【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第二章:諸国遍歴、陰謀の足跡

第十九話:琵琶湖へ

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 玄心の言葉は、さつきたちの心に重く響いた。

 琵琶湖の湖底に眠る「古の力」、そして黒曜会が企む「禁断の儀式」。
それは、単なる復讐という個人的な目的を超え、この国の命運を左右する、途方もない陰謀の片鱗を垣間見せた。

「禁断の儀式か…一体、何を企んでいるのやら」

 藤次郎が、眉間に深い皺を寄せながら呟いた。彼の表情には、警戒と、そしてわずかな恐れが宿っていた。これまで数多の戦場を経験してきた彼でさえ、玄心の言葉には、抗いがたい不気味さを感じていたのだ。

「玄心殿は、多くを語らぬ方だ。しかし、彼の言葉に嘘はない。琵琶湖が、黒曜会の新たな拠点であることは間違いないだろう」

 さつきの眼差しは、琵琶湖の方向をまっすぐ見据えていた。彼女の心には、かつての憎しみだけでなく、この国を守るという新たな決意が宿っていた。

「きっと、ものすごく悪いことなんだね…」

 小夜が、不安そうにさつきの袖を掴んだ。幼いながらも、彼女は玄心の言葉が持つ意味を理解していた。

「ああ。だからこそ、我々が止めねばならぬ。この国に、これ以上の闇を広げさせてはならない」

 さつきは、小夜の頭を優しく撫でた。彼女の言葉には、揺るぎない覚悟が込められていた。

 琵琶湖へと向かう道中、彼らはさらに黒曜会の不穏な動きを肌で感じることとなる。街道を行き交う人々は、どこか怯え、その表情には生気がなかった。旅籠や茶屋で耳にする噂話も、黒曜会に関するものが大半を占めていた。

「どうやら、琵琶湖周辺では、湖賊が暴れ回っているらしい。黒曜会が裏で糸を引いているとかなんとか」
 ある宿場で、藤次郎が仕入れてきた情報をさつきに伝えた。

「湖賊…やはり、水上での活動も視野に入れているか。琵琶湖の地理を考えれば、当然の動きだ」

 さつきは、得られた地図を再度確認した。琵琶湖は、その広大さゆえに、内陸の海とも呼ばれる。水上での活動も、黒曜会の目的と深く関わっているに違いなかった。

「しかも、湖賊が暴れ始めたのは、最近のことらしい。黒曜会が琵琶湖での計画を進めるために、邪魔者を排除しているのかもしれないね」

 小夜が、鋭い指摘をした。彼女の情報収集能力は、ますます磨きがかかっていた。

 琵琶湖が近づくにつれて、彼らの周囲の警戒も一層厳しくなっていった。黒曜会の巡回兵が、定期的に街道を巡回しており、見慣れない旅人には容赦なく問い詰めてくる。

「くそっ、これじゃあ、まともに移動もできねぇな」
 藤次郎が、隠れながら舌打ちをした。

「ここは、人目を避けて進むしかない。山道に入るぞ」

 さつきは、そう判断し、主要な街道を外れて、より険しい山道を選んだ。彼らは、これまでにも山中での戦いを経験しており、地の利を活かした戦術には自信があった。

 山道は、予想以上に険しく、彼らの体力を蝕んでいった。しかし、黒曜会の追っ手から逃れるためには、この道を進むしかなかった。

 道中、彼らは、奇妙な痕跡を発見した。それは、山道には似つかわしくない、何かを運んだような大きな轍跡であった。

「これは…かなりの重いものを運んだ跡だな。しかも、つい最近のようだ」
 藤次郎が、轍跡を調べて言った。

「馬車ではない。もっと、大きなものだ…」

 さつきは、轍跡の深さと幅を見て、眉をひそめた。それは、黒曜会が琵琶湖で進めている計画と、何らかの関係があるに違いなかった。

 その轍跡を辿るようにして進むと、彼らはやがて、人里離れた場所に築かれた、小さな砦を発見した。砦の周囲には、黒曜会の紋様が描かれた旗がはためいており、数人の兵士が警戒に当たっていた。

「やはり、こんな場所にも奴らの手が…」
 小夜が、身を震わせた。

「あの轍跡は、この砦と琵琶湖を結ぶものに違いない。ここが、奴らの隠し拠点の一つだ」

 さつきは、砦を注意深く観察した。砦の奥からは、微かに金槌を叩くような音が聞こえてくる。

「何をしているんだ? まさか、こんな山奥で、何かを造っているのか?」

 藤次郎が、首を傾げた。

「潜入してみるか?」

 さつきが尋ねると、藤次郎は躊躇なく頷いた。小夜もまた、不安そうな顔をしながらも、さつきの隣に立つ覚悟を決めていた。

 夜闇に紛れて、さつきたちは砦へと潜入した。砦の中は、予想以上に広く、奥からはよりはっきりと、金属を打ち付けるような音が聞こえてくる。

 彼らは、物音を立てぬよう慎重に進んだ。やがて、彼らがたどり着いたのは、砦の最も奥まった場所にある、巨大な洞窟であった。洞窟の入り口は、分厚い鉄の扉で厳重に閉ざされており、そこには黒曜会の兵士が数名、見張りに立っていた。

 洞窟の奥からは、さらに大きな金属音が響き渡り、まるで何か巨大なものを造っているかのような響きであった。

「あれは…船か…?」

 さつきは、洞窟の隙間から漏れる光を見て、そう呟いた。しかし、その音が響く速さと大きさは、通常の船を造る音とはかけ離れていた。

 その時、洞窟の鉄扉が、重々しい音を立てて開いた。中から現れたのは、黒曜会の幹部らしき男と、数人の兵士たちであった。彼らは、何やら図面のようなものを手にし、真剣な表情で話し合っている。

 さつきたちは、身を隠し、彼らの会話に耳を傾けた。

「…このままいけば、儀式の日までに、あの『鉄の船』は完成するであろう。あとは、湖底の『古の力』を…」

 幹部らしき男の言葉に、さつきたちの顔が凍り付いた。「鉄の船」、そして「古の力」。玄心の言葉が、現実味を帯びてきた。

「しかし、湖底の力が、本当に我々の手に落ちるのか?」
 兵士の一人が、不安そうに尋ねた。

「案ずるな。すでに、あの場所は我々の支配下にある。あとは、最後の準備を整えるのみ」
 幹部らしき男は、冷酷な笑みを浮かべた。

 さつきは、その言葉に、背筋が凍るような悪寒を感じた。黒曜会は、琵琶湖の湖底に、強大な力を隠している。そして、それを手に入れるために、巨大な「鉄の船」を造っているのだ。

 彼らは、琵琶湖の湖底に、一体何を隠しているのか。そして、その「古の力」とは、一体何なのか。さつきたちは、その謎を解き明かすため、そして黒曜会の野望を阻止するため、琵琶湖へと向かうことを改めて決意した。

 湖賊の噂、不穏な動き。そして、今、明らかになった「鉄の船」と「古の力」。琵琶湖は、黒曜会の陰謀が蠢く、闇の深淵となっていた。
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