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第三部:兵糧戦線、前進!
第四十話:戦場への力、勝鬨の握り飯
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武藤家の大軍は、長く困難な行軍の末、ついに戦場の間近へとたどり着いた。
遠くには、敵の陣営らしき影が見える。
空気がぴりぴりと張り詰め、兵士たちの顔には、これまでの疲労に加え、これから始まる戦いへの重圧と覚悟が浮かんでいる。
兵糧の備蓄は、底をつきかけている。
食料は乏しく、飢餓はすぐそこまで迫っている。
最後の野営地が設営される。焚き火の煙がもくもくと立ち上るが、その下では、静かで、しかし張り詰めた空気が流れている。
兵士たちは、来るべき戦いに備え、それぞれの時間を過ごしている。
ここから先は、文字通りの「戦場」となる。
千兵衛は、第二師団の兵糧責任者として、最後の、そして最も重要な食事の準備に取り掛かっていた。
兵士たちは、この食事で力をつけ、来るべき激戦を戦い抜かねばならない。
乏しい備蓄の中から、可能な限り最高のものを集める。
米は依然として少ないが、残った雑穀、乾燥野菜、豆、そして貴重な肉や魚の乾物、さらには甘みのある乾燥芋などを全て活用する。
彼は、これらの資材を混ぜ合わせ、兵士が戦場へ携帯できる「握り飯」にすることにした。
それは、単なる腹を満たす糧ではない。
勝利への願い、そして兵士一人ひとりが持つ力を最大限に引き出すための「いくさ飯」だ。
千兵衛は、残った雑穀を丁寧に炊き上げる。
そこに、香ばしく炒って砕いた豆や胡麻、細かく刻んで戻した乾燥野菜、そして栄養価の高い肉や魚の乾物を混ぜ込む。
甘みのある乾燥芋も加える。
そして、兵糧奉行の備蓄の中から、特に風味の良い「味噌」を選び出し、飯に混ぜ込む。塩で味を調え、全ての材料が均一になるように混ぜ合わせる。
熱がこもり、栄養と力が凝縮された飯だ。
味噌のこうばしい、発酵した香りが、他の材料と混じり合い、複雑で力強い香りをぷんぷんと立ち上らせる。
混ぜ合わせた飯を、ぎゅっと力を込めて握る。戦場で簡単に崩れないように、しっかりと、そしてコンパクトに。
握るたびに、飯の中から、様々な食材と味噌の、力強い香りがぷんぷんと漂う。力強く、滋養に満ちた香りだ。
出来上がったのは、見た目にもずっしりと重く、彩り豊かな握り飯だ。様々なつぶつぶが見え、栄養が詰まっていることが一目で分かる。
これを、兵士一人ひとりに、戦場へ持っていく携帯食として配るのだ。
千兵衛は、この握り飯に「勝鬨握り(かちどきにぎり)」と名付けた。
来るべき戦いでの勝利を願って。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
千兵衛が、出来上がった勝鬨握りを前に、最後の確認をしている時、一人の男が静かに近づいてきた。
軍目付代、井上治部少輔だ。
井上は、千兵衛の前に立ち、出来上がった勝鬨握りをじっと見つめている。
彼の顔には、以前のような冷たい蔑みや厳格な批判の色はない。
あるのは、沈痛な、そして何かを見定めるような、複雑な表情だ。
井上は、この数日間、千兵衛の兵糧隊の様子を静かに観察していたのだろう。
飢餓、病、疲労、寒さ、そして補給の遅延といった数々の困難の中で、千兵衛の工夫が、兵士たちの命を繋ぎ、士気を維持している様を。
特に、前回の危機で、千兵衛が即座に兵士のために動いたこと、そしてその後の癒やしの粥が兵士たちの心身を回復させた様は、井上自身の過去のトラウマと、そこで見捨てられていった兵士たちの姿と鮮烈な対比をなしただろう。
