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第三部:兵糧戦線、前進!
第二十七話:沢ガニの恵み、野営地の香油煮
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武藤家の大軍は、連日、目指す戦場へと行軍を続けていた。
一日の行軍を終えるごとに、兵士たちは新たな土地に野営地を設営する。
その場所は、時として森の傍らであったり、山あいの小川のほとりであったり、あるいは人の気配のない広い野原であったりした。
野営地での食事の準備は、常設の陣営とは異なる難しさがある。
持ち運べる調理器具は限られており、大きな釜や鍋全てを毎日展開するわけにはいかない。
火を起こす場所も、その都度設営しなければならない。
そして何よりも、頼れるのは、出発前に積んだ兵糧と、道中で得られるわずかな補給だけだ。
一日の行軍で疲弊した兵士たちにとって、夜の食事は唯一の慰めだ。
しかし、準備できるのは、すぐに湯漬けにできる干飯か、千兵衛が開発した行軍携帯食(第26話)くらいなものだ。
温かい煮込みや汁物は、大人数分を作るには時間と燃料が必要で、毎日というわけにはいかない。
単調な食事は、兵士たちの疲労と相まって、士気をじわじわと削いでいく。
千兵衛は、第二師団の兵糧責任者として、毎日の野営地での炊事の様子を見て回っていた。
限られた資材と時間の中で、調理人たちは懸命に働いている。
しかし、兵士たちの顔には、物足りなさと疲労の色が隠せない。
(この土地には、何か食えるものは……)
千兵衛は、野営地の周囲を観察するようになった。
その土地その土地には、そこでしか得られない恵みがあるかもしれない。
食用になる野草、木の実、あるいは近くに小川があれば何か得られるかもしれない。
それらを上手く活用できれば、乏しい携帯兵糧に彩りを加え、兵士たちに活力と喜びを与えることができるだろう。
ある日の夕刻、野営地を設営した場所のすぐ近くに、澄んだ山あいの小川が流れているのを見つけた。
兵士たちが喉を潤すために集まっている。
よく見ると、岩陰に小さな生き物がちょこちょこと動いている。沢ガニだ。
沢ガニは、その場で簡単に捕まえることができる。
兵士たちが面白がって、あり合わせの道具を工夫して、あっという間にかなりの数の沢ガニを集めてきた。
大量の備蓄米に比べればわずかな量だが、それは確かに、この土地が与えてくれた恵みだった。
千兵衛は、捕らえた沢ガニを、すぐに調理することにした。
時間が経つと鮮度が落ちる。
温かい汁物にするには時間がかかるし、量も足りない。
この沢ガニを、少ない油と香りの良い野草で、手早く、そして濃厚な味に仕上げることはできないか。
千兵衛の頭の中で、香ばしい脂(あぶら)で、沢ガニと香りの良い野草を煮る(揚げる)料理のイメージが膨らんだ。
少ない脂でも、香りを移し、沢ガニを美味しく食べられるはずだ。
彼は、沢ガニを丁寧に洗い、泥を落とす。
そして、野営地の周囲で手に入る、香りの強い食用野草(山菜や、もしあれば野蒜や行者ニンニクのようなもの)をしゃくしゃくと刻んだ。
次に、備蓄の干し肉を炙ってじわりと出した脂や、もし少量でもあれば植物油(炒り胡麻を潰した油など)を、手持ちの鍋や鉄板のようなものに入れる。
火を起こし、鍋を熱する。
油が温まったら、刻んだ野草を入れ、香りを出す。ジュウウという音と共に、香ばしい匂いが立ち上る。
そこに、沢ガニを投入する。
ぱちぱちと音を立てながら、沢ガニの色が鮮やかな赤に変わっていく。
油と野草の香りが、沢ガニの風味と混じり合い、独特の、こうばしい、食欲をそそる香りがふわりと、そしてぷんぷんと野営地の空気に広がる。
味付けはシンプルに塩をぱらぱらと振るだけ。
さっと火が通り、沢ガニ全体に火が通ったら完成だ。
揚げ焼きにされた沢ガニは、かりかりとした皮と、中のほくほくとした身が見える。
大量ではないが、皿に盛ると、見た目にも彩りがある。
千兵衛は、出来上がった「沢ガニの野草風味揚げ煮」を、炊事場から出される通常の夕食と共に、兵士たちに配給させた。
皆、皿に乗せられた沢ガニを見て、驚きと、そして喜びの声を上げた。
「おお、沢ガニだ!」
