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第三部:兵糧戦線、前進!
第三十六話:腹に染みる、熱き麦飯汁
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武藤家の大軍は、厳しい冬の寒さの中、戦場への行軍を続けていた。
主食は、米が途絶えて以来、千兵衛が工夫を凝らした滋養麦飯蒸し(第三十四話)だ。
単調さを紛らわせるための添え物(第三十五話)も加わり、兵士たちは何とか飢えをしのいでいた。
しかし、連日の寒さは容赦なく兵士たちの体力を奪っていく。
野営地に着くと、兵士たちは皆、がたがたと震えている。
焚き火にあたっても、体の芯まで冷え切った寒さは、なかなかほかほかとはならない。
夕食の滋養麦飯蒸しは、腹には溜まるが、冷たい外気の中で食べる飯は、体を内側から温めてはくれない。
彼らは、ただ腹を満たすだけでなく、凍える体を温め、心にほっとする安らぎをもたらす、熱い何かを求めていた。
千兵衛は、兵士たちの様子を見て、彼らが温かい食事をどれほど求めているかを肌で感じていた。
滋養麦飯蒸しと添え物で、腹と味への工夫はできている。
しかし、この寒さの中で、体力を維持するには「温もり」が必要だ。
(少ない燃料と時間で、皆に温かい汁物を……)
千兵衛は、この野営地での限られた条件で、数千人の兵士に提供できる温かい汁物を作る方法を考えた。
複雑な煮込みは難しい。
だが、シンプルな味噌仕立ての汁ならば、手早くできるかもしれない。
彼は、備蓄の中から、日持ちのする根菜類(大根、人参など)と、乾燥させた葉物野菜や豆、そして肉や魚の加工で出た端材(だし代わり)を選び出した。
根菜は乱切りに、乾燥野菜や豆は水で戻して、手早くトントンと刻んでいく。
刻む音だけが、冷たい空気の中で響く。
大きな炊事用の釜に水を張り、火にかける。
水が温まってきたら、刻んだ根菜や、乾燥させた魚や肉の端材を加えて、さっと煮出す。
これは、じっくり煮出す第三十二話の滋養汁ほどではないが、汁に深みと旨味を与えるためだ。
そこに、水で戻した乾燥野菜や豆、そして兵糧の味噌と塩を加える。
火加減を調整しながら、全体がコトコトと煮えるまで煮込む。
煮込みすぎると具材が崩れるため、手早く、しかし根菜に火が通るまで。
釜からは、温かい湯気と共に、味噌と根菜、そして微かな魚や肉の風味が混じり合った、こうばしい香りがふわりと立ち上る。
それは、凍える兵士たちの鼻孔をくすぐり、食欲をかき立てる、たまらない香りだ。
出来上がった「根菜と干し菜の味噌仕立て汁」は、具沢山で、見た目にも温かそうだ。
湯気からは、優しい香りが漂う。
千兵衛は、出来上がった汁物を、滋養麦飯蒸しと共に、その日の夕食として配給させた。
兵士たちは、温かい汁物がついているのを見て、おお!と声を上げる。
顔に喜びと期待の色が浮かぶ。
その時、軍目付代の井上治部少輔が、配給所の様子を見回りにやってきた。
彼は、兵士たちが温かい汁物を受け取っているのを見て、眉間に深い皺を寄せる。
そして、千兵衛に詰め寄った。
「伊吹殿!
また無駄なことを!
温かい汁など、兵士の慰みにはなろうが、腹には溜まらぬ!
それに、これほど多くの火を使うとは、燃料の無駄遣いだ!
