【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第二章:諸国遍歴、陰謀の足跡

第二十二話:浮かび上がる計画

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 小夜が湖底で見てきた光景と、黒曜会の幹部たちの会話は、さつきたちの想像を遥かに超える、恐るべき計画の全貌を明らかにした。

 琵琶湖の湖底に眠る「龍脈」と呼ばれる古の力、そしてそれを宿すために建造されている巨大な「鉄の船」。その全てが、この国の根幹を揺るがすほどの邪悪な野望に繋がっていると、玄心は告げていた。

「『鉄の船』に『龍脈』の力を宿らせて、天下を掌握するだと…? いったい何を考えてやがる」

 藤次郎が、荒々しく水面を叩いた。彼の顔には、怒りと、そして得体の知れないものへの恐怖が混じり合っていた。

「そんな力が、本当に人の手に負えるものなのか…」

 小夜もまた、湖底の禍々しい気を思い出し、身を震わせていた。

 さつきの表情は、硬く引き締まっていた。彼女の脳裏には、炎に包まれた綾小路屋敷の光景が蘇る。黒曜会は、常に理不尽な暴力と破壊を伴ってきた。もし、彼らがその「龍脈」の力を手に入れれば、この国は、かつての綾小路家のように、瞬く間に闇に飲み込まれてしまうだろう。

「京へ戻らねばならない。この情報を、橘右京殿に伝えなければ」

 さつきは、そう言って船首を京の方角へと向けた。この一報を届けることが、今の彼らにできる唯一にして最大の行動だった。

 琵琶湖を後にする道中、彼らは改めて、黒曜会がどれほど深くこの国に浸透しているかを思い知らされることとなる。湖畔から離れるにつれて、黒曜会の兵士たちの数は減っていったものの、代わりに、各地で不自然な税の取り立てや、強引な土地の買い上げが行われているという噂を耳にするようになった。

 「龍脈の力を得るために、財力を集めているのか…」

 さつきは、黒曜会の狡猾さに舌を巻いた。彼らは、力だけでなく、富をも支配しようとしているのだ。

 彼らは、道中の人目を避け、時には山道を、時には夜陰に紛れて進んだ。黒曜会の追撃は依然として厳しく、彼らは何度も敵との遭遇を余儀なくされた。しかし、琵琶湖での戦いを経験し、さつきの剣はさらに洗練され、藤次郎と小夜との連携も、より強固なものとなっていた。

 ある日、彼らが立ち寄った宿場で、さつきは耳を疑うような噂を耳にした。

「近々、朝廷が重大な発表をするらしいぞ。何でも、大地震や疫病が頻発するのは、朝廷の権威が地に落ちたせいだとか…」
 宿の主人が、ひそひそ声で客に語っていた。

 さつきは、その言葉に、雷に打たれたような衝撃を受けた。朝廷の権威失墜。それは、黒曜会が琵琶湖で企む「龍脈」の力を利用した「禁断の儀式」と、直接的に結びつくのではないか。

 彼女は、玄心の言葉を思い出した。「この国の根幹を揺るがすほどの力を得ようとしている」。朝廷の権威を失墜させ、社会を混乱に陥れることで、黒曜会は新たな秩序を打ち立てようとしているのかもしれない。

「まさか、あの儀式は…朝廷の権威を失墜させるためのものなのか…?」
 さつきは、宿の片隅で、藤次郎と小夜にその噂を伝えた。

「だとすれば、ただの力を求めるだけじゃない。国の形そのものを変えようとしているってことか…」

 藤次郎が、苦虫を噛み潰したような顔で言った。

「もしかしたら、地震や疫病も、黒曜会が何か仕掛けているのかも…」

 小夜が、不安そうに付け加えた。彼女は、医術の知識を持つがゆえに、不自然な病の流行に疑問を抱いていたのだ。

 さつきの心には、黒曜会の目的が、まるで濁流のように押し寄せてきた。彼らは、「龍脈」の力を利用して、自然現象を操り、地震や疫病を引き起こす。そして、それを朝廷の無力さや不徳のせいだと喧伝し、民の不満を煽る。

 そうすることで、朝廷の権威を徹底的に失墜させ、自分たちの支配体制を築き上げようとしているのだ。

 綾小路家の没落も、無関係ではなかったのかもしれない。公家である綾小路家は、朝廷の権威を守るべき立場にあった。黒曜会にとって、邪魔な存在だったのだ。

「奴らの目的は、この国を意のままに操ることだ。そのためならば、どんな犠牲も厭わない。自然すらも、道具にしようとしている…!」

 さつきは、怒りに震えた。彼女の剣は、もはや個人的な復讐のためだけではない。この国に生きる全ての人々の平和と、未来を守るために振るわれなければならない。

 彼らは、宿を後にし、夜通し京へと向かった。琵琶湖で得た情報は、彼らの旅の目的を、より明確なものにした。黒曜会の計画は、単なる暗躍ではない。それは、この国の全てを巻き込む、巨大な破壊工作であった。

 京へと急ぐ彼らの足取りは、かつてないほどに重く、そして、確かな覚悟に満ちていた。彼らの肩には、琵琶湖の湖底に眠る闇を暴き、この国を救うという、重大な使命がのしかかっていた。

 夜空には、満月が輝いていた。さつきの剣は、その月光を浴びて、静かに、しかし、確かな決意の光を放っていた。京への道は、遠く、そして危険に満ちているだろう。

 しかし、彼らは、その闇を切り裂くため、一歩また一歩と、前へと進んでいく。
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