【完結】『いくさ飯の若武者 ~乾坤一擲、兵糧奮闘記~』

月影 朔

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第五部:帰還、そして束の間の平穏

第五十四話:里山の彩り、玉子と滋味の炒め物

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 帰還行軍が続き、武藤家の大軍は、戦場から遠く離れた、人里近くまで辿り着いた。

 遠目に、集落らしき影が見えてくる。
兵士たちの間に、ざわめきが広がる。

 戦場での死闘、そして飢餓の記憶がまだ新しい彼らにとって、人の暮らしがある場所は、どこか遠い世界のように感じられた。

 近づくにつれて、集落の様子がはっきりとしてくる。

 家々があり、畑があり、そして……
人がいる。
子供たちの声や、生活音が、風に乗って運ばれてくる。

 戦場の静寂に慣れきっていた兵士たちには、その普通の音が、ひどく新鮮に、そして胸に迫るものとして響いた。

 村人たちは、突如現れた大軍に、最初は恐れと警戒の表情を浮かべていた。

 しかし、彼らが味方の旗印であること、そして疲弊しきった様子を見て、やがて安堵と、かすかな同情へと変わっていく。

 中には、戦に行った家族を持つ者もいるのだろう。

 軍は村そのものには入らず、手前の空き地に野営地を設営することになった。

 井上治部少輔は、村の庄屋や名主と丁寧な言葉で話し合い、補給のための物資購入と、一時的な休息場所の確保を交渉する。

 彼の顔には、戦場での厳しい表情だけでなく、民を治める者としての配慮が浮かんでいる。

 千兵衛は、井上治部少輔の許可を得て、村から物資を分けてもらう役目を担った。

 兵糧隊の兵士数名と共に村に入ると、そこには、戦場の殺伐さとは無縁の、穏やかな日常があった。

 畑には作物が植えられ、鶏が鳴き、井戸端では女たちが洗濯をしている。

 千兵衛の目に留まったのは、畑で育つ瑞々しい野菜、そして、かごの中で動く、貴重な鶏卵だった。

 千兵衛は、庄屋に感謝の言葉を述べ、適正な対価を支払って物資を受け取った。

 籠いっぱいの色鮮やかな野菜、そしてつやつやとした鶏卵。
飢餓の戦場では、文字通り夢にも見られなかった、生命力に満ちた食材だ。

 その輝き、そして土の匂いや、温もりを感じさせる香りに、千兵衛の心は震えた。

 野営地に戻った千兵衛は、兵糧隊に指示を出した。

 今日の食事は、補給部隊の米と、村から分けてもらった新鮮な恵みを組み合わせる。

 特に、村の野菜と鶏卵を使い、兵士たちが驚くような美味しいものを作る。

 兵糧隊の兵士たちは、野営地の片隅に火を起こし、鉄鍋や平らな石などを熱する。

 千兵衛の指示で、村の野菜をトントンと手早く刻む。
補給部隊の乾燥肉や乾燥魚は、湯で戻して細かく切る。

 そして、貴重な鶏卵を器に割り入れ、よく溶きほぐす。

 熱した鍋や石に油を引き(もし油がなければ、炙った肉や魚から出る脂を使う)、まず乾燥肉や乾燥魚を炒める。

 ジュージューと、香ばしい音が立つ。

 次に、刻んだ新鮮な野菜を一気に加える。野菜の色鮮やかさが、熱でぱっと際立つ。

 千兵衛は手際よく混ぜ合わせながら、塩や味噌、あれば少量の醤油などで味を調える。

 最後に、溶き卵を回し入れ、全体と混ぜ合わせる。
卵が固まり、色とりどりの野菜や肉と一体となる。

 出来上がったのは、「里山の彩り、玉子と滋味の炒め物(さとやまのいろどり、たまごとじみのいためもの)」だ。

 湯気を立てる鍋の中には、緑、白、赤、茶色といった様々な色が混じり合い、見た目にも非常に美しい。

 そして、鍋からは、温かい、香ばしい、そして何とも言えない美味しい香りがぶわっと野営地中に広がる。