兵士には、腹持ちの良い麦飯こそ必要なのだ!」
井上は語気強く千兵衛を非難した。
「貴様は、食料を無駄に消費して、兵糧計画を狂わせるつもりか!」
井上は、温かい汁物を「無駄」であり「慰み」だと断じ、兵糧の役割は「腹持ちの良い固形物」を提供することにあると主張した。
彼にとって、汁物は非効率であり、この寒さの中で燃料を費やすのは、愚行に等しいのだ。
千兵衛は、井上の批判に真っ直ぐに答えた。
「井上様。
この汁は、腹を満たすだけでなく、兵士たちの体を内側から温め、冷え切った体をほかほかとさせる力がございます。
寒さは、兵士の体力を奪い、病を招きます。
この温かい汁は、寒さと病と戦うための、不可欠な糧なのです。
また、汁を麦飯にかければ、麦飯がつるつると喉を通りやすくなり、食欲が増進します。
これは、限られた資材で、兵士の健康と体力を守るための、効率的な工夫にございます」
千兵衛は、温かい汁物が持つ「温もり」と、麦飯の消化を助けるといった実利を訴えた。
これは無駄ではなく、兵士の生存確率を高めるための、合理的な判断なのだと。
井上は、千兵衛の説明に聞く耳を持たない。
彼はふんと鼻を鳴らし、冷たい目で千兵衛を見下した。
「貴様の理屈など、戦場では通用せぬ。
次からは、このような無駄な汁は認めぬ。
貴様は、兵糧の本分を弁えぬ愚か者だ」
井上はそう言い放ち、足早に去っていった。
千兵衛は、井上という壁が、自身の「いくさ飯」の理念、特に温もりや美味さといった要素を、徹底的に否定しようとしていることを痛感した。
しかし、兵士たちは、温かい汁物を手にしていた。
皆、まず汁を一口すする。
「ああ……」
兵士たちの口から、ほっとしたようなため息が漏れる。
温かい汁が、冷え切った体を内側からじんわりと温めていく。
体中に温もりが広がり、寒さが和らいでいくのを感じる。
次に、汁を麦飯にかけて食べてみる。
つるつると、いつもよりはるかに喉を通りやすい。
麦飯のこうばしさと、汁の味噌と根菜の味が混じり合い、格段に美味しく感じる。
「美味い!」
「体が温まる!」
「この汁があれば、もっと麦飯も食える!」
兵士たちの顔に、生気が戻ってくる。
温かい食事は、肉体的な温もりだけでなく、心の安らぎをもたらすことを、彼らは実感した。
井上治部少輔は認めなくとも、兵士たちの体と心は、この汁物の力を確かに感じ取っていた。
この根菜と干し菜の味噌仕立て汁は、行軍中の寒さという新たな敵と、井上治部少輔の「温かい食事は無駄」という批判に対する、千兵衛の答えだった。
限られた燃料と時間で、兵士たちに温もりと滋養を与える。
それは、兵士の体と心を支える「いくさ飯」の、新たな形だ。井上治部少輔との対立はさらに深まるだろう。
【今回のいくさ飯】
『寒さを凌ぎ、麦飯を美味しく! 根菜と干し菜の味噌仕立て汁』
行軍中の野営地で、限られた燃料と時間で作られた温かい汁物。
根菜や水で戻した干し野菜・豆、そして肉や魚の端材(だし代わり)を使い、味噌仕立てで煮込んだ。
体を内側から温め、寒さによる体力の消耗を防ぐ。
滋養麦飯蒸し(第三十四話)にかけて食べると、麦飯が喉を通りやすくなり、食欲が増進する。
井上治部少輔が批判する「無駄」な汁物が、兵士の生存に不可欠な力を発揮することを象徴する。
(現代の豚汁風、けんちん汁風、具沢山味噌汁。防寒、消化促進、温もり)
主食は、米が途絶えて以来、千兵衛が工夫を凝らした滋養麦飯蒸し(第三十四話)だ。
単調さを紛らわせるための添え物(第三十五話)も加わり、兵士たちは何とか飢えをしのいでいた。
しかし、連日の寒さは容赦なく兵士たちの体力を奪っていく。
野営地に着くと、兵士たちは皆、がたがたと震えている。
焚き火にあたっても、体の芯まで冷え切った寒さは、なかなかほかほかとはならない。
夕食の滋養麦飯蒸しは、腹には溜まるが、冷たい外気の中で食べる飯は、体を内側から温めてはくれない。
彼らは、ただ腹を満たすだけでなく、凍える体を温め、心にほっとする安らぎをもたらす、熱い何かを求めていた。
千兵衛は、兵士たちの様子を見て、彼らが温かい食事をどれほど求めているかを肌で感じていた。
滋養麦飯蒸しと添え物で、腹と味への工夫はできている。
しかし、この寒さの中で、体力を維持するには「温もり」が必要だ。
(少ない燃料と時間で、皆に温かい汁物を……)
千兵衛は、この野営地での限られた条件で、数千人の兵士に提供できる温かい汁物を作る方法を考えた。
複雑な煮込みは難しい。
だが、シンプルな味噌仕立ての汁ならば、手早くできるかもしれない。
彼は、備蓄の中から、日持ちのする根菜類(大根、人参など)と、乾燥させた葉物野菜や豆、そして肉や魚の加工で出た端材(だし代わり)を選び出した。
根菜は乱切りに、乾燥野菜や豆は水で戻して、手早くトントンと刻んでいく。
刻む音だけが、冷たい空気の中で響く。
大きな炊事用の釜に水を張り、火にかける。
水が温まってきたら、刻んだ根菜や、乾燥させた魚や肉の端材を加えて、さっと煮出す。
これは、じっくり煮出す第三十二話の滋養汁ほどではないが、汁に深みと旨味を与えるためだ。
そこに、水で戻した乾燥野菜や豆、そして兵糧の味噌と塩を加える。
火加減を調整しながら、全体がコトコトと煮えるまで煮込む。
煮込みすぎると具材が崩れるため、手早く、しかし根菜に火が通るまで。
釜からは、温かい湯気と共に、味噌と根菜、そして微かな魚や肉の風味が混じり合った、こうばしい香りがふわりと立ち上る。
それは、凍える兵士たちの鼻孔をくすぐり、食欲をかき立てる、たまらない香りだ。
出来上がった「根菜と干し菜の味噌仕立て汁」は、具沢山で、見た目にも温かそうだ。
湯気からは、優しい香りが漂う。
千兵衛は、出来上がった汁物を、滋養麦飯蒸しと共に、その日の夕食として配給させた。
兵士たちは、温かい汁物がついているのを見て、おお!と声を上げる。
顔に喜びと期待の色が浮かぶ。
その時、軍目付代の井上治部少輔が、配給所の様子を見回りにやってきた。
彼は、兵士たちが温かい汁物を受け取っているのを見て、眉間に深い皺を寄せる。
そして、千兵衛に詰め寄った。
「伊吹殿!
