【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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21 色々と初体験(したくなかった)

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 は、は、と吐く息は、苦しくて熱かった。
 汗をかいて気持ち悪い。目をつぶって寝ているのに、くらりくらりと目眩がした。
 だいたいの不調は寝れば治ったのに……。
 経験したことがないほどの体調の悪さにぞっとして、一太は、何とかもう一度寝ようと頑張ってみる。寝られればきっと大丈夫。どんなに嫌なことがあって心が壊れそうな時にも、体がしんどくて堪らなかった時にも、とりあえず寝てしまえば何とかなったものだ。そうやって生きてきた。
 そうやって……。

「まだ目が覚めないってどうしてですか」
「うん。それだけ疲れてたんじゃないかな」
「本当にそれだけ?」
「うん。まあ、昨日することができた検査で出た結果によると、本当にそれだけだよ」
「分かりました。ありがとうございます」
「熱はまだ高いみたいだけど、熱中症による発熱から疲れによる発熱に変わっているから、放っておいてもそのうち下がる。一週間ほどここに居たら、少しは体も楽になると思うよ。点滴と食事療法で様子をみるから」
「はい」
「ご家族の連絡先が分かったら教えてね」
「……はい」

 あきらくんの声がする。もう一人は誰だろう。
 一太がぼんやりとそんなことを思っていると、温かいタオルで顔を、そっと、そおっと拭われた。
 頑張った甲斐があって、もう一度寝られたらしい。一度目覚めた時より、目眩がだいぶましになっていた。気持ち悪かった汗を拭ってもらって、更にすっきりする。弟の看病をしたことはあっても、看病をしてもらったことなんて無かった。ほわりと温かいタオルが気持ちいい。
 首すじまで拭ってもらったところで、一太は不意に覚醒した。
 看病?
 あり得ない。
 だって、俺は一人暮らしだ。寝ていて、誰かが隣にいるなんてあり得ない。やっと一人になることができたんだ。一人暮らしでなかった時は、しんどくて寝ている時にも、ご飯を作れと蹴り飛ばされて無理やり起こされたけれど、今はそんなことをする人もいない。
 なのに、何で?
 ぱちりと目を開けると晃がいた。
 タオルを洗面器に浸して絞っている。周りはカーテンで囲われていて、それでも明るい日が射していた。
 
「あ、いっちゃん」

 目を開けた一太に気付いた晃が、絞ったタオルを置いて屈みこんでくる。

「おはよう。気分はどう? 辛いとこない?」
 
 いつも通りの笑顔に、瞬きを返すしかない。
 なに? ここどこ?
 視線を動かして見ても分からず、起き上がろうとして左腕に違和感を覚えた。
 一太が起き上がる手伝いの手を差し伸べながら、晃が言う。

「いっちゃん、左腕、気を付けて。点滴、しばらく繋げておかなくちゃならないらしいから、トイレ行くときとか、ゴロゴロと引っ張っていくんだ。やり方教えてあげるから、トイレ行きたくなったら言ってね」

 てん、てき?
 点滴?!

「点滴……」
「いっちゃん、酷い熱中症と脱水症状と過労と栄養失調で倒れちゃったんだよ。救急車を呼んで、治療してもらって、昨日の午後から今までずっと寝てたんだ。病院だから安心して。点滴は治療のための薬とか、熱が高いから水分補給とか栄養補給とかそんなのが入ってるんだって。家の鍵はかけてきたから。これ、鍵。置いておくね」

 待って。
 待って待って待って。
 何? 何だって?
 頭が回らない。起き上がったことで一太の熱い頭はくらくらした。

「何か家から持ってきて欲しいものはある? いっちゃんがいつも持っているバッグは掴んできたんだけど」

 ベッドの横に備え付けてある棚から、一太がいつも持ち歩いているバッグが出てきた。ボランティアへ行った後そのままなので、エプロンも入っている。

「点滴って……。病院……? え、ど、どうしたら。え、どうしよう。あ、俺、だって」

 病院で治療?
 俺が?
 たかが発熱。熱中症? 脱水症状? 過労と栄養失調……。そんなの、今に始まったことじゃない!
 なんで。
 なんでなんでなんで。

「そんなお金ない!」

 大きな声を出したら、酷い頭痛がした。自分で聞いても掠れて聞き取りにくいのに、晃はそっと一太の手を取ると、心配しないで、と言った。

「保険が効くし、高額になったら補助制度もある。すぐに払えるお金が無いなら僕が立て替えるから、まずは体を治そう」

 保険。国民健康保険料は確か払った。なら、保険は効く……。一日病院に泊まっていくらかかる? 分からない。ご飯は食べていないからご飯代はかからない? 治療費は? 薬代は?
 晃は先ほど、救急車と言ったか。救急車を使用したお金を取られたりするんだろうか。特別料金はいくらなんだろう。
 滞納しているのは年金の方? 夏休みに少しでもバイトをたくさん入れて払うつもりだった。実習の間の二週間はバイトを休まなくてはいけないかもしれないから、その分の余裕