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第二部:飢餓との戦い、いくさ飯進化
第十九話:上層部の評価と責任拡大
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兵糧奉行預かりとなった伊吹千兵衛の働きは、着実に軍全体の食糧事情に影響を与え始めていた。
斥候隊を率いた堀田小隊長は、千兵衛が作った戦陣堅パンのおかげで任務を完遂できたと、その報告書に明記した。
傷病兵のための陣幕からは、千兵衛の柔らかい豆腐粥を口にした兵士たちの回復が早いという声が届いた。
配給量が減らされる中で、とろろ増量粥は兵士たちの空腹感を和らげ、万能ふりかけは味気ない干飯を蘇らせ、無駄を減らした。
そして、甘辛い焼き団子は、疲弊した兵士たちの心に、かけがえのない安らぎと希望をもたらした。
これらの具体的な成果は、兵糧奉行・黒田幻斎のもとにも集約されていた。
幻斎は、千兵衛の型破りな発想と、それを形にする手腕を高く評価していた。
単なる物好きや職人ではなく、戦場の現実と兵士たちの状態を深く理解し、食の力でそれを改善できる稀有な存在だと。
ある日、千兵衛は幻斎に呼び出された。
しかし、その場には幻斎だけでなく、武藤家の軍を指揮する主要な武将の一人、軍目付代(ぐんめつけだい)の山内(やまうち)という男も同席していた。
山内は、厳格で、無駄を排し効率を重んじる、幻斎とも気脈を通じる人物だ。
千兵衛は、その場の張り詰めた空気に、ただならぬものを感じた。
「伊吹千兵衛。
面を上げよ」
山内は低い、重い声で言った。
千兵衛は言われた通りにした。
山内は、千兵衛の顔をじろじろと値踏めするように見る。
武士らしい精悍さはないが、その目は澄んでおり、誠実さがにじみ出ている。
「黒田が、お前の働きについて報告してきた。
飢餓、寒さ、病、そして兵士の心。
食の力でそれらに向き合っていると」
山内は言った。
「最初は、戦場に不必要な感傷かと思ったが……
上がってきた報告は、ただの感傷ではないことを示しておる」
山内は、堀田小隊長の報告書や、医者からの改善報告、そして兵士たちの士気に関する非公式な聞き取り結果などがまとめられた書状をぱらぱらと捲った。
「斥候の成功、傷病者の回復、士気の維持……
これらが、お前の作る飯に少なからず支えられているというのだな」
千兵衛は、身が引き締まる思いで答える。
「はっ。
兵士の方々の腹と心が満ちれば、必ず戦う力となりますゆえ」
幻斎が口を開いた。
「山内様。
彼奴(きゃつ)の才は、単に珍妙な料理を作るだけにあらず。限られた乏しい資材から、状況に応じた最適な糧を生み出す、実務に長けた才にございます。
来るべき大戦においては、兵糧の差配こそが最も困難を極めましょう。
彼奴にならば、この困難を乗り切る糸口が見出せるやもしれぬ」
山内は、幻斎の言葉をうんうんと頷きながら聞いた。
幻斎がここまで推すということは、千兵衛の能力が本物である証拠だ。
山内は千兵衛を再び見据え、重々しい口調で告げた。
「伊吹千兵衛。
飢餓の危機は、全軍に及んでおる。
特に、大戦の主戦場となる中央部は、数万の兵が密集し、兵糧の確保と差配は最も困難となるだろう。
貴様には、その中央部を受け持つ第二師団の兵糧全般を任せる」
千兵衛は、その言葉を聞いてはっと息を呑んだ。第二師団。
それは、武藤家が来るべき大戦で最も力を注ぐ主力師団の一つだ。
その数、一万を超える。
その兵糧全般を、自分に任せるというのか。
「第二師団、一万……」
千兵衛の脳裏に、数万の飢えた兵士たちの顔が浮かんだ。
それは、かつて飢饉で見た村人たちの顔と重なる。
規模が、あまりにも大きい。
「無論、兵糧奉行の指揮下、既存の組織も利用する。
だが、物資の確保、調理、配給、そして兵士たちの士気維持に至るまで、貴様の裁量に任せる部分が大きい」
山内は続けた。
「これは貴様への期待であると同時に、責任の重さを示す。
万が一、第二師団が飢餓で崩れれば、大戦の行方に関わる。
その責任、負えるか?」
千兵衛の背筋に冷たいものが走った。
失敗すれば、取り返しのつかないことになる。
数万の命が、自分の働きにかかっている。
その重圧は、想像を絶するものだった。
一瞬、足がすくみそうになる。
しかし、故郷の飢饉で味わった無力感、そして二度と繰り返させないという誓いが、彼の心をしゃきっとさせた。
「は、ははあッ!」
千兵衛は、声を張り上げ、深々と頭を下げた。
「この千兵衛、命に代えても、第二師団の兵士たちを飢えさせませぬ!