また無駄なことを!
温かい汁など、兵士の慰みにはなろうが、腹には溜まらぬ!
それに、これほど多くの火を使うとは、燃料の無駄遣いだ!
兵士には、腹持ちの良い麦飯こそ必要なのだ!」
井上は語気強く千兵衛を非難した。
「貴様は、食料を無駄に消費して、兵糧計画を狂わせるつもりか!」
井上は、温かい汁物を「無駄」であり「慰み」だと断じ、兵糧の役割は「腹持ちの良い固形物」を提供することにあると主張した。
彼にとって、汁物は非効率であり、この寒さの中で燃料を費やすのは、愚行に等しいのだ。
千兵衛は、井上の批判に真っ直ぐに答えた。
「井上様。
この汁は、腹を満たすだけでなく、兵士たちの体を内側から温め、冷え切った体をほかほかとさせる力がございます。
寒さは、兵士の体力を奪い、病を招きます。
この温かい汁は、寒さと病と戦うための、不可欠な糧なのです。
また、汁を麦飯にかければ、麦飯がつるつると喉を通りやすくなり、食欲が増進します。
これは、限られた資材で、兵士の健康と体力を守るための、効率的な工夫にございます」
千兵衛は、温かい汁物が持つ「温もり」と、麦飯の消化を助けるといった実利を訴えた。
これは無駄ではなく、兵士の生存確率を高めるための、合理的な判断なのだと。
井上は、千兵衛の説明に聞く耳を持たない。
彼はふんと鼻を鳴らし、冷たい目で千兵衛を見下した。
「貴様の理屈など、戦場では通用せぬ。
次からは、このような無駄な汁は認めぬ。
貴様は、兵糧の本分を弁えぬ愚か者だ」
井上はそう言い放ち、足早に去っていった。
千兵衛は、井上という壁が、自身の「いくさ飯」の理念、特に温もりや美味さといった要素を、徹底的に否定しようとしていることを痛感した。
しかし、兵士たちは、温かい汁物を手にしていた。
皆、まず汁を一口すする。
「ああ……」
兵士たちの口から、ほっとしたようなため息が漏れる。
温かい汁が、冷え切った体を内側からじんわりと温めていく。
体中に温もりが広がり、寒さが和らいでいくのを感じる。
次に、汁を麦飯にかけて食べてみる。
つるつると、いつもよりはるかに喉を通りやすい。
麦飯のこうばしさと、汁の味噌と根菜の味が混じり合い、格段に美味しく感じる。
「美味い!」
「体が温まる!」
「この汁があれば、もっと麦飯も食える!」
兵士たちの顔に、生気が戻ってくる。
温かい食事は、肉体的な温もりだけでなく、心の安らぎをもたらすことを、彼らは実感した。
井上治部少輔は認めなくとも、兵士たちの体と心は、この汁物の力を確かに感じ取っていた。
この根菜と干し菜の味噌仕立て汁は、行軍中の寒さという新たな敵と、井上治部少輔の「温かい食事は無駄」という批判に対する、千兵衛の答えだった。
限られた燃料と時間で、兵士たちに温もりと滋養を与える。
それは、兵士の体と心を支える「いくさ飯」の、新たな形だ。井上治部少輔との対立はさらに深まるだろう。
【今回のいくさ飯】
『寒さを凌ぎ、麦飯を美味しく! 根菜と干し菜の味噌仕立て汁』
行軍中の野営地で、限られた燃料と時間で作られた温かい汁物。
根菜や水で戻した干し野菜・豆、そして肉や魚の端材(だし代わり)を使い、味噌仕立てで煮込んだ。
体を内側から温め、寒さによる体力の消耗を防ぐ。
滋養麦飯蒸し(第三十四話)にかけて食べると、麦飯が喉を通りやすくなり、食欲が増進する。
井上治部少輔が批判する「無駄」な汁物が、兵士の生存に不可欠な力を発揮することを象徴する。
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