「美味そうじゃねえか!」
「この川で捕れたのか!」
千兵衛は、沢ガニを手に、この料理に込めた思いを語った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
兵士たちは、待ちきれないといった様子で沢ガニを手に取り、口に運ぶ。
油で火が通った沢ガニは、殻ごとかりかりと、あるいはぽりぽりと噛み砕ける。
口の中に広がるのは、沢ガニ本来の旨味と、香ばしい油、そして野草の力強い香り。
シンプルながらも、濃厚で、そして美味しい。
普段の淡白な干物や保存食とは全く違う、ワイルドで風味豊かな味わいだ。
「美味い!」
「ああ、この油がたまらねえな!」
「体が温まるようだ!」
兵士たちの顔に、安堵と、そして満面の笑みが浮かんだ。
一日の行軍の疲れが、この小さな沢ガニによって癒やされていくようだ。
それは、物理的な栄養だけでなく、この土地と繋がれたような、心の栄養でもあった。
この沢ガニの野草風味揚げ煮は、臨機応変な食材の活用が、兵士たちの士気にどれほど影響を与えるのかを示した。
千兵衛は、決まった兵糧だけでなく、その場その場で手に入るものを吟味して活用する「臨機応変のいくさ飯」の重要性を再認識した。
行軍は続く。
野営地は毎日変わる。
ある場所では野草が豊富かもしれない。
別の場所では、木の実が得られるかもしれない。
しかし、常に都合よく食材が見つかるわけではないし、安全なものを見分ける知識も必要だ。
この野営地の食は、飢餓との戦いにおける「適応力」の象徴だ。
千兵衛は、刻々と変化する環境の中で、いかにして兵士たちの腹と心を支え続けるのか。
その挑戦は、戦場への行軍と共に続いていく。
【今回のいくさ飯】
『沢ガニの恵み! 野営地の野草風味揚げ煮』
行軍中の野営地の周辺で見つかった、その土地固有の食材(この場合は山あいの沢ガニ)を使い、その場で素早く調理したもの。
沢ガニを洗い、香りの強い食用野草と共に、備蓄の脂や油でジュウウと揚げ煮にした。
かりかりあるいはぽりぽりとした食感と、油と野草のこうばしい風味が特徴。携帯兵糧の単調さを補い、新鮮さと彩り、そして貴重な脂質とタンパク質を加え、兵士の士気を高める。
臨機応変な食材活用の例。
(現代の揚げ煮、香味炒めアレンジ。ワイルド、新鮮さ、スタミナ)
一日の行軍を終えるごとに、兵士たちは新たな土地に野営地を設営する。
その場所は、時として森の傍らであったり、山あいの小川のほとりであったり、あるいは人の気配のない広い野原であったりした。
野営地での食事の準備は、常設の陣営とは異なる難しさがある。
持ち運べる調理器具は限られており、大きな釜や鍋全てを毎日展開するわけにはいかない。
火を起こす場所も、その都度設営しなければならない。
そして何よりも、頼れるのは、出発前に積んだ兵糧と、道中で得られるわずかな補給だけだ。
一日の行軍で疲弊した兵士たちにとって、夜の食事は唯一の慰めだ。
しかし、準備できるのは、すぐに湯漬けにできる干飯か、千兵衛が開発した行軍携帯食(第26話)くらいなものだ。
温かい煮込みや汁物は、大人数分を作るには時間と燃料が必要で、毎日というわけにはいかない。
単調な食事は、兵士たちの疲労と相まって、士気をじわじわと削いでいく。
千兵衛は、第二師団の兵糧責任者として、毎日の野営地での炊事の様子を見て回っていた。
限られた資材と時間の中で、調理人たちは懸命に働いている。
しかし、兵士たちの顔には、物足りなさと疲労の色が隠せない。
(この土地には、何か食えるものは……)
千兵衛は、野営地の周囲を観察するようになった。
その土地その土地には、そこでしか得られない恵みがあるかもしれない。
食用になる野草、木の実、あるいは近くに小川があれば何か得られるかもしれない。
それらを上手く活用できれば、乏しい携帯兵糧に彩りを加え、兵士たちに活力と喜びを与えることができるだろう。
ある日の夕刻、野営地を設営した場所のすぐ近くに、澄んだ山あいの小川が流れているのを見つけた。
兵士たちが喉を潤すために集まっている。
よく見ると、岩陰に小さな生き物がちょこちょこと動いている。沢ガニだ。
沢ガニは、その場で簡単に捕まえることができる。
