【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第一章:没落の姫、修羅の道へ

第九話:月下の初陣

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 朽ちかけた廃寺の本堂前。

 月明かりがわずかに差し込む中、さつきの目に映るのは、漆黒の装束を纏った数名の朧衆と、彼らの手にある綾小路家の古文書だった。

 復讐の対象が目の前にいる。さつきの心臓は、静かに、しかし激しく鼓動していた。

「藤次郎、小夜。準備はいいか」

 さつきが低い声で問いかけると、藤次郎はニヤリと笑い、槍を構えた。小夜は緊張した面持ちだったが、さつきの隣に立つ藤次郎の背中を見て、強く頷いた。

 その瞬間、さつきは一歩踏み出した。

「朧衆、貴様ら!」

 さつきの声が闇に響き渡った。朧衆の男たちは一斉にさつきたちの方を振り返った。その顔は、どれも無表情で、感情の欠片も感じられない。

「何者だ!」

 朧衆の一人が、警戒した声で問いかけた。さつきは、憎しみを込めて言い放った。

「綾小路の、仇だ!」

 その言葉と共に、さつきは月下の闇を切り裂くように駆け出した。抜き放たれた愛刀が、月光を反射して銀色に輝く。

 朧衆は、さつきの素早い動きに即座に反応し、その数人が一斉に飛びかかってきた。彼らの手には、闇夜に紛れる漆黒の小太刀が握られている。

 キンッ!

 カキンッ!

 さつきの刀と、朧衆の小太刀が激しくぶつかり合う。朧衆の動きは、これまでにさつきが相手にしてきた夜盗とはまるで違う。
無駄のない動き、連携の取れた攻撃。まさに、暗殺集団の名に恥じない実力だった。

 だが、さつきの剣は、師の厳しい修行で培われたものだ。朧衆の素早い攻撃を冷静に見切り、最小限の動きでかわしながら、確実に反撃を繰り出す。

 彼女の剣は、まるで月夜に舞う蝶のように優雅でありながら、その一太刀一太刀は、鋼鉄のように重い。

「ぐっ!」

 朧衆の一人が、さつきの刀によって腕を斬られ、呻き声を上げた。もう一人の朧衆が、その隙を突いてさつきの背後から迫る。

 その時、轟音と共に、背後から迫っていた朧衆が吹き飛ばされた。

「へへ、そいつは俺の獲物だぜ、姐さん!」

 藤次郎の豪快な声が響き渡る。彼の長い槍が、朧衆の連携を打ち破り、その陣形を乱していく。藤次郎の槍は、まさに嵐のようだ。縦横無尽に繰り出される突きと払いによって、朧衆は次々と体勢を崩していく。

 小夜は、さつきと藤次郎の背後に隠れ、周囲の状況を冷静に観察していた。彼女の役割は、戦闘の補助と、何よりも古文書を守ることだ。

「さつき様! 古文書は、あちらの者が持っています!」

 小夜が、古文書を抱えた朧衆の男を指差した。さつきは、小夜の的確な指示を受け、迷わず古文書を持つ朧衆へと向かった。

 その男は、他の朧衆とは異なり、正面から戦闘に参加しようとしない。彼は古文書を抱え、逃亡を図ろうとしていた。

「逃がすものか!」

 さつきが迫る。しかし、古文書を持つ男は、ただの暗殺者ではなかった。彼の動きは、他の朧衆よりもさらに速く、まるで影のように地面を滑る。

「くっ…!」

 さつきは、男の動きに苦戦を強いられた。その男は、逃げることだけに特化したような動きで、さつきの追撃を巧みにかわしていく。

 その時、藤次郎の槍が、さつきと朧衆の間に割り込むように突き出された。

「邪魔だ!」

 藤次郎の一撃によって、朧衆の男の足が止まる。その一瞬の隙を、さつきは見逃さなかった。

「はぁっ!」

 さつきの刀が、月光を帯びたかのように鋭く煌めき、男の腕に吸い込まれるように突き刺さった。男は悲鳴を上げて古文書を取り落とす。

 古文書が地面に落ちるよりも早く、小夜が駆け寄ってそれを拾い上げた。

「さつき様! これです!」

 小夜が古文書を抱え、さつきの元へ駆け寄った。さつきは、古文書を取り落とした朧衆の男を睨みつける。他の朧衆は、既に藤次郎によって制圧され、地面に倒れ伏していた。

 しかし、その男の顔には、屈辱や恐怖といった感情は一切見られなかった。代わりに、深い闇のような無感情が、その瞳に宿っている。

「ちっ…今回は、引き際か…」

 男はそう呟くと、懐から煙玉を取り出し、地面に叩きつけた。白い煙が瞬く間に周囲に充満し、視界を遮る。

「逃がすか!」

 藤次郎が煙の中に槍を突き出すが、すでに男の気配は消えていた。まるで、煙と共に闇に溶けてしまったかのように。

 煙が晴れると、そこにはさつきと藤次郎、小夜、そして倒れ伏した朧衆の残骸だけが残されていた。

「くそっ、逃がしちまったか…!」
 藤次郎が悔しそうに舌打ちした。

「構わない。古文書は取り戻した」

 さつきは、小夜が抱える古文書に目をやった。確かに、古文書は無事に取り戻せた。これが、綾小路家を没落させた黒幕の正体を暴く鍵となるはずだ。

 月は、さつきの決意を祝福するかのように、再び輝き始めた。

 これが、さつきにとって、そして藤次郎と小夜にとっての、朧衆との初めての本格的な戦闘、「月下の初陣」だった。

 戦いは終わったが、さつきの胸には、新たな疑問が湧き上がっていた。古文書を持つ男の無感情な瞳。そして、煙のように消え去るその動き。朧衆は、一体何者なのか。そして、その背後に潜む黒幕とは――。
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