【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第二部:飢餓との戦い、いくさ飯進化

第十七話:水の質、食の質

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 大戦が迫る陣営は、数万の兵士が集まる巨大な人々の塊と化していた。

 それは規律正しい軍隊であると同時に、衛生という面では極めて脆弱な集落でもあった。

 限られた数の便所、適切に処理されない排泄物やゴミ。
そして、何よりも問題なのは「水」だ。

 陣営が利用できる水源は限られている。
近くを流れる川は、上流では洗濯や炊事、下流では排泄物の処理に使われているかもしれない。

 井戸があれば良いが、多くの兵士が利用することで水質が悪化する可能性がある。
湧き水があったとしても、大軍の需要を満たすには量が足りない。

 兵士たちは、見た目は澄んでいても、病原菌が潜んでいるかもしれない水を、飲用や炊事のために使わざるを得なかった。

 その結果は、恐れていた通りだった。

 陣営内で、激しい下痢や嘔吐、高熱を伴う病が急速に広まり始めたのだ。
それは飢えによる衰弱とは異なる、急性の苦しみだった。

 兵士たちは次々に倒れ、感染はあっという間に広がっていく。
先の第16話で、傷病兵のための陣幕が設けられたが、今やそこは病人であふれかえり、収容しきれなくなっていた。

「腹が、腹が痛い……!」

「吐き気が止まらねえ……」

 苦悶の声が陣営のあちこちから上がる。

 飢餓や寒さ、疲労といった既存の敵に加え、目に見えない、しかし猛烈な勢いで兵士の命を奪っていく疫病という新たな敵が現れたのだ。

 このままでは、戦う前に軍が壊滅してしまうかもしれない。

 千兵衛も、この疫病の発生に危機感を募らせていた。

 兵糧奉行の役人として、彼は食料だけでなく、水もまた兵士の命綱であることを知っている。

 そして、不潔な水が病の元となることも、経験や伝聞から知っていた。
やみくもに薬草を与えるだけでは駄目だ。根本的な対策が必要だ。

 最も清浄な水源は限られている。ならば、水を安全にするしかない。
そして、その水で作る食べ物もまた、安全でなければならない。

 千兵衛の頭の中で、ある調理法が思い浮かんだ。

 それは、水を沸騰させ、その蒸気で食材を加熱する方法だ。
煮るよりも効率的に、そして安全に加熱できる。

「蒸し料理ならば……」

 千兵衛は、衛生的に安全な食べ物として、雑穀粉を使った団子を蒸すことを考えた。

 団子ならば、腹持ちも良く、材料も手に入りやすい。
そして何よりも、蒸すという過程で、病原菌を死滅させることができる。

 千兵衛は、手持ちの雑穀粉と米粉を混ぜ合わせる。

 生地をこねる水は、可能な限り安全な水源から汲んだものか、あるいは一度煮沸して冷ましたものを使う。

 粉に水を加え、ねりねりと、滑らかになるまで丁寧にこねる。
生地はもちもちとして、手に心地よい感触だ。

 こねた生地を小さくちぎり取り、手のひらでぺたぺたと形を整え、ころころと一口サイズの団子に丸めていく。

 一つ一つ、病に苦しむ兵士たちの顔を思い浮かべながら、丁寧に作業を進める。

 次に、蒸し器の準備だ。
大きな鍋に水をたっぷり張り、火にかける。

 鍋の上には、蒸し用の籠や、穴の開いた板などを設置する。
水がぐつぐつと激しく沸騰し、大量の湯気が立ち上るように火を調整する。

 この沸騰こそが、水を安全にする鍵だ。

 沸騰した湯の上に、丸めた団子を並べた籠を乗せる。
蓋をすると、籠全体が熱い湯気で満たされる。

 もくもくと湯気が立ち上り、団子を優しく、しかし確実に加熱していく。
ほわほわと団子に蒸気が当たる音が聞こえるようだ。

 じっくりと時間をかけて蒸すことで、団子の中心までしっかりと火が通る。
生地の色が少し変わり、つやつやとしてくる。

 湯気からは、余分な雑味のない、穀物本来の清らかな香りがふわりと漂う。

 蒸しあがった団子は、見た目にもふっくらとして、柔らかそうだ。
触ってみると、もちもちとした弾力がある。

 そして、何よりも、病原菌の心配がない、安全な食べ物だという安心感がある。

 千兵衛は、出来上がった蒸し団子を、病状が比較的軽い兵士たちや、食べるのを怖がっている兵士たちに振る舞いに行った。

 皆、食欲がないのか、あるいは食べることでさらに病が悪化するのではないかと恐れているのか、うつむきがちだ。

 「これ、どうぞ」
千兵衛は声をかけた。

 「これは、湯気で蒸したものです。
安全に、そして美味しく食べられます」

 そして、温かい蒸し団子を差し出した。

 兵士たちは、その湯気と、地味ながらも清潔感のある見た目に、少しだけ興味を示す。

 千兵衛は、団子を手に、この料理に込めた思いを語った。
病という見えない敵と戦うための、「いくさ飯」だということを。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 兵士たちは、戸惑いながらも団子を受け取り、口に運んでみる。

 もっちりとした弾力のある食感。
つるんとした舌触り。
噛むほどに広がる、穀物本来の優しい甘み。

 そして、何よりも、温かい。

 無理なく食べられる柔らかさと、胃に負担をかけない消化の良さ。
そして、これは安全な水と炎の力で作られたのだ、という安心感。

 彼らの顔に、安堵の色が広がった。
久しぶりに、安心して食べられるものを口にできた喜びだ。

 何人かは、団子をぱくりぱくりとあっという間に食べ終え、もう一つ、と手を伸ばした。

 この蒸し団子は、単に腹を満たすだけでなく、兵士たちの心に「安全な食べ物がある」という希望の光を灯した。

 衛生的な調理法が、疫病という新たな敵と戦う有効な手段であることを示したのだ。

 兵糧奉行の役人たちも、蒸し料理の有効性を認め、可能な限り蒸し器を増設し、兵士たちに安全な食事を提供できるよう手配を始めた。

 千兵衛は、この衛生管理の指導にも当たるようになる。

 飢餓、寒さ、栄養不足に加え、疫病という目に見えない敵が、容赦なく兵士たちを襲う。
戦いは、ますます多岐にわたる様相を呈してきた。

 安全な水の確保は依然として困難であり、大量の蒸し料理を作るには、膨大な燃料が必要となる。

 しかし、千兵衛は、蒸し料理という方法で、この困難に立ち向かう糸口を見つけた。

 この温かい蒸し団子が、来るべき大戦で、どれほど多くの兵士を病の脅威から救うことになるのか。

 千兵衛の「食」を通じた戦いは、新たな段階へと進む。

【今回のいくさ飯】
『安全な水で作る、安心の蒸し雑穀団子』

 米粉や雑穀粉を、可能な限り安全な水(煮沸など)で練り、丸めて、沸騰した湯気で蒸したもの。
蒸すという調理法により、水や食材に含まれる病原菌を死滅させ、安全で消化の良い食品となる。
疫病が流行する陣中で、安心して食べられる貴重な一品。
独特のもちもちとした食感。
(現代の蒸しパン、白玉団子、すいとん蒸しアレンジ。子供も喜びそう)
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