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第三部:兵糧戦線、前進!
第三十九話:癒やしの粥、心に染みる
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補給途絶の危機は、何とか千兵衛の即席水菓子によって急場を凌いだ。
前方部隊は本隊に合流し、兵糧は後続部隊から融通することで、一時的な飢えはしのげた。
しかし、兵士たちの間に残った疲労と不安は大きい。
特に、一時的に孤立し、飢えと恐怖に晒された山岳部隊の兵士たちは、体は助かっても、その顔にはうつろな目が宿り、どこかくたびれた様子で、肩を落としていた。
陣営には、危機が去った安堵と共に、補給線のもろさ、そして井上治部少輔の様子への戸惑いが残っていた。
井上は、危機の間のような取り乱した様子こそないが、口数は少なくなり、どこか隔たったような雰囲気で、兵士たちをじっと見つめていることが多かった。
彼の脳裏には、過去の凄惨な兵站の失敗の記憶がじわりと蘇っているのだろう。
千兵衛は、兵糧の再分配や、今後の備蓄計画に追われながらも、山岳部隊の兵士たちの様子を気にかけていた。
彼らは、物理的な飢えだけでなく、心にも深い傷を負っている。
単に腹を満たすだけでは、その傷は癒えない。
(彼らの体を、そして心を、そっと癒やす食事が……)
千兵衛は、彼らのために特別な食事を用意することにした。
それは、消化が良く、体に優しく、そして心にほっとする温もりをもたらすもの。
乏しい備蓄の中で、それに最も適しているのは、やはり「粥」だろう。
彼は、備蓄の麦や雑穀の中から、最も粥に適した、柔らかく煮えやすいものを選び出した。
大きな鍋に水を張り、穀物を加えて火にかける。
コトコトと、静かな音を立てながら、じっくりと煮込んでいく。
穀物が水分を吸って膨らみ、次第にとろとろとした粘度を帯びていく。
そこに、消化を助け、滋養を加えるために、細かく刻んだ根菜や、水で戻してとろりとなるまで煮た豆を混ぜ込む。
味付けは、ほんの少しの塩と、優しい風味の味噌。
強い味付けはせず、素材本来の味と、粥の優しい甘みを活かす。
煮詰まるにつれて、鍋からは、穀物と野菜の、優しい香りがふわりと立ち上る。
それは、戦場のこうばしい、あるいは生臭い匂いとは全く違う、家庭の温もりを感じさせるような、安らぎの香りだ。
出来上がった「疲労回復と心の安らぎ粥」は、見た目は地味だが、とろとろとして、湯気が立ち上っている。
一口食べれば、胃につるりと収まり、じんわりと体が温まるのが分かるだろう。
千兵衛は、出来上がった粥を、山岳部隊の兵士たちに配給させた。
他の兵士たちよりも優先して、温かいまま、一人ひとりの椀に丁寧に盛っていく。
兵士たちは、目の前に出された温かい粥を見て、はっとした顔をした。
皆、無言で粥を受け取り、湯気をくんくんと嗅ぐ。
そして、おそるおそる、あるいは待ちきれない様子で一口すする。
ほっと……。
兵士たちの口から、安堵のため息が漏れる。温かい粥が、冷え切った体を内側からじんわりと温めていく。
張り詰めていた体の力がふっと抜けるようだ。
とろとろとした優しい舌触りが、荒れた胃に染み渡る。噛む必要がないほど柔らかく、すぐに体に吸収されていくのが分かる。
それは、単なる空腹を満たす食事ではない。
恐怖で強張っていた心が、この温かい粥によってそっと解きほぐされていくのを感じる。
彼らは、皆、無言で、しかし感謝の念を込めて、粥をかき込んだ。
顔からうつろな色が消え、少しずつ生気が戻ってくる。
井上治部少輔は、その様子を少し離れた場所からじっと見ていた。
兵士たちが粥をすする様子、彼らの顔に浮かぶ安堵の表情。
それは、井上の過去のトラウマ、飢餓と絶望の中で倒れていった兵士たちの姿とは、全く対照的な光景だ。
千兵衛は、粥を配り終えると、井上の傍らに歩み寄った。
「井上様。
この粥は、兵士たちの腹だけでなく、張り詰めた心もそっと解きほぐしてくれます」
千兵衛は静かな声で言った。
「飢えや恐怖は、体だけでなく、心に深い傷を残しますから……。
