【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第三部:兵糧戦線、前進!

第三十五話:麦飯の相棒、風味豊かな添え物

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 武藤家の大軍は、米の供給が途絶えた状況(第三十四話)で、滋養麦飯蒸しを主食として行軍を続けていた。

 千兵衛の工夫(第三十四話)により、麦飯は以前よりはるかに美味しく、兵士たちも最初は安堵し、喜んで食べていた。

 しかし、何日も同じ麦飯が続くと、次第にその目新しさは薄れ、兵士たちの顔から再び生気が失われ始めた。

「また麦飯か……」

「不味くはねえけど、毎日これじゃあな……」

 兵士たちは、出された麦飯を見ながら、重いため息をつく。

 単調な食事は、飢えを満たしても、兵士たちの心をささくれ立たせる。
食欲が減退し、せっかくの滋養麦飯蒸しも、十分に食べられなくなる者も出始めていた。

 これは、兵士たちの体力を維持する上で、深刻な問題だった。

 千兵衛は、兵士たちの様子を見て、この状況を憂慮していた。

 滋養麦飯蒸しは、米がない中での最善の主食だ。
しかし、どんなに良い食事でも、毎日同じものが続けば飽きが来る。

 兵士たちの心は、飢えと同じくらい、単調さによっても疲弊するのだ。

(麦飯に、変化をつける何かが必要だ……)

 千兵衛は考えた。主食である麦飯そのものを毎日変えることは難しい。

 だが、麦飯と一緒に食べることで、味と香りに彩りを加え、兵士たちの食欲をかき立てるような、「添え物」を作ることはできないか。

 それも、行軍中でも手軽に作れ、乏しい資材でできるもの。

 彼は、備蓄の中から、様々な種類の「干し野菜」と「豆」を選び出した。
これらは日持ちがするが、そのままでは固かったり、味気なかったりする。

 しかし、これらを刻み、味付けを工夫すれば、麦飯の力強い相棒になるだろう。

 そして、以前活用した魚や肉の加工で出た「旨味」のある部分も、隠し味に使えるかもしれない(第八話、第十五話)。

 千兵衛は、干し野菜と豆の旨味混ぜを作ることにした。

 まず、数種類の干し野菜(干し大根葉、干し芋の茎など)と、硬いままでは食べにくい豆を、たっぷりの水に浸けて水で戻す音を響かせながら戻す。

 しんなりと柔らかくなった干し野菜と豆を、丁寧に洗い、細かくしゃくしゃくと刻んでいく。

 刻む音だけが、静かな炊事場にリズミカルに響く。

 刻んだ干し野菜と豆を、大きな器に入れる。
そこに、兵糧奉行の塩と味噌を適量加える。

 さらに、備蓄の中で見つけた、乾燥させた魚や肉の端材を砕いた粉末、あるいは炙って脂を出した後のカリカリになった皮などを細かく砕いて混ぜ込む。

 これらが、料理全体に深い「旨味」を与えるのだ。

 全ての材料を器に入れ、素早く、そして全体が均一になるように混ぜ合わせる。

 塩と味噌、そして魚や肉のこうばしい旨味粉末が、刻んだ野菜と豆に絡みつき、濃厚な、しょっぱい香りがぷんぷんと立ち上る。

 それは、単調な麦飯の匂いを打ち消し、食欲をかき立てる香りだ。

 出来上がった「干し野菜と豆の旨味混ぜ」は、見た目は地味だが、様々な干し野菜の色(緑、茶色など)と、豆のつぶつぶが混じり合い、見た目にも彩りがある。手で触れると、しっとりとして、確かな量感がある。