この身と才、全てを賭して、務めを果たして見せます!」
山内は、千兵衛の気迫に満ちた返答に、うんと一つ頷いた。
「よかろう。
黒田、後は任せた」
山内が席を立つと、幻斎が千兵衛に近づき、その肩をぽんと叩いた。
「見事な返答であった。
責任は重いが、お前ならばやれると信じている。
必要なものがあれば、申し出ろ」
千兵衛は、幻斎の温かい言葉に感謝しつつ、陣幕を後にした。
外に出ると、冬の太陽がきらきらと眩しい。
だが、その光を浴びても、肩にのしかかる重圧は消えなかった。
一万を超える兵士たちの命の糧を、自分が担う。
千兵衛は、自らの作業場に戻った。
権六、助作、茂平が、千兵衛の帰りを不安げに待っている。
千兵衛は、彼らに新しい任務の内容を伝えた。
皆、その規模に驚き、そして、千兵衛に任されたことへの誇り、そして共に戦う決意を顔に浮かべた。
千兵衛は、この新たな出発を前に、そして自分と仲間たちの決意を固めるために、一つの食事を作ることにした。
それは、これまでの型破りな料理の試みとは違う、兵士たちの基礎となる、確かな糧だ。
備蓄の中で最も状態の良い米と雑穀を選び、丁寧にとぐ音を響かせながら洗い、正確に水を計量して釜にさらさらと入れた。
干し肉や根菜の切れ端も、普段より吟味して選び、トントンと刻む。
コトコトと、静かに炊きあがる釜の音を聞く。
湯気からは、素朴だが確かな、糧の匂いがふわりと漂う。
炊きあがった飯は、つやつやと輝き、ふっくらとして、一粒一粒がしっかりと立っている。
煮物は、根菜と干し肉から滋味が出て、優しいこうばしい香りを放っている。
千兵衛は、出来上がった飯と煮物を、権六たちと共に囲んだ。
それは、決して豪華ではないが、温かく、確かな力が宿る食事だった。
皆で同じ釜の飯を食らう。
この飯が、これから数万の兵士たちの命を支える基礎となる。
千兵衛は、その飯を前に、自身の新たな決意を込めて言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
権六たちは、千兵衛の言葉に無言で頷き、黙々と飯を食べ始めた。
皆の顔には、不安と、そして新たな戦いに挑む静かな決意が宿っている。
千兵衛は、第二師団、一万余りの兵の兵糧という、途方もない責任を負った。
これまでの小さな工夫を、いかにして巨大な組織に落とし込み、混乱する戦場での配給を実現させるか。
飢餓との戦いは、新たな、そして最も困難な局面を迎える。
千兵衛という名脇役の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
【今回のいくさ飯】
『基礎を固める雑穀飯 ~新たな責任と共に~』
兵糧奉行預かりとして第二師団の兵糧全般を任された千兵衛が、その重責を前に決意を固めるために作った、基礎となる一品。
備蓄の中から最も状態の良い米と雑穀を選び、丁寧な計量と火加減で完璧に炊き上げられた雑穀飯。
一粒一粒がつやつやと輝き、ふっくらしながらもしっかりとした粒感を持つ。
奇をてらわない、確実で信頼できる糧。
数万の兵士の命を支える兵站の要となる決意を象徴する。
(現代の丁寧な雑穀ご飯。兵站の要)
斥候隊を率いた堀田小隊長は、千兵衛が作った戦陣堅パンのおかげで任務を完遂できたと、その報告書に明記した。
傷病兵のための陣幕からは、千兵衛の柔らかい豆腐粥を口にした兵士たちの回復が早いという声が届いた。
配給量が減らされる中で、とろろ増量粥は兵士たちの空腹感を和らげ、万能ふりかけは味気ない干飯を蘇らせ、無駄を減らした。
そして、甘辛い焼き団子は、疲弊した兵士たちの心に、かけがえのない安らぎと希望をもたらした。
