【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第二章:諸国遍歴、陰謀の足跡

第八話:月光の敗北

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 朧衆頭領、影狼の圧倒的な力の前に、さつきは深手を負い、絶体絶命の危機に陥っていた。その時、藤次郎が間一髪で駆けつけ、さつきの前に立ちはだかる。

「てめぇ、姐さんに手ぇ出すんじゃねぇ!」

 藤次郎の槍が、影狼へと一直線に突き出される。その一撃は、藤次郎の全力を込めた、渾身の突きだった。しかし、影狼は表情一つ変えず、その槍をわずかに身をかわすだけでかわした。

「無意味な抵抗だな」

 影狼はそう呟くと、一瞬にして藤次郎の懐に入り込んだ。その動きは、さつきの目をもってしても捉えきれないほどの速さだった。

 ドスッ!

 影狼の拳が、藤次郎の腹部にめり込む。藤次郎は、その巨体から想像できないほどの勢いで吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。彼の手から、愛用の槍が転がり落ちる。

「ぐはっ…!」

 藤次郎は、苦悶の声を上げ、口から血を吐いた。影狼の一撃は、彼の内臓にまで響くほどの重い一撃だった。

「藤次郎…!」

 さつきは、必死に体を起こそうとしたが、先ほどの影狼の攻撃で体が痺れ、思うように動かない。無力感が彼女を襲う。

 影狼は、倒れ伏した藤次郎を冷徹な視線で見下ろした。

「貴様らのような弱者が、我らの道を阻むことはできない」

 その言葉は、藤次郎だけでなく、さつきの心にも深く突き刺さった。彼らは、黒幕の陰謀に立ち向かうには、まだ力が足りないという現実を突きつけられたのだ。

 影狼は、ゆっくりとさつきに歩み寄ってくる。彼の瞳には、一切の慈悲の感情が見当たらない。ただ、獲物を仕留める者の冷酷な意志が宿っているだけだ。

 さつきは、朦朧とする意識の中で、必死に刀に手を伸ばした。しかし、指先に力が入らない。全身が鉛のように重い。

「これで終わりだ」

 影狼の刀が、再び静かに振り上げられる。月明かりがその刃に反射し、冷たく光る。

 その時、遠くから、何かを振り回すような音が聞こえてきた。

「さつき様! 藤次郎様!」

 小夜の声だった。彼女は、飛影を連れ、さつきたちの元へと駆け戻ってきていたのだ。彼女の手には、先ほど飛影が使った煙玉が握られている。

「小夜! 来るな!」

 さつきが叫んだが、小夜は怯むことなく、影狼に向かって煙玉を投げつけた。

 ドスンッ!

 煙玉が地面に叩きつけられ、白い煙が瞬く間に周囲に充満する。影狼は、一瞬反応が遅れた。その隙を、さつきは見逃さなかった。

「藤次郎、小夜!」

 さつきは、残された最後の力を振り絞り、転がっていた藤次郎の槍を拾い上げた。そして、煙の中に、無作為に槍を投げ入れた。槍は、影狼の足元に突き刺さり、彼の動きをわずかに止める。

「飛影、道を開けろ!」

 さつきは、煙の中で、小夜と飛影に指示を飛ばした。飛影は、さつきの意図を察し、素早く煙の出口へと導く。

「くそっ…!」

 影狼は、煙の中で舌打ちした。彼の足元に突き刺さった槍は、彼にダメージを与えるものではなかったが、その一瞬の躊躇が、さつきたちに脱出の機会を与えたのだ。

 煙が晴れると、そこにさつきたちの姿はなかった。影狼は、怒りに満ちた眼差しで、さつきたちが逃げ去った方向を見つめた。

「…逃がしたか。だが、次はない」

 影狼は、そう呟くと、倒れている朧衆の下忍たちに指示を出し、さつきたちの追跡を開始した。

 伊賀の山中を、傷つきながらも必死に逃げるさつきたち。藤次郎は、影狼の一撃で重傷を負っており、飛影が彼を支えながら走っていた。小夜は、必死にさつきの手を握り、転びそうになる体を支える。

「くそ…! 俺がもっと強ければ…!」
 藤次郎は、己の不甲斐なさに、悔しさを滲ませていた。

「無事なら、それでいい」

 さつきは、そう言って、藤次郎の背中を叩いた。彼女もまた、影狼の圧倒的な実力に、自身の無力さを痛感していた。これまでの復讐の炎が、一瞬にして消え失せてしまいそうになる。

 この戦いは、さつきにとって、初めての本格的な敗北だった。彼女は、影狼という強大な敵の前に、自身の剣が全く届かないことを知らされたのだ。そして、その背後にいる黒曜会の力の深さを、改めて思い知らされた。

 伊賀の山中に、静かな夜が訪れる。さつきの心には、深手を負った体と同じく、大きな傷跡が残っていた。復讐への道は、想像以上に険しいものだった。
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