 戦場の匂いとは全く違う、豊かで、生命を感じさせる香りだ。

 食事が配られる。

 兵士たちは、椀に盛られた、色鮮やかで、湯気を立てる炒め物を見て、目を見張った。

 ご飯と共に、彩り豊かな炒め物が乗っている。
その良い香りに、皆、唾を飲む。

 兵士たちは、待ちきれない様子で箸や手で炒め物を口に運ぶ。

 もぐもぐと噛みしめる。

 まず感じるのは、新鮮な野菜のさっぱりとした甘みと、シャキシャキとした食感。

 そして、玉子のふんわりとした舌触りと、肉や魚の濃厚な旨味、バランスの良い味付けが、口いっぱいに広がる。

「う、うまい……!」

「これは、本当に美味い!」

「玉子だ……
玉子だぞ!」

 兵士たちの間に、歓声が上がる。

 戦場で、泥や獣の残滓しか知らなかった彼らにとって、この温かく、彩り豊かで、そして間違いなく美味しい炒め物は、衝撃的な美味さだった。

 体中に、温かい滋養がじんわりと染み渡るのを感じる。

 それは、単なる飢えを満たす行為ではない。故郷で食べる、当たり前の、そして何よりも美味しい食事だ。

 食事をする兵士たちの顔に、満面の笑顔(笑顔)が浮かぶ。

 美味しいものを食べているという純粋な喜び、そして、故郷が近いという確かな希望が、彼らの心を内側から満たしていく。

 野営地全体が、温かい空気と、美味しいという声でざわめく。

 千兵衛は、美味しそうに炒め物を食べる兵士たち、そして、輝くような笑顔を見せる兵士たちを見て、心の中で兵糧哲学を唱えた。

「乏しき中にこそ、美味は宿る。
これぞ、いくさ飯。」

 村の子供たちが、野営地の外から興味深そうに兵士たちを見ている。

 千兵衛は、兵糧隊の兵士に、出来上がった炒め物とご飯を少し分けて、子供たちに渡すよう指示した。

 子供たちは、恐る恐るそれを受け取り、一口食べて、ぱっと満面の笑顔になる。
兵士たちも、それを見て、自然と笑顔になる。

 食は、兵と民の間に温かい交流を生み出した。

 軍目付代の井上治部少輔は、兵士たちが食事をする様子と、村人との交流を穏やかな表情で見守っていた。

 彼は、千兵衛の元へ歩み寄り、その炒め物を一口もらった。

 口に広がる豊かな味わいと、新鮮な野菜の食感に、井上は目を見開く。

 そして、兵士たちの輝くような笑顔を見つめながら、深く頷いた。

 千兵衛のいくさ飯は、兵士の体と心だけでなく、兵と民の関係までも癒やし、繋ぐ力を持っていることを、井上は改めて痛感していた。

 里での休息は、帰還行軍における重要な節目となった。

 新鮮な里の恵みは、兵士たちの体を回復させ、故郷の味は、彼らの心を癒やし、故郷への希望をより確かなものにした。

 戦場から故郷へ。

 食は、その長い、そして意味深い道のりを、共に歩む。

【今回のいくさ飯】
『里山の彩り、玉子と滋味の炒め物』

帰還行軍中に立ち寄った村で、新鮮な食材を加えて作られた、心躍る美味しい食事。
戦場からの帰還の途についた兵士たちが、人里近くで得た新鮮な野菜や鶏卵などの地元食材と、補給部隊の米、乾燥肉などを組み合わせて、野営地で工夫して調理した炒め物。
色鮮やかで、豊かな香りと味わいを持つ。
戦場の飢餓で失われた生命力を補い、乾燥保存食中心の食事に彩りと活力、そして美味しさという大きな喜びをもたらす。
故郷の味を兵士に思い出させ、心理的な回復と、戦場という異常な世界から日常への帰還を促す。
また、兵と民との間に温かい交流を生み出すきっかけとなる。
井上治部少輔もその効果を認め、帰還兵站における重要な要素となる。
(現代のキャンプ飯、BBQ、炒め物の概念。帰還、回復、美味しさ、心の回復、民との交流、地産地消、卵料理)
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