井上は、勝鬨握りに手を伸ばし、一つ手に取った。
ずっしりとした重みを感じながら、しばらく黙ってそれを見つめている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
その声の調子は、以前とは全く違っていた。
「……見事だ、伊吹殿」
井上は、低い声で言った。
「私は、兵站の失敗が、いかに兵士の命を無残に奪うかを知っている……
かつて、多くの者を見捨ててしまった……
兵糧とは、ただ数を揃えれば良いと思っておった……」
井上は、自身が抱える深い心の傷を、千兵衛の前で初めて微かに露呈させた。
彼の厳格さ、効率への執着は、二度とあの悲劇を繰り返したくない、という強い願いの裏返しだったのだ。
井上は、勝鬨握りをぎゅっと握りしめた。
「……だが、貴殿は違った。
乏しい中でも、兵士の腹を満たし、体を癒やし、心を支える糧を生み出した……
美味さが、希望となり、活力が生まれ、死に瀕した兵士が立ち上がる様を見た……
私の考えは、あまりにも硬直しておった……
兵糧とは、単なる物資ではないのだな……」
井上は、千兵衛の「いくさ飯」が、自身の過去のトラウマによって固まってしまった「兵糧観」を、根本から揺さぶったことを認めた。
それは、千兵衛の人情味のある兵糧の考え方が、井上の厳格な兵站観を乗り越えた瞬間だった。
千兵衛は、井上の言葉を静かに聞いていた。
彼の過去の苦しみを知った今、井上の厳しさに対するわだかまりは消え、深い理解と尊敬の念が生まれた。
「井上様……
食は、命そのものでございます。
飢えを凌ぎ、力を与え、そして、生きる希望を灯す。それが、いくさ飯にございます」
千兵衛は、真っ直ぐな目で井上を見た。
井上は、千兵衛の言葉に、微かに頷いた。
そして、勝鬨握りを千兵衛に差し出した。
「貴殿こそ、真の兵糧奉行となるべき人物やもしれぬ……
この勝鬨握り、受け取ろう。
貴殿のいくさ飯が、我らを勝利へ導くことを願う」
井上と千兵衛の間に、言葉以上の理解が生まれた。
かつて敵対した二人は、今、兵士の命を守るという同じ志のもと、固い信頼で結ばれた。
井上は、これまでの資材制限を撤廃し、千兵衛の兵糧運営を全面的に支援することを約束した。
出来上がった勝鬨握りが、前線へと運ばれていく。
兵士たちは、この特別な握り飯を受け取り、その見た目と香りに、来るべき戦いへの気合が入るのを感じた。
一口もぐもぐと噛みしめ、体中にじんわりと力が満ちていくのを感じる。
味噌の濃厚な旨味と、他の食材の風味が混じり合い、身体の中からただならぬ力が湧いてくることを感じていた。
この勝鬨握りは、第三部の「兵糧戦線、前進!」の旅路の全てを凝縮した一品だ。
飢餓、寒さ、病、疲労、そして井上治部少輔との対立。
全ての困難を乗り越え、兵士を戦場へ立たせるための力。
そして、井上治部少輔との和解の証。
第三部は終わり、第四部、戦場での本当の戦いが、今まさに始まろうとしている。
千兵衛のいくさ飯と、井上という新たな理解者の支えを得て、武藤家の大軍は、飢餓と敵、そして自身の限界に挑む。
戦場の混沌の中で、食の力は、兵士たちの命を繋ぐ光となるのだろうか。
【今回のいくさ飯】
『戦場への力、五穀と滋養の勝鬨握り』
第三部の行軍の終わりに、来るべき大戦に備えて作られた、兵士携帯用の握り飯。
最良の雑穀飯に、炒り豆や胡麻、乾燥野菜、貴重な肉や魚の乾物、甘みのある乾燥芋などを混ぜ込み、さらに風味と滋養、保存性を高める味噌を加えて、しっかりと握られている。
栄養価とエネルギー密度が非常に高く、戦場で兵士の体力を維持する生命線となる。
勝利への願いを込めて「勝鬨握り」と名付けられた。
