【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第四部:決戦、飢餓の戦場

第四十九話:飢餓の終焉、そして一匙の希望

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 敵将が討ち取られた後、血と泥、そして倒れ伏した兵士たちで埋め尽くされた戦場に、重く、しかし確かな静寂が訪れた。

 敵からの攻撃は完全に止み、遠くで聞こえるのは、味方と敵、分け隔てなく上がる苦悶の呻き声と、風の音だけだった。

 飢餓の戦場は、戦ではなく、飢餓という名の見えざる敵によって、その凄惨な幕を閉じたのだ。

 井上治部少輔は、敵将の首級を手に、その場に立ち尽くしていた。

 彼の体は飢餓と疲労で限界を超えていたが、その目に宿る光はまだ消えていない。

 武将としての役目を果たしたという安堵、そしてこの凄惨な結末を迎えたことへの痛みが入り混じっていた。

 彼の傍らには、千兵衛と、彼に付き従ったわずかな兵士たちが、泥まみれになりながらも立っていた。

 彼らもまた、文字通りの死線を越えてきたのだ。

「治部少輔様……」

 千兵衛が、掠れた声で井上治部少輔に話しかけた。

 井上治部少輔は、千兵衛の方を向いた。
その顔に、わずかに表情が戻る。

 彼は、千兵衛の肩に手を置いた。

「千兵衛……貴様のおかげだ。
貴様が、あの『澱』で命を繋ぎ止めてくれなければ、我々は動くことすらできなかった。
そして、貴様の、あの生き抜くという執念が……
最後の力をくれた」

 井上治部少輔は、正直な気持ちを口にした。

 敵将討ち取りは武将としての自分の手柄だが、それを可能にしたのは、千兵衛が極限の状況で生み出した「いくさ飯」、そして彼の揺るぎない生存への意志だった。

 千兵衛は、井上治部少輔の言葉を聞いて、何も言えなかった。

 ただ、目の前の光景——
倒れ伏した味方と敵、そして静寂を取り戻した戦場——
を見つめていた。

 自分の「いくさ飯」が、この戦いを終わらせる一助となった。
しかし、その代償は、あまりにも大きかった。

 生き残った兵士たちの間から、弱々しい歓声が上がった。
敵将が討たれたことが、味方の陣にも伝わったのだろう。

 しかし、その声はすぐに、安堵からくる脱力した呻き声や、涙声へと変わった。
多くの仲間が、飢えと戦いの中で倒れたのだ。

 井上治部少輔は、残った兵士たちに指示を出した。
動ける者で、倒れた仲間や敵の状況を確認し、まだ息のある者を探すようにと。

 そして、休息と、わずかに残った水で口を湿らせることを許した。

 絶望の淵から、わずかな希望が芽生えた瞬間だった。

 戦場に横たわる兵士たちは、もはや敵味方の区別なく、ただ飢餓と戦った人間として、そこにいた。

 千兵衛は、そんな彼らの間を歩きながら、自らの「いくさ飯」が、単なる食事ではなく、この戦場で生と死を分かつ、究極の存在であったことを改めて感じていた。

 どれくらいの時間が経っただろうか。

 静寂に包まれた戦場に、遠くから地響きのような音が近づいてきた。

 そして、次第に大きくなるその音と共に、旗印が見えた。

 味方の旗だ!

 生き残った兵士たちの間に、再びざわめきが広がる。
今度のそれは、間違いなく希望のざわめきだった。

 遅れて到着した、本隊からの補給部隊だった。
彼らは、途中の困難を乗り越え、ようやくこの戦場に辿り着いたのだ。

 補給部隊が陣地に到着すると、その場の空気は一変した。

 兵士たちは、救援の到着に泣き崩れ、補給部隊の兵士たちに抱きつく者さえいた。

 補給部隊の兵士たちもまた、凄惨な戦場の様子と、味方の衰弱した姿に言葉を失っていた。

 そして、待ち望んだ食料と水、医薬品が配られ始めた。
保存の効く干し肉、堅パン、そして何よりも、汚れのない水。

 兵士たちは、器を受け取ると、もはや理性を保つのに精一杯という様子で、貪るようにそれを口に運んだ。

 久々に口にする、まともな食料。
その一口一口が、彼らの体に染み渡っていく。

 美味さ。
滋養。
そして、人間として、まともなものを食べているという、何よりも確かな実感。

 涙を流しながら食べる者、ただ無言でひたすら噛みしめる者。

 千兵衛は、補給部隊から渡された堅パンを手に、この光景を見ていた。

 自分が作った「命の澱」とは、あまりにも違う、この「いくさ飯」。

 これは、命を繋ぐだけでなく、人間性を取り戻させる食事だ。
彼の目に、熱いものが込み上げてきた。

 兵糧隊として、この瞬間のために、自分は戦ってきたのだと。

 井上治部少輔は、補給部隊の指揮官と状況の確認をしていた。
戦いの終結、敵将の討ち取り、そして味方の壊滅的な被害状況。

 彼の顔は厳しいままだったが、その声には、ようやく活路を見出したという響きがあった。

 戦いは終わった。
飢餓の地獄は去った。

 しかし、残されたのは、多くの犠牲と、深い心の傷、そして衰弱しきった体だ。

 補給部隊との合流は、彼らに物理的な命綱を与えたが、本当の苦難は、これから始まるのかもしれない。

 井上治部少輔は、再編成を急がせ、負傷者の手当てと、兵士たちの回復を優先するよう指示を出した。

 そして、故郷への帰還の準備を始めた。

「行くぞ。
家に帰るぞ」
井上治部少輔の声が響いた。

「いくさ飯」は、極限の飢餓を乗り越えるための「命の澱」から、故郷への長い道のりを支えるための糧へと、その役割を変える。

 戦場に散った無数の命。
生き残った者たちの背負うもの。

 第四部「決戦、飢餓の戦場」は終結し、物語は、傷つき疲弊した兵士たちの、長く、そして新たな戦いとなる帰還の道へと向かう。

【今回のいくさ飯】
 待ち望んだ補給部隊からのまともな食料。干し肉、堅パン、そしてきれいな水。

 飢餓を乗り越えた兵士たちにとって、これは単なる食料ではなく、人間性を取り戻し、生きる希望を再確認させる「いくさ飯」となった。
千兵衛が作った「命の澱」との対比で、食の持つ多面的な意味が強調される。
(補給部隊の到着、飢餓からの解放、最初の食事、兵士たちの反応、井上治部少輔の新たな指揮、帰還への準備、第四部完結)
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