【完結】『月の影、刃の舞 ~女武芸者の隠された使命~』

月影 朔

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第五章:終焉の舞、未来への黎明

第八話:父の真実

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 九条兼定の狂気に満ちた理想を聞き、さつきの心には再び激しい怒りが燃え上がった。

 しかし、それはもはやかつての復讐心とは異なる、より深く、力強い感情へと昇華されていた。

「父は…貴様のような狂った思想に、この国を明け渡すことなど、決して許さなかったでしょう!」

 さつきの言葉に、兼定は冷笑を浮かべた。

「あの者は、余計な詮索さえしなければ、綾小路家が滅びることもなかったものを…。
だが、それもまた天命。
この古き世を終わらせ、新たな世を創るための、避けては通れぬ犠牲だったのだ」

 兼定の言葉が、さつきの心に突き刺さる。

 父・綾小路卿は、この男の壮大な、しかし歪んだ野望に気づき、それを阻止しようと奮闘していたのだ。
そのために、家族も、屋敷も、全てが炎に包まれた。

 さつきの脳裏に、あの夜の光景が鮮明に蘇る。
炎に包まれる屋敷、倒れ伏す家族、そして、最後まで自分を守ろうとした父の姿。

(父上…あなたは、この男の企みを、どれほど恐れ、阻もうとしていたのですか…)

 復讐の念が、再びさつきの胸を締め付ける。
あの夜の絶望、無力感、そして家族への深い愛情が、彼女の心を揺さぶる。

 だが、その感情は、ただ兼定を討ち滅ぼしたいという個人的な憎しみだけに留まらなかった。

 父が命を懸けて守ろうとしたもの、それは単に綾小路家の血脈や名誉だけではない。
この国の民の平和であり、未来の可能性であったのだ。

 さつきは深く息を吸い込み、「月光の呼吸」を意識する。

 体内に満ちる穏やかな月光の力が、沸き立つ怒りの感情を鎮め、淀んだ憎しみを浄化していく。

「貴様は…この世の闇に、さらに深い闇を塗ろうとしているだけだ!
父は、貴様の言うような『古の力』などではなく、人々が互いを信じ、助け合う心の力を信じていたはずだ!」

 さつきの声は、悲しみと、しかし確固たる信念に満ちていた。

 兼定が語る「古の力」とは、人智を超えた強大な力で全てを支配しようとするもの。
だが、父が守ろうとしたのは、目には見えない、しかし確かに存在する人々の「絆」や「希望」であった。

 兼定は、さつきの言葉を嘲笑った。

「くだらぬ。
絆?希望?そのような曖昧なもので、この腐りきった世を変えられるとでも?
現実を見よ、綾小路の娘よ。
力こそが全て。力なくして、何一つとして変えることはできぬのだ!」

 彼の声には、絶対的な「力」への信仰が宿っていた。
兼定にとって、人の感情や繋がりなど、取るに足らぬものだった。

「いいや…違う!
父は、貴様が利用しようとしている『古の力』の真の恐ろしさを知っていたからこそ、それを阻止しようとした!
貴様は、その力を手に入れて、何をするつもりだ!
全てを意のままにするなど、神の真似事にもならぬ!」

 さつきは、影狼の最期の言葉を思い出した。

 影狼は、黒幕の真の目的が「古の力」の悪用にあることを示唆していた。
そして、父が最後まで守ろうとしたものの正体も。

(父上は、この兼定が手にしようとしている力が、どれほど危険なものかを知っていたのだ。
だからこそ、命を懸けて…!)

 復讐の炎は、兼定への憎しみだけでなく、父の無念を晴らし、その志を継ぐという強い決意へと昇華されていく。

 さつきの剣は、もはや過去への執着ではなく、未来を守るための力として輝き始めていた。

 山頂に満ちる黒い靄が、兼定の背後でさらにうねりを上げる。
祭壇の光は一層禍々しくなり、大地は不気味な低音を響かせ始めた。

 儀式は、確実に最終段階へと移行していた。

「もはや問答は無用。
貴様も、貴様の父と同じく、この『大業』の礎となるがいい!」

 兼定は、祭壇から立ち上る黒い靄を両手で掴むようにした。

 その瞬間、彼の体から、見る者全てを凍てつかせるような、圧倒的な邪気が噴出した。

「さつき!奴は、いよいよ本気だ!」

 小夜の叫びが響く。
右京も、義勇兵たちも、固唾を飲んでその光景を見守っていた。

 日本の未来を賭けた、最後の戦いが、今、幕を開ける。
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