 千兵衛は、出来上がった旨味混ぜを、その日の夕食の配給として、滋養麦飯蒸しと共に配らせた。

 兵士たちは、いつもの麦飯に加えて、小さな器に盛られた見慣れない添え物がついているのを見て、ん?と首を傾げる。

 しかし、そこから漂う濃厚な、こうばしい香りに、自然と顔が引き寄せられる。

 その時、軍目付代の井上治部少輔が、配給所の様子を見回りにやってきた。

 彼は、兵士たちが受け取る小鉢に入った添え物を見て、眉間に皺を寄せる。
そして、立ち上る香りをくんくんと嗅いだ。

「なんだ、これは?」
 
 井上は冷ややかな声で千兵衛に問いかけた。

「また何か、余計なものを作っておるのか、伊吹殿? 
無駄な資材と時間を使って、このような小細工を!
兵士は麦飯を食えば良いのだ! 
味など不要だ!」

 井上は、千兵衛がまたしても「無駄」なことに手を出していると断罪した。
彼にとって、このような「添え物」は、兵糧の本分から外れた、不要な贅沢であり、資材の浪費だ。

 千兵衛は、井上の批判に動じなかった。彼は、旨味混ぜの入った小鉢を手に取った。

「井上様。
これは、干し野菜と豆、そして兵糧の端材を活用して作った添え物にございます」

 千兵衛は答えた。

「麦飯は確かに主食ですが、単調では食欲が失われます。
この添え物を加えることで、麦飯が風味豊かになり、兵士たちは飽きずに、そして美味しく食べられます。

 食欲が増せば、摂取できる栄養も増える。
これは、兵士の体と心を活かすための、本質的な工夫にございます。
決して無駄ではございませぬ」

 千兵衛は、美味さや変化が、兵士の生存と直結することを説いた。
食欲がなければ、どんなに栄養のある飯でも食べられない。

 この添え物は、乏しい資材で最大の効果を引き出す「いくさ飯」なのだと。

 井上は、千兵衛の説明を聞いても、納得した様子はない。

 彼はふんと鼻を鳴らし、蔑むような目で千兵衛を見た。

「詭弁だ。
貴様のやっていることは、戦場の厳しさから目を背けた、甘やかしに過ぎぬわ。
次からは、このような無駄は認めぬ」

 井上はそう言い捨てて去っていった。

 千兵衛は、井上という壁の高さと、彼の無理解を改めて感じた。
だが、諦めなかった。

 兵士たちは、自分の椀の麦飯に、支給された旨味混ぜを混ぜ込んだ。
もぐもぐと一口食べる。

「おお!」 

 兵士たちの顔に、驚きと喜びが広がる。
いつもの麦飯が、嘘のように美味しくなっている! 

 干し野菜の食感と、豆のつぶつぶ。そして、塩と味噌、そして魚や肉の端材から出た濃厚な旨味が、麦飯全体に絡みつき、口いっぱいに広がる。

 それは、単調な麦飯を、風味豊かなご馳走へと変貌させた。

「美味い!」

「これなら、いくらでも食える!」

「ありがとう、千兵衛殿!」

 兵士たちの食欲がかき立てられ、皆、夢中で麦飯をかき込んだ。
顔から疲労と単調さによるだるさが消え、活力が戻ってくるようだ。

井上治部少輔は理解しなくとも、兵士たちの体と心は、この添え物の力を確かに感じ取っていた。

 この干し野菜と豆の旨味混ぜは、米が無くても、そして井上治部少輔が「無駄」と断じても、千兵衛が兵士たちのために生み出した「美味さ」の象徴だ。

 それは、飢餓との戦いが、単に腹を満たすだけでなく、食の彩りと風味によって、兵士の心と体を支える戦いであることを証明した。

 行軍は続く。
井上治部少輔との対立はさらに深まるだろう。

【今回のいくさ飯】
『麦飯を美味しく! 干し野菜と豆の旨味混ぜ』

 滋養麦飯蒸し(第三十四話)の単調さを補うために作られた添え物。
水で戻した干し野菜と豆を細かく刻み、塩、味噌、乾燥魚や肉の端材を砕いたものなどで濃厚に味付けしたもの。
これを麦飯に混ぜ込むことで、風味、食感、栄養が加わり、麦飯が格段に美味しくなる。
限られた資材で、兵士の食欲と士気を最大限に引き出すための工夫。
井上治部少輔が批判する「無駄」な工夫が、兵士の生存に直結することを象徴する。
(現代のふりかけ、混ぜ込みご飯の素、常備菜アレンジ。単調さの解消、士気向上、井上治部少輔との対立の象徴)
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