井上治部少輔が千兵衛のいくさ飯を理解し、和解に至るきっかけとなった象徴的な一品。
(現代の栄養強化おにぎり、戦闘糧食、味噌味。最終決戦への準備、士気向上、井上治部少輔との和解)
遠くには、敵の陣営らしき影が見える。
空気がぴりぴりと張り詰め、兵士たちの顔には、これまでの疲労に加え、これから始まる戦いへの重圧と覚悟が浮かんでいる。
兵糧の備蓄は、底をつきかけている。
食料は乏しく、飢餓はすぐそこまで迫っている。
最後の野営地が設営される。焚き火の煙がもくもくと立ち上るが、その下では、静かで、しかし張り詰めた空気が流れている。
兵士たちは、来るべき戦いに備え、それぞれの時間を過ごしている。
ここから先は、文字通りの「戦場」となる。
千兵衛は、第二師団の兵糧責任者として、最後の、そして最も重要な食事の準備に取り掛かっていた。
兵士たちは、この食事で力をつけ、来るべき激戦を戦い抜かねばならない。
乏しい備蓄の中から、可能な限り最高のものを集める。
米は依然として少ないが、残った雑穀、乾燥野菜、豆、そして貴重な肉や魚の乾物、さらには甘みのある乾燥芋などを全て活用する。
彼は、これらの資材を混ぜ合わせ、兵士が戦場へ携帯できる「握り飯」にすることにした。
それは、単なる腹を満たす糧ではない。
勝利への願い、そして兵士一人ひとりが持つ力を最大限に引き出すための「いくさ飯」だ。
千兵衛は、残った雑穀を丁寧に炊き上げる。
そこに、香ばしく炒って砕いた豆や胡麻、細かく刻んで戻した乾燥野菜、そして栄養価の高い肉や魚の乾物を混ぜ込む。
甘みのある乾燥芋も加える。
そして、兵糧奉行の備蓄の中から、特に風味の良い「味噌」を選び出し、飯に混ぜ込む。塩で味を調え、全ての材料が均一になるように混ぜ合わせる。
熱がこもり、栄養と力が凝縮された飯だ。
味噌のこうばしい、発酵した香りが、他の材料と混じり合い、複雑で力強い香りをぷんぷんと立ち上らせる。
混ぜ合わせた飯を、ぎゅっと力を込めて握る。戦場で簡単に崩れないように、しっかりと、そしてコンパクトに。
握るたびに、飯の中から、様々な食材と味噌の、力強い香りがぷんぷんと漂う。力強く、滋養に満ちた香りだ。
出来上がったのは、見た目にもずっしりと重く、彩り豊かな握り飯だ。様々なつぶつぶが見え、栄養が詰まっていることが一目で分かる。
これを、兵士一人ひとりに、戦場へ持っていく携帯食として配るのだ。
千兵衛は、この握り飯に「勝鬨握り(かちどきにぎり)」と名付けた。
来るべき戦いでの勝利を願って。
「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」
千兵衛が、出来上がった勝鬨握りを前に、最後の確認をしている時、一人の男が静かに近づいてきた。
軍目付代、井上治部少輔だ。
井上は、千兵衛の前に立ち、出来上がった勝鬨握りをじっと見つめている。
彼の顔には、以前のような冷たい蔑みや厳格な批判の色はない。
あるのは、沈痛な、そして何かを見定めるような、複雑な表情だ。
井上は、この数日間、千兵衛の兵糧隊の様子を静かに観察していたのだろう。
飢餓、病、疲労、寒さ、そして補給の遅延といった数々の困難の中で、千兵衛の工夫が、兵士たちの命を繋ぎ、士気を維持している様を。
特に、前回の危機で、千兵衛が即座に兵士のために動いたこと、そしてその後の癒やしの粥が兵士たちの心身を回復させた様は、井上自身の過去のトラウマと、そこで見捨てられていった兵士たちの姿と鮮烈な対比をなしただろう。
井上は、勝鬨握りに手を伸ばし、一つ手に取った。
ずっしりとした重みを感じながら、しばらく黙ってそれを見つめている。
そして、ゆっくりと口を開いた。
その声の調子は、以前とは全く違っていた。