この粥が、彼らの心を少しでも癒やし、明日へ向かう力となれば、と」
千兵衛の言葉は、井上の過去の傷に、直接触れたわけではない。
だが、その「心に傷を残す」という言葉は、井上の胸に深く響いた。
彼は、千兵衛の言葉と、目の前で粥を食べる兵士たちの顔を交互に見る。
千兵衛の言う「いくさ飯」は、単なる物理的な糧ではない。
兵士の体と心、その全てを支えようとしている。
井上の冷たい目が、微かに揺らいだ。
固く閉ざされていた彼の心の扉に、千兵衛の言葉と、粥の温もりがそっと触れた。
彼は、過去の自分が見捨ててしまった兵士たちの姿と、今、千兵衛の粥によって救われている兵士たちの姿を重ね合わせたのだろう。
井上は、何も言わなかった。
ただ、微かにうつむく。
その表情は、いつもの厳格なものではない。
そこには、微かな苦悩と、そして、何かを受け入れ始めたような、微妙な変化が見て取れた。
この疲労回復と心の安らぎ粥は、この危機で露呈した井上治部少輔のトラウマに対し、千兵衛が差し出した「癒やし」の一品だった。
それは、兵士たちの心身を救うと同時に、井上という人間が抱える深い傷に触れ、彼と千兵衛の関係に新たな局面をもたらした。
井上の硬直した兵站観は、千兵衛の人情味のある兵糧の考え方によって、揺さぶられ始めている。
行軍は続く。
戦場は近い。
飢餓、病、疲労、そして過去のトラウマ。千兵衛は、食の力でこれらの全てと戦う。
井上治部少輔との和解は、まだ遠いかもしれない。
だが、この日の粥は、その道のりの最初の一歩となったのだ。
【今回のいくさ飯】
『疲労回復と心の安らぎ粥』
第三十八話での補給途絶の危機を乗り越え、心身ともに疲弊した兵士たちのために作られた粥。
麦や雑穀を水でコトコトと長時間煮込み、とろとろとした、消化の良い状態にしたもの。
細かく刻んだ根菜や、消化の良い豆などを加え、優しい味付けにする。
温かく、胃に優しく、疲労回復を助けるだけでなく、兵士の緊張した心や、飢えと恐怖による精神的な疲れをそっと癒やす効果が期待される。
井上治部少輔の過去の傷に触れ、彼と千兵衛の関係を変化させるきっかけとなった一品。
(現代の回復食、病人食、おかゆ、ポタージュアレンジ。癒やし、精神的な安らぎ、井上治部少輔との関係変化)
前方部隊は本隊に合流し、兵糧は後続部隊から融通することで、一時的な飢えはしのげた。
しかし、兵士たちの間に残った疲労と不安は大きい。
特に、一時的に孤立し、飢えと恐怖に晒された山岳部隊の兵士たちは、体は助かっても、その顔にはうつろな目が宿り、どこかくたびれた様子で、肩を落としていた。
陣営には、危機が去った安堵と共に、補給線のもろさ、そして井上治部少輔の様子への戸惑いが残っていた。
井上は、危機の間のような取り乱した様子こそないが、口数は少なくなり、どこか隔たったような雰囲気で、兵士たちをじっと見つめていることが多かった。
彼の脳裏には、過去の凄惨な兵站の失敗の記憶がじわりと蘇っているのだろう。
千兵衛は、兵糧の再分配や、今後の備蓄計画に追われながらも、山岳部隊の兵士たちの様子を気にかけていた。
彼らは、物理的な飢えだけでなく、心にも深い傷を負っている。
単に腹を満たすだけでは、その傷は癒えない。
(彼らの体を、そして心を、そっと癒やす食事が……)
千兵衛は、彼らのために特別な食事を用意することにした。
それは、消化が良く、体に優しく、そして心にほっとする温もりをもたらすもの。
乏しい備蓄の中で、それに最も適しているのは、やはり「粥」だろう。
彼は、備蓄の麦や雑穀の中から、最も粥に適した、柔らかく煮えやすいものを選び出した。
大きな鍋に水を張り、穀物を加えて火にかける。
コトコトと、静かな音を立てながら、じっくりと煮込んでいく。
穀物が水分を吸って膨らみ、次第にとろとろとした粘度を帯びていく。
そこに、消化を助け、滋養を加えるために、細かく刻んだ根菜や、水で戻してとろりとなるまで煮た豆を混ぜ込む。
味付けは、ほんの少しの塩と、優しい風味の味噌。
強い味付けはせず、素材本来の味と、粥の優しい甘みを活かす。
煮詰まるにつれて、鍋からは、穀物と野菜の、優しい香りがふわりと立ち上る。
