いたかもしれないと話した。

 まだ明確な効果とは言えないかもしれないが、千兵衛には確かな手応えがあった。

 あの野草と海藻には、兵士たちに足りない
「何か」があったのだ。

 飢餓の危機は、腹を満たすだけでなく、兵士たちの体の内側からも蝕もうとしている。

 必要な栄養が偏ることで、病というほどではないが、戦うための活力が奪われていく。

 千兵衛の戦いは、量との戦い、寒さとの戦いに加え、見えない栄養素との戦いへと広がった。

 しかし、千兵衛は知っている。

 野草や海藻といった、普段は軽んじられるような食材の中にこそ、兵士たちに足りない「力」が隠されていることを。

 彼の「いくさ飯」は、飢餓の多面的な攻撃に対して、常に新しい創意工夫で応えていく。

 来るべき大戦で、この栄養不足という新たな敵に、千兵衛はどこまで立ち向かえるのだろうか。

 その挑戦は続く。

【今回のいくさ飯】
『不足を補う! 海藻やビタミン豊富な野草の和え物』

 栄養価が高いとされる野草(種類を選ぶ)や、備蓄の乾燥海藻を使い、軽く湯通ししたり水で戻したりして、塩や炒り胡麻でシンプルに和えたもの。
長時間煮込まず調理することで、失われやすい栄養素(ミネラルや一部のビタミン類)をできるだけ保持する。
多様な食材が不足する中で、特定の栄養素を補い、食事に変化を与える。
(現代の野草サラダ、海藻サラダ。ヘルシー志向、サプリメントの代わり)
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