【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第三部:兵糧戦線、前進!

第三十七話:山の幸、麦と踊る茸醤油和え

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 武藤家の大軍は、山間いの道を進んでいた。
両側には鬱蒼とした森が広がり、空気は冷たく澄んでいる。

 兵士たちの足は重く、顔には疲労の色が濃いが、森の匂いや、時折聞こえる鳥の声に、わずかながら心が和む。

 主食は滋養麦飯蒸し(第三十四話)、副菜は限られた添え物(第三十五話)のみ。

 単調な食事は続き、兵士たちは新たな味を渇望していた。

 この山や森といった自然環境は、兵糧隊にとっては新たな可能性を秘めている。

 食用となる山菜、木の実、そして……
キノコだ。

 危険も伴うが、もし安全な食用キノコを見つけることができれば、乏しい兵糧に彩りと風味を加えることができる。

 千兵衛は、第二師団の兵糧責任者として、兵士たちに安全な山菜やキノコの識別方法を改めて伝え、知識のある者を募って採集隊を編成させた。

 彼らは、警戒を怠らず、周囲をひっそりと探索する。

 そして、幸運にも、比較的安全とされる種類の、しかも十分な量の食用キノコを見つけることができた。
つるつるとした傘、ぽってりとした軸。森の恵みだ。

 採集隊が見つけてきたキノコは、すぐに千兵衛のもとへ届けられた。

 土っぽい香りが、森の深さを感じさせる。
キノコは傷みやすい(第二十九話)。
すぐに調理しなければ、貴重な山の幸が台無しになってしまう。

 千兵衛は、このキノコを使って、兵士たちを驚かせるような、風味豊かな料理を作ることにした。

 主食である麦飯蒸しと組み合わせ、パスタのような、濃厚なソースで麦飯を和える料理のイメージが湧いた。

 限られた資材の中で、濃厚な風味を出すには、やはり「醤油」が決め手となるだろう。

 彼は、キノコを丁寧に洗い、泥や枯れ葉を取り除く。
石突きを切り落とし、しゃくしゃくと食べやすい大きさに切っていく。

 大きな炊事用の鍋を火にかけ、備蓄の脂や油を少量温める。
刻んだキノコを鍋に入れ、ジュウウという音と共に炒める。

 キノコから水分が出て、鍋の中でふつふつと音を立てる。

 キノコがしんなりとしたら、兵糧奉行の貴重な醤油を少量加える。
醤油のこうばしい香りが、キノコの土っぽい香りと混じり合い、ぷんぷんと立ち上る。

 さらに、塩で味を調え、もし手に入るならば、刻んだ野蒜や山椒といった香りの良い野草を少量加える。

 水分が少なくなるまで、コトコトと煮詰め、濃厚なソースを作る。

 キノコの旨味と醤油の風味が凝縮され、たまらない香りがふわりと漂う。

 出来上がった「茸と醤油の風味ソース」は、見た目は茶色っぽいが、キノコの形が残り、深い旨味を感じさせる。

 これを、炊きあがったばかりの、あるいは温め直した滋養麦飯蒸しに、たっぷりと混ぜ込む。

 白っぽい麦飯が、濃厚なソースを纏い、茶色く染まっていく。

 千兵衛は、目の前の、山の恵みと乏しい麦が融合した一品を見て、確かな声で言った。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 千兵衛は、出来上がった「山の恵み! 茸と麦の醤油風味和え」を、その日の夕食として配給させた。

 兵士たちは、椀に盛られた麦飯が、いつもと違う色と香りをしていることに気づき、ん?と顔を上げる。

 立ち上る、キノコと醤油のこうばしい香りに、自然と食欲がかき立てられる。

 その時、軍目付代の井上治部少輔が、炊事場の様子を見回りにやってきた。

 彼は、兵士たちが受け取る料理を見て、眉間に深い皺を寄せる。
そして、立ち上る香りをくんくんと嗅いだ。

 「なんだ、その異様な匂いは?」
井上は千兵衛に詰め寄った。

 「キノコか? 
野生のキノコなど、毒にあたる危険があるだろう!
 それに、貴重な醤油を、そのようにどろどろのソースにして麦飯に混ぜるなど、正気の沙汰か! 
無駄、そして危険極まりない!」

