【完結】『月の影、刃の舞～女武芸者の隠された使命～』

月影朔

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第三章：京への帰還、迫る刺客の刃

第四話：守るべき人々

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　一条兼定が黒曜会の毒によって倒れて以来、さつきの心には、新たな使命感が芽生えていた。

　それは、単なる復讐のためではない。
かつて自分と家族が理不尽な暴力に晒されたように、今また、何の罪もない人々が黒曜会の手によって苦しめられている。
この京の町、そしてこの国の未来を守るために、彼女の剣は振るわれなければならない。

　右京の計らいで、さつきたちは奉行所の一室に身を置いていたが、じっとしている性分ではない。

　小夜は橘右京の同心たちと情報交換をしながら、京の町で黒曜会の不審な動きがないかを探り、藤次郎は武具の手入れをしながら、いつでも戦えるよう体調を整えていた。
さつき自身も、町の様子を探るべく、時には人目を避けて京の通りを歩いた。

　京の町は、一条兼定の事件で表面上は平静を保っているものの、その裏では、民衆の間に不安と不満が澱のように溜まり始めていた。不自然な病の流行、高まる税、そして、公家衆の間に広がる奇妙な噂。これらの全てが、民衆の心に、漠然とした恐怖を植え付けていた。

　ある日、さつきが町を歩いていると、路地裏で小さな揉め事が起きているのを目にした。
数人の強面の男たちが、幼い姉妹を囲み、無理やり荷物を奪おうとしている。姉妹は怯えきった様子で、互いに身を寄せ合っていた。

「おい、その荷物を置いていけ！　ここは俺たちの縄張りだ！」
　男の一人が、姉妹に恫喝するように言い放った。

「やめて！　これは、私たちの大切なものなの！」
　姉が、震える声で懇願する。
妹は、姉の着物の裾を掴み、泣き出しそうになっていた。

　その光景は、さつきの心の奥底に眠る、かつての記憶を呼び覚ました。炎に包まれた屋敷、目の前で倒れていく家族、そして、為すすべもなく立ち尽くすしかなかった幼い日の自分。あの時の無力感が、再びさつきの胸を締め付けた。

　しかし、今のさつきは、あの頃の無力な姫ではない。彼女の手には、敵を打ち砕くための剣がある。そして、何よりも、守るべきものがある。

「やめなさい」

　さつきの声が、路地裏に響き渡った。その声は、静かでありながらも、確かな威厳を帯びていた。

　男たちは、突然現れたさつきの姿に、一瞬動きを止めた。彼らは、さつきの華奢な体つきを見て、侮るような笑みを浮かべた。

「なんだ、女か。俺たちの邪魔をするつもりか？」
　男の一人が、嘲るように言った。

「その子供たちに、指一本でも触れることは許さない」
　さつきは、刀の柄に手をかけた。彼女の瞳は、氷のように冷たく、男たちを射抜いた。

「生意気な女だ！　俺たちが誰だか分かってるのか！」

　男たちは、逆上し、一斉にさつきに襲いかかってきた。彼らの手には、粗末な木刀や短刀が握られていた。

　しかし、彼らはさつきの敵ではなかった。
さつきの剣は、月光のように舞い、男たちの攻撃をいなし、その懐深くへと踏み込んでいく。一閃、また一閃。

　男たちの得物は、次々と叩き落とされ、その身体は、的確に、しかし、致命傷とならない程度に打ち据えられた。

　あっという間に、男たちは路地裏に転がり、呻き声を上げた。彼らは、さつきの剣技に、完全に戦意を喪失していた。

「ひぃっ…化け物だ…！」
　男たちは、恐怖に顔を歪め、一目散に逃げ去っていった。

　路地裏には、静寂が戻った。さつきは、刀を鞘に収め、姉妹の方へと向き直った。姉妹は、まだ震えていたが、さつきの姿を、畏敬の念を込めて見上げていた。

「もう大丈夫だ」
　さつきは、優しい声で姉妹に語りかけた。彼女の表情は、先ほどまでの冷酷な剣士の顔とは打って変わって、温かい光を宿していた。

　姉は、恐る恐るさつきに近づき、深々と頭を下げた。
「あ、ありがとうございました…！」

「助けてくれて、ありがとう…」
　妹も、姉の真似をして、さつきに頭を下げた。

　さつきは、姉妹の頭をそっと撫でた。その小さな頭に触れるたび、彼女の心に、温かい感情が湧き上がってきた。

　彼らのような、何の力も持たない人々が、この理不尽な暴力に晒されている。黒曜会の野望を止めなければ、このような悲劇が、この京の町、そしてこの国の至るところで繰り返されるだろう。

　その時、さつきの使命感が、より一層強く、確かなものとなった。復讐のためだけに振るっていた剣は、今、守るべき人々のためにこそ振るわれるべきだと、彼女は確信したのだ。

　さつきは、姉妹が落とした荷物を拾い上げ、優しく手渡した。中には、わずかな食料と、古びた人形が入っていた。彼らにとって、これらはかけがえのない宝物なのだろう。

「気を付けて帰るのだぞ」
　さつきは、そう言い残し、路地裏を後にした。

　町並みに紛れて歩きながら、さつきは空を見上げた。高く澄んだ空には、白い雲がゆっくりと流れていく。しかし、その空の下には、黒曜会の放つ邪悪な影が、確実に広がりつつあった。

　自分と同じように、理不尽な暴力に晒される人々を目の当たりにし、さつきの胸に宿る使命感は、燃え盛る炎のように熱くなっていた。

　彼女の剣は、もはや過去の悲劇に囚われる復讐の刃ではない。未来を守るための、そして、希望を繋ぐための、力強い光となるだろう。

　さつきは、改めて、京の町を守る覚悟を固めた。黒曜会の野望を打ち砕き、この国に真の平和を取り戻すために、彼女は、どんな困難にも立ち向かうだろう。

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