【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第五章:終焉の舞、未来への黎明

第二話:幻術を超えて

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 霊峰の麓での激しい攻防を抜けたさつきたちは、さらに山を登り続けていた。

 道は次第に険しさを増し、空気はひんやりと澄んでいる。
しかし、その澄んだ空気とは裏腹に、彼らの精神にまとわりつくような重い気配が感じられた。

「…この気配、まさか」

 さつきが警戒の声を上げる。彼女の記憶に、ある人物の面影がよぎった。

「幻術師、紫苑…!」

 藤次郎が、眉をひそめる。

 彼らが以前京で出会った、人心を惑わす幻術の使い手だ。
紫苑は、さつきの心の闇を抉り、彼女を精神的に追い詰めた恐ろしい敵だった。

 突如、周囲の景色が歪み始める。
木々の幹が溶け出し、空が赤黒く染まり、耳元で嘲笑のような声が響き渡る。

 義勇兵たちの間に動揺が広がり、混乱の声が上がる。

「怯むな!これは幻術だ!」

 右京が声を張り上げるが、彼の声も幻術によって歪められ、届きにくい。

 私兵たちも顔色を変え、幻影に惑わされているのが見て取れる。

 さつきの目の前には、かつて見た悪夢が再現される。炎に包まれた綾小路の屋敷、倒れ伏す家族の姿、そして、彼女を嘲笑う黒幕の影。

「この憎しみがある限り、お前は囚われる…!」

 紫苑の声が、さつきの心に直接響いてくる。
過去の苦しみが、再び彼女を飲み込もうとする。

 しかし、さつきは深く呼吸をした。

 その呼吸は、綾小路家に伝わる心身操法、「月光の呼吸」によって研ぎ澄まされている。

 彼女の意識は、幻術によって乱されることなく、内なる光を見つめていた。

「もう、私は囚われない…!」

 さつきの声は、幻術の渦の中でも、一点の曇りもなく響いた。

 彼女の剣が、月光のように静かに光を放ち始める。それは、過去の憎しみや悲しみから解放された、清らかな輝きだった。

「私の剣は、もはや復讐のためではない…!守るための剣だ!」

 さつきは、自身を覆う幻術の壁を、精神の力で打ち破っていく。
彼女の瞳には、一切の迷いがない。

 家族を失った悲しみは確かに消えないが、その悲しみを乗り越え、未来を守るという新たな決意が、彼女の心を強くしていた。

 幻術が揺らぎ始める。紫苑の顔に、驚愕の色が浮かんだ。

「なぜだ…!なぜ、貴様は、その憎しみを乗り越えられる…!」

 紫苑の背後に、影のように彼女自身の悲しい過去が浮かび上がる。
彼女もまた、憎しみに囚われた魂なのだ。

 さつきは、一歩を踏み出した。
彼女の剣が、幻術の網を切り裂くように閃く。

 紫苑は、かつてのようにさつきの精神を攻撃しようとするが、さつきの心はすでに、彼女の幻術が届かない高みへと昇華されていた。

「あなたも…囚われから解き放たれなさい!」

 さつきの剣が、紫苑の持つ呪具に触れる。

 刀身から放たれる清らかな光が、呪具を包み込み、その黒い力を浄化していく。
紫苑の苦しげな呻き声が響き渡り、彼女の幻術が完全に霧散した。

 幻術から解放された義勇兵や私兵たちが、我に返ったように周囲を見渡す。
彼らの目には、もう不気味な幻影は映っていない。

 紫苑は、力を失い、その場に崩れ落ちた。
彼女の顔には、絶望と同時に、どこか解放されたかのような、複雑な表情が浮かんでいた。

「…私は…一体…」

 紫苑は、弱々しくつぶやいた。さつきは、彼女にそっと手を差し伸べた。

「あなたは、まだ、やり直せる」

 しかし、紫苑は、さつきの手を拒否し、悔しげに顔を歪ませた。

「…私は…黒曜会に…すべてを捧げた…」

 彼女は、傷ついた体を引きずるようにして、再び闇の中へと消えていった。

 さつきは、その場に立ち尽くす紫苑を見送る。彼女の悲しい過去を知るがゆえに、さつきは、あえて追撃しなかった。

 彼女の目的は、幻術師を倒すことではない。この国を救い、誰もが囚われずに生きられる未来を切り開くことなのだ。

「さつきさん…!」

 小夜が駆け寄る。
さつきは、小さく頷いた。

「行こう。頂上は、もうすぐだ」

 彼女の瞳は、再び、前を見据えていた。
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