これらの具体的な成果は、兵糧奉行・黒田幻斎のもとにも集約されていた。
幻斎は、千兵衛の型破りな発想と、それを形にする手腕を高く評価していた。
単なる物好きや職人ではなく、戦場の現実と兵士たちの状態を深く理解し、食の力でそれを改善できる稀有な存在だと。
ある日、千兵衛は幻斎に呼び出された。
しかし、その場には幻斎だけでなく、武藤家の軍を指揮する主要な武将の一人、軍目付代(ぐんめつけだい)の山内(やまうち)という男も同席していた。
山内は、厳格で、無駄を排し効率を重んじる、幻斎とも気脈を通じる人物だ。
千兵衛は、その場の張り詰めた空気に、ただならぬものを感じた。
「伊吹千兵衛。
面を上げよ」
山内は低い、重い声で言った。
千兵衛は言われた通りにした。
山内は、千兵衛の顔をじろじろと値踏めするように見る。
武士らしい精悍さはないが、その目は澄んでおり、誠実さがにじみ出ている。
「黒田が、お前の働きについて報告してきた。
飢餓、寒さ、病、そして兵士の心。
食の力でそれらに向き合っていると」
山内は言った。
「最初は、戦場に不必要な感傷かと思ったが……
上がってきた報告は、ただの感傷ではないことを示しておる」
山内は、堀田小隊長の報告書や、医者からの改善報告、そして兵士たちの士気に関する非公式な聞き取り結果などがまとめられた書状をぱらぱらと捲った。
「斥候の成功、傷病者の回復、士気の維持……
これらが、お前の作る飯に少なからず支えられているというのだな」
千兵衛は、身が引き締まる思いで答える。
「はっ。
兵士の方々の腹と心が満ちれば、必ず戦う力となりますゆえ」
幻斎が口を開いた。
「山内様。
彼奴(きゃつ)の才は、単に珍妙な料理を作るだけにあらず。限られた乏しい資材から、状況に応じた最適な糧を生み出す、実務に長けた才にございます。
来るべき大戦においては、兵糧の差配こそが最も困難を極めましょう。
彼奴にならば、この困難を乗り切る糸口が見出せるやもしれぬ」
山内は、幻斎の言葉をうんうんと頷きながら聞いた。
幻斎がここまで推すということは、千兵衛の能力が本物である証拠だ。
山内は千兵衛を再び見据え、重々しい口調で告げた。
「伊吹千兵衛。
飢餓の危機は、全軍に及んでおる。
特に、大戦の主戦場となる中央部は、数万の兵が密集し、兵糧の確保と差配は最も困難となるだろう。
貴様には、その中央部を受け持つ第二師団の兵糧全般を任せる」
千兵衛は、その言葉を聞いてはっと息を呑んだ。第二師団。
それは、武藤家が来るべき大戦で最も力を注ぐ主力師団の一つだ。
その数、一万を超える。
その兵糧全般を、自分に任せるというのか。
「第二師団、一万……」
千兵衛の脳裏に、数万の飢えた兵士たちの顔が浮かんだ。
それは、かつて飢饉で見た村人たちの顔と重なる。
規模が、あまりにも大きい。
「無論、兵糧奉行の指揮下、既存の組織も利用する。
だが、物資の確保、調理、配給、そして兵士たちの士気維持に至るまで、貴様の裁量に任せる部分が大きい」
山内は続けた。
「これは貴様への期待であると同時に、責任の重さを示す。
万が一、第二師団が飢餓で崩れれば、大戦の行方に関わる。
その責任、負えるか?」
千兵衛の背筋に冷たいものが走った。
失敗すれば、取り返しのつかないことになる。
数万の命が、自分の働きにかかっている。
その重圧は、想像を絶するものだった。
一瞬、足がすくみそうになる。
しかし、故郷の飢饉で味わった無力感、そして二度と繰り返させないという誓いが、彼の心をしゃきっとさせた。
「は、ははあッ!」
千兵衛は、声を張り上げ、深々と頭を下げた。
「この千兵衛、命に代えても、第二師団の兵士たちを飢えさせませぬ!