兵士たちが面白がって、あり合わせの道具を工夫して、あっという間にかなりの数の沢ガニを集めてきた。
大量の備蓄米に比べればわずかな量だが、それは確かに、この土地が与えてくれた恵みだった。
千兵衛は、捕らえた沢ガニを、すぐに調理することにした。
時間が経つと鮮度が落ちる。
温かい汁物にするには時間がかかるし、量も足りない。
この沢ガニを、少ない油と香りの良い野草で、手早く、そして濃厚な味に仕上げることはできないか。
千兵衛の頭の中で、香ばしい脂(あぶら)で、沢ガニと香りの良い野草を煮る(揚げる)料理のイメージが膨らんだ。
少ない脂でも、香りを移し、沢ガニを美味しく食べられるはずだ。
彼は、沢ガニを丁寧に洗い、泥を落とす。
そして、野営地の周囲で手に入る、香りの強い食用野草(山菜や、もしあれば野蒜や行者ニンニクのようなもの)をしゃくしゃくと刻んだ。
次に、備蓄の干し肉を炙ってじわりと出した脂や、もし少量でもあれば植物油(炒り胡麻を潰した油など)を、手持ちの鍋や鉄板のようなものに入れる。
火を起こし、鍋を熱する。
油が温まったら、刻んだ野草を入れ、香りを出す。ジュウウという音と共に、香ばしい匂いが立ち上る。
そこに、沢ガニを投入する。
ぱちぱちと音を立てながら、沢ガニの色が鮮やかな赤に変わっていく。
油と野草の香りが、沢ガニの風味と混じり合い、独特の、こうばしい、食欲をそそる香りがふわりと、そしてぷんぷんと野営地の空気に広がる。
味付けはシンプルに塩をぱらぱらと振るだけ。
さっと火が通り、沢ガニ全体に火が通ったら完成だ。
揚げ焼きにされた沢ガニは、かりかりとした皮と、中のほくほくとした身が見える。
大量ではないが、皿に盛ると、見た目にも彩りがある。
千兵衛は、出来上がった「沢ガニの野草風味揚げ煮」を、炊事場から出される通常の夕食と共に、兵士たちに配給させた。
皆、皿に乗せられた沢ガニを見て、驚きと、そして喜びの声を上げた。
「おお、沢ガニだ!」
「美味そうじゃねえか!」
「この川で捕れたのか!」
千兵衛は、沢ガニを手に、この料理に込めた思いを語った。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
兵士たちは、待ちきれないといった様子で沢ガニを手に取り、口に運ぶ。
油で火が通った沢ガニは、殻ごとかりかりと、あるいはぽりぽりと噛み砕ける。
口の中に広がるのは、沢ガニ本来の旨味と、香ばしい油、そして野草の力強い香り。
シンプルながらも、濃厚で、そして美味しい。
普段の淡白な干物や保存食とは全く違う、ワイルドで風味豊かな味わいだ。
「美味い!」
「ああ、この油がたまらねえな!」
「体が温まるようだ!」
兵士たちの顔に、安堵と、そして満面の笑みが浮かんだ。
一日の行軍の疲れが、この小さな沢ガニによって癒やされていくようだ。
それは、物理的な栄養だけでなく、この土地と繋がれたような、心の栄養でもあった。
この沢ガニの野草風味揚げ煮は、臨機応変な食材の活用が、兵士たちの士気にどれほど影響を与えるのかを示した。
千兵衛は、決まった兵糧だけでなく、その場その場で手に入るものを吟味して活用する「臨機応変のいくさ飯」の重要性を再認識した。
行軍は続く。
野営地は毎日変わる。
ある場所では野草が豊富かもしれない。
別の場所では、木の実が得られるかもしれない。
しかし、常に都合よく食材が見つかるわけではないし、安全なものを見分ける知識も必要だ。
この野営地の食は、飢餓との戦いにおける「適応力」の象徴だ。
千兵衛は、刻々と変化する環境の中で、いかにして兵士たちの腹と心を支え続けるのか。
その挑戦は、戦場への行軍と共に続いていく。
【今回のいくさ飯】
『沢ガニの恵み! 野営地の野草風味揚げ煮』
行軍中の野営地の周辺で見つかった、その土地固有の食材(この場合は山あいの沢ガニ)を使い、その場で素早く調理したもの。
沢ガニを洗い、香りの強い食用野草と共に、備蓄の脂や油でジュウウと揚げ煮にした。
かりかりあるいはぽりぽりとした食感と、油と野草のこうばしい風味が特徴。携帯兵糧の単調さを補い、新鮮さと彩り、そして貴重な脂質とタンパク質を加え、兵士の士気を高める。
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