それは、戦場のこうばしい、あるいは生臭い匂いとは全く違う、家庭の温もりを感じさせるような、安らぎの香りだ。
出来上がった「疲労回復と心の安らぎ粥」は、見た目は地味だが、とろとろとして、湯気が立ち上っている。
一口食べれば、胃につるりと収まり、じんわりと体が温まるのが分かるだろう。
千兵衛は、出来上がった粥を、山岳部隊の兵士たちに配給させた。
他の兵士たちよりも優先して、温かいまま、一人ひとりの椀に丁寧に盛っていく。
兵士たちは、目の前に出された温かい粥を見て、はっとした顔をした。
皆、無言で粥を受け取り、湯気をくんくんと嗅ぐ。
そして、おそるおそる、あるいは待ちきれない様子で一口すする。
ほっと……。
兵士たちの口から、安堵のため息が漏れる。温かい粥が、冷え切った体を内側からじんわりと温めていく。
張り詰めていた体の力がふっと抜けるようだ。
とろとろとした優しい舌触りが、荒れた胃に染み渡る。噛む必要がないほど柔らかく、すぐに体に吸収されていくのが分かる。
それは、単なる空腹を満たす食事ではない。
恐怖で強張っていた心が、この温かい粥によってそっと解きほぐされていくのを感じる。
彼らは、皆、無言で、しかし感謝の念を込めて、粥をかき込んだ。
顔からうつろな色が消え、少しずつ生気が戻ってくる。
井上治部少輔は、その様子を少し離れた場所からじっと見ていた。
兵士たちが粥をすする様子、彼らの顔に浮かぶ安堵の表情。
それは、井上の過去のトラウマ、飢餓と絶望の中で倒れていった兵士たちの姿とは、全く対照的な光景だ。
千兵衛は、粥を配り終えると、井上の傍らに歩み寄った。
「井上様。
この粥は、兵士たちの腹だけでなく、張り詰めた心もそっと解きほぐしてくれます」
千兵衛は静かな声で言った。
「飢えや恐怖は、体だけでなく、心に深い傷を残しますから……。
この粥が、彼らの心を少しでも癒やし、明日へ向かう力となれば、と」
千兵衛の言葉は、井上の過去の傷に、直接触れたわけではない。
だが、その「心に傷を残す」という言葉は、井上の胸に深く響いた。
彼は、千兵衛の言葉と、目の前で粥を食べる兵士たちの顔を交互に見る。
千兵衛の言う「いくさ飯」は、単なる物理的な糧ではない。
兵士の体と心、その全てを支えようとしている。
井上の冷たい目が、微かに揺らいだ。
固く閉ざされていた彼の心の扉に、千兵衛の言葉と、粥の温もりがそっと触れた。
彼は、過去の自分が見捨ててしまった兵士たちの姿と、今、千兵衛の粥によって救われている兵士たちの姿を重ね合わせたのだろう。
井上は、何も言わなかった。
ただ、微かにうつむく。
その表情は、いつもの厳格なものではない。
そこには、微かな苦悩と、そして、何かを受け入れ始めたような、微妙な変化が見て取れた。
この疲労回復と心の安らぎ粥は、この危機で露呈した井上治部少輔のトラウマに対し、千兵衛が差し出した「癒やし」の一品だった。
それは、兵士たちの心身を救うと同時に、井上という人間が抱える深い傷に触れ、彼と千兵衛の関係に新たな局面をもたらした。
井上の硬直した兵站観は、千兵衛の人情味のある兵糧の考え方によって、揺さぶられ始めている。
行軍は続く。
戦場は近い。
飢餓、病、疲労、そして過去のトラウマ。千兵衛は、食の力でこれらの全てと戦う。
井上治部少輔との和解は、まだ遠いかもしれない。
だが、この日の粥は、その道のりの最初の一歩となったのだ。
【今回のいくさ飯】
『疲労回復と心の安らぎ粥』
第三十八話での補給途絶の危機を乗り越え、心身ともに疲弊した兵士たちのために作られた粥。
麦や雑穀を水でコトコトと長時間煮込み、とろとろとした、消化の良い状態にしたもの。
細かく刻んだ根菜や、消化の良い豆などを加え、優しい味付けにする。
温かく、胃に優しく、疲労回復を助けるだけでなく、兵士の緊張した心や、飢えと恐怖による精神的な疲れをそっと癒やす効果が期待される。
井上治部少輔の過去の傷に触れ、彼と千兵衛の関係を変化させるきっかけとなった一品。
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