この身と才、全てを賭して、務めを果たして見せます!」
山内は、千兵衛の気迫に満ちた返答に、うんと一つ頷いた。
「よかろう。
黒田、後は任せた」
山内が席を立つと、幻斎が千兵衛に近づき、その肩をぽんと叩いた。
「見事な返答であった。
責任は重いが、お前ならばやれると信じている。
必要なものがあれば、申し出ろ」
千兵衛は、幻斎の温かい言葉に感謝しつつ、陣幕を後にした。
外に出ると、冬の太陽がきらきらと眩しい。
だが、その光を浴びても、肩にのしかかる重圧は消えなかった。
一万を超える兵士たちの命の糧を、自分が担う。
千兵衛は、自らの作業場に戻った。
権六、助作、茂平が、千兵衛の帰りを不安げに待っている。
千兵衛は、彼らに新しい任務の内容を伝えた。
皆、その規模に驚き、そして、千兵衛に任されたことへの誇り、そして共に戦う決意を顔に浮かべた。
千兵衛は、この新たな出発を前に、そして自分と仲間たちの決意を固めるために、一つの食事を作ることにした。
それは、これまでの型破りな料理の試みとは違う、兵士たちの基礎となる、確かな糧だ。
備蓄の中で最も状態の良い米と雑穀を選び、丁寧にとぐ音を響かせながら洗い、正確に水を計量して釜にさらさらと入れた。
干し肉や根菜の切れ端も、普段より吟味して選び、トントンと刻む。
コトコトと、静かに炊きあがる釜の音を聞く。
湯気からは、素朴だが確かな、糧の匂いがふわりと漂う。
炊きあがった飯は、つやつやと輝き、ふっくらとして、一粒一粒がしっかりと立っている。
煮物は、根菜と干し肉から滋味が出て、優しいこうばしい香りを放っている。
千兵衛は、出来上がった飯と煮物を、権六たちと共に囲んだ。
それは、決して豪華ではないが、温かく、確かな力が宿る食事だった。
皆で同じ釜の飯を食らう。
この飯が、これから数万の兵士たちの命を支える基礎となる。
千兵衛は、その飯を前に、自身の新たな決意を込めて言った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
権六たちは、千兵衛の言葉に無言で頷き、黙々と飯を食べ始めた。
皆の顔には、不安と、そして新たな戦いに挑む静かな決意が宿っている。
千兵衛は、第二師団、一万余りの兵の兵糧という、途方もない責任を負った。
これまでの小さな工夫を、いかにして巨大な組織に落とし込み、混乱する戦場での配給を実現させるか。
飢餓との戦いは、新たな、そして最も困難な局面を迎える。
千兵衛という名脇役の、本当の戦いが、今、始まろうとしていた。
【今回のいくさ飯】
『基礎を固める雑穀飯 ~新たな責任と共に~』
兵糧奉行預かりとして第二師団の兵糧全般を任された千兵衛が、その重責を前に決意を固めるために作った、基礎となる一品。
備蓄の中から最も状態の良い米と雑穀を選び、丁寧な計量と火加減で完璧に炊き上げられた雑穀飯。
一粒一粒がつやつやと輝き、ふっくらしながらもしっかりとした粒感を持つ。
奇をてらわない、確実で信頼できる糧。
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