 井上は、千兵衛が毒キノコのリスクを冒していること、そして貴重な醤油を「単なる味付け」のために浪費していると断罪した。

 彼にとって、キノコは危険なもの、醤油は定量的に管理すべきものだ。

 千兵衛の試みは、彼の基準から外れた「無謀な賭け」であり「無駄遣い」なのだ。

 千兵衛は、井上の批判に冷静に答えた。

「井上様。
使用したキノコは、知識のある者たちが入念に識別した、安全なものにございます。

そして、醤油は少量でも、これほど麦飯に豊かな風味と旨味を与え、兵士たちの食欲を増進させます。

 単調な食事は、兵士の心をやせ細らせる。
このキノコと醤油の和え物は、山の恵みを活かし、兵士たちに新たな彩りと活力をもたらす、不可欠な糧なのです。
決して無駄でも、危険でもございませぬ」

 千兵衛は、キノコの安全性を強調し、醤油の「少量で大きな効果」という効率性を訴えた。

 そして、美味さや目新しさが、兵士の心身の健康維持にどれほど重要かを説いた。

 井上は、千兵衛の説明に聞く耳を持たない。
彼はふんと鼻を鳴らし、冷たい目で千兵衛を見下した。

「貴様の言い分など、言い訳に過ぎぬ。
危険を顧みず、資材を浪費する。
許されざることだ。覚えておれ!」

 井上はそう言い捨てて去っていった。

 千兵衛は、井上という壁が、安全性のリスクや、資材の非効率(井上の考える)といった点で、ますます彼のいくさ飯に難癖をつけてくるだろうことを感じた。

 しかし、兵士たちは、茸と麦の醤油風味和えを手にしていた。
皆、そのこうばしい香りに期待を膨らませる。
一口食べる。

「おお!」

 兵士たちの顔に、驚きと喜びが広がる。

 濃厚なキノコの旨味と、醤油の香ばしさが、口いっぱいに広がる。
普段の麦飯が、まるで別の料理になったようだ! つぶつぶとした麦の食感と、ぷりぷりとしたキノコの食感。

 それは、単調な食事の中で、際立つ美味さだった。皆、夢中で椀をかき込んだ。

「美味い!」

「なんだ、これ!」

「また新しい美味い飯だ!」

 兵士たちの間に、活力が戻ってくる。
山の恵みが、千兵衛の手によって、彼らの飢えと心の疲れを癒やす糧となったのだ。

 この山の恵み! 

茸と麦の醤油風味和えは、米が無くても、そして井上治部少輔が危険で無駄だと断じても、千兵衛が兵士たちのために生み出した、彩りと風味豊かな「いくさ飯」だ。

 それは、厳しい自然環境下でも、工夫次第で新たな糧を見出し、兵士の士気を高められることを証明した。

 井上治部少輔との対立は、今後も続いていく。

【今回のいくさ飯】
『山の恵みで食欲増進! 茸と麦の醤油風味和え』

 山間いの行軍中に安全な食用キノコが見つかった際に作られた料理。
キノコを醤油や塩、香りの良い野草などと共に濃厚なソースに煮詰め、滋養麦飯蒸し(第三十四話)に混ぜ込んだ。
キノコの旨味と醤油の香ばしさが、麦飯に風味と彩りを加え、単調な食事の中で兵士の食欲をかき立て、士気を高める。
安全性や資材の活用を巡り、井上治部少輔との対立の原因ともなる。
(現代のキノコのソテー、きのこパスタソースアレンジ。山の恵み、風味豊か、井上治部少輔との対立の象徴)
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