【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第五部:帰還、そして束の間の平穏

第五十一話:行軍の知恵棒、滋養凝縮棒

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 戦場から離れ、数日が経過した。

 兵士たちの行進は続く。生還の白粥(第五十話)によって、胃腸は少し落ち着き、体力の回復が始まったばかりだ。

 しかし、戦場と飢餓で受けた傷は深く、歩みは遅い。
兵士たちはトボトボと、故郷を目指して重い足音を響かせながら進む。

 戦場の興奮は冷め、残されたのは、単調な行軍と、疲弊しきった体だけだ。

 帰還の道のりは、戦場での戦闘とは異なる、別の種類の困難を伴う。
それは、距離、時間、そして自身の体との戦いだ。

 補給部隊と共に、一時的に物資の心配はなくなったものの、帰還まで持つか分からないという不安は拭えない。

 兵士たちには、この長い道のりを歩き抜くための、持続的な力が必要だった。
そして、その長い、単調な道のりを歩く兵士たちの心も支える糧が必要だった。

 千兵衛は、この帰還行軍における兵糧の役割を理解していた。

 それは、単にエネルギーを補給するだけでなく、兵士に喜びと安らぎを与え、厳しい道のりにおけるささやかな楽しみとなるものであるべきだと考えた。

 補給部隊からもたらされた、比較的豊富にある多様な資材を前に、千兵衛の想像力が刺激される。

 夕暮れの野営地。

 千兵衛と兵糧隊の兵士たちは、この「いくさ飯」の準備に取り掛かる。

 それは、後に兵士たちが「歩くのが少しだけ楽になった」「あの包みを楽しみに歩いた」と語るような、美味しく、心を満たす糧だ。

 まず、上質の穀物(米や麦など)を炊き上げる。
同時に、補給部隊が持つ乾燥野菜、豆、

 そして何よりもこうばしい香りを放つ木の実(胡桃や榛の実など)や胡麻を、火にかけてパチパチと音を立てながら丁寧に炒る。
炒ることで、香りが引き立ち、栄養の吸収も良くなる。

 別の鍋では、乾燥果実(干し柿や干し芋など)を水で戻し、ねりねりとすり潰して甘いペーストを作る。

 さらに、味噌に少量の甘みを加えて火にかけ、照りが出るまで煮詰めた、甘じょっぱい味噌ペーストも用意する。
これは、味に深みと意外性を与えるためだ。

 炊きあがった穀物に、炒った木の実や胡麻、そして刻んだ乾燥果実を混ぜ合わせる。
そこに、甘い果実ペーストと、甘じょっぱい味噌ペーストをバランス良く加える。

 全体が均一になるように丁寧に混ぜていく。

 穀物の優しい香りに、炒った木の実の香ばしさ、果実の甘み、そして味噌の風味が混じり合い、何とも言えない、食欲をそそる香りがふわりと漂う。

 出来上がったものを、一口サイズ、あるいは二口サイズに分け、青々とした竹の葉(笹の香り)で一つ一つ丁寧に包む(包む音)。竹の葉で包むことで、携帯しやすく、ほんのりとした良い香りが移り、そして心持ち保存性も高まる。

 出来上がったのは、「帰途の糧包、滋養と甘みの包み」だ。

 見た目は竹の葉で包まれた素朴な包みだが、手に取るとずっしりと重い。
葉の間からは、中身の豊かな彩りが少しだけ覗く。

 翌朝、帰還行軍が始まる前に、糧包が兵士たちに配られた。

 兵士たちは、手に取った糧包のずっしりとした重みと、カチカチの硬さに、ん?という表情をする。

 戦場での味気ない携帯食とは明らかに違う。
千兵衛殿が作ったものだと聞いて、期待を込めて腰の袋にしまう。

 行進が続く。単調な一定のリズムで足が動く。

 しばらく歩くと、腹が空いてくる。
兵士たちは、立ち止まることなく、歩きながら腰の袋から糧包を取り出す。

 さらさらと、竹の葉を解く。
笹の清涼な香りと共に現れたのは、米や麦をベースに、様々な木の実や果実が混ぜ込まれた豊かな見た目の糧だ。

 むぎゅっと噛み付く。
もぐもぐと噛みしめる。

 まず感じるのは、穀物の優しい甘みと、炒った木の実や胡麻のこうばしさだ。

 そして、噛み進めるうちに、乾燥果実のねっとりとした甘みと、甘じょっぱい味噌ペーストの意外な風味が現れる。

 カリカリとした木の実の食感が、単調な咀嚼に良いアクセントを与える。

 それは、本当に美味しかった。

 戦場で味わった、泥や獣の残滓のような絶望的な味ではない。
故郷で食べた、温かい食事を思わせるような、優しく、豊かな味わい。

 噛みしめるごとに、体の中にじんわりと滋養が染み渡るのを感じる。

 空腹が満たされ、疲労が少しだけ和らぐ。そして何よりも、美味しいものを食べているという喜びが、単調で苦しい行進の大きな支えとなる。

 帰途の糧包は、兵士たちの歩みを支える持続的なエネルギー源であると同時に、彼らの心に希望と喜びを灯す、生きた糧となった。

 皆、次の休憩時間や、次の糧包を楽しみに、一歩ずつ確実に故郷を目指して進んでいく。

 軍目付代の井上治部少輔は、帰還行軍の様子を厳しい、しかし温かい眼差しで見ていた。

 彼は、自身も糧包をゆっくりと噛みしめながら歩いていた。
その複雑で豊かな風味に、井上は目を見張った。単なる兵糧ではない。

 兵士たちの顔色が、糧包を食べている間は明らかになることに気づく。

 千兵衛の「いくさ飯」は、物理的な計算だけでは量れない、計り知れない力を持っていることを、井上は改めて痛感していた。

 千兵衛は、糧包を噛みしめながら、どこか楽しげに歩く兵士たちの姿を見て、心の中で兵糧哲学を唱えた。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 帰還の旅は、まだ長く続く。
道は険しく、困難も伴うだろう。

 しかし、兵士たちは、千兵衛の「帰途の糧包」を糧に、体力を維持し、心を支えながら、一歩ずつ、確かに故郷を目指して進んでいく。

 それは、単なる生存のための行進ではなく、希望を噛みしめる旅だった。

【今回のいくさ飯】
『帰途の糧包、滋養と甘みの包み』

帰還行軍の長い道のりを支え、心を癒やす携帯食。
第五部、戦場からの帰還の途についた兵士たちのために、補給部隊からの多様な穀物、豆、種子、乾燥肉、乾燥魚、乾燥野菜、乾燥果実などを活用し、炒った木の実や胡麻、乾燥果実のペースト、甘じょっぱい味噌ペーストなどを混ぜ込み、竹の葉で包んだ携帯食。複数の食感(もっちり、カリカリ)と味(甘み、しょっぱさ、こうばしさ、旨味)の組み合わせが美味しく、兵士の持続的なエネルギーと精神的な満足を同時に満たす。
単調で苦しい行軍における大きな楽しみとなり、士気を維持する。
千兵衛の創意工夫が光る一品。
井上治部少輔もその効果を認め、帰還兵站の重要な要素となる。
(現代の栄養補助食品、エナジーバー、和風スイーツ、キャンプ飯の概念。帰還、持久力、美味しさ、心の支え、加工技術)
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