「……見事だ、伊吹殿」
井上は、低い声で言った。
「私は、兵站の失敗が、いかに兵士の命を無残に奪うかを知っている……
かつて、多くの者を見捨ててしまった……
兵糧とは、ただ数を揃えれば良いと思っておった……」
井上は、自身が抱える深い心の傷を、千兵衛の前で初めて微かに露呈させた。
彼の厳格さ、効率への執着は、二度とあの悲劇を繰り返したくない、という強い願いの裏返しだったのだ。
井上は、勝鬨握りをぎゅっと握りしめた。
「……だが、貴殿は違った。
乏しい中でも、兵士の腹を満たし、体を癒やし、心を支える糧を生み出した……
美味さが、希望となり、活力が生まれ、死に瀕した兵士が立ち上がる様を見た……
私の考えは、あまりにも硬直しておった……
兵糧とは、単なる物資ではないのだな……」
井上は、千兵衛の「いくさ飯」が、自身の過去のトラウマによって固まってしまった「兵糧観」を、根本から揺さぶったことを認めた。
それは、千兵衛の人情味のある兵糧の考え方が、井上の厳格な兵站観を乗り越えた瞬間だった。
千兵衛は、井上の言葉を静かに聞いていた。
彼の過去の苦しみを知った今、井上の厳しさに対するわだかまりは消え、深い理解と尊敬の念が生まれた。
「井上様……
食は、命そのものでございます。
飢えを凌ぎ、力を与え、そして、生きる希望を灯す。それが、いくさ飯にございます」
千兵衛は、真っ直ぐな目で井上を見た。
井上は、千兵衛の言葉に、微かに頷いた。
そして、勝鬨握りを千兵衛に差し出した。
「貴殿こそ、真の兵糧奉行となるべき人物やもしれぬ……
この勝鬨握り、受け取ろう。
貴殿のいくさ飯が、我らを勝利へ導くことを願う」
井上と千兵衛の間に、言葉以上の理解が生まれた。
かつて敵対した二人は、今、兵士の命を守るという同じ志のもと、固い信頼で結ばれた。
井上は、これまでの資材制限を撤廃し、千兵衛の兵糧運営を全面的に支援することを約束した。
出来上がった勝鬨握りが、前線へと運ばれていく。
兵士たちは、この特別な握り飯を受け取り、その見た目と香りに、来るべき戦いへの気合が入るのを感じた。
一口もぐもぐと噛みしめ、体中にじんわりと力が満ちていくのを感じる。
味噌の濃厚な旨味と、他の食材の風味が混じり合い、身体の中からただならぬ力が湧いてくることを感じていた。
この勝鬨握りは、第三部の「兵糧戦線、前進!」の旅路の全てを凝縮した一品だ。
飢餓、寒さ、病、疲労、そして井上治部少輔との対立。
全ての困難を乗り越え、兵士を戦場へ立たせるための力。
そして、井上治部少輔との和解の証。
第三部は終わり、第四部、戦場での本当の戦いが、今まさに始まろうとしている。
千兵衛のいくさ飯と、井上という新たな理解者の支えを得て、武藤家の大軍は、飢餓と敵、そして自身の限界に挑む。
戦場の混沌の中で、食の力は、兵士たちの命を繋ぐ光となるのだろうか。
【今回のいくさ飯】
『戦場への力、五穀と滋養の勝鬨握り』
第三部の行軍の終わりに、来るべき大戦に備えて作られた、兵士携帯用の握り飯。
最良の雑穀飯に、炒り豆や胡麻、乾燥野菜、貴重な肉や魚の乾物、甘みのある乾燥芋などを混ぜ込み、さらに風味と滋養、保存性を高める味噌を加えて、しっかりと握られている。
栄養価とエネルギー密度が非常に高く、戦場で兵士の体力を維持する生命線となる。
勝利への願いを込めて「勝鬨握り」と名付けられた。
井上治部少輔が千兵衛のいくさ飯を理解し、和解に至るきっかけとなった象徴的な一品。
(現代の栄養強化おにぎり、戦闘糧食、味噌味。最終決戦への準備、士気向上、井上治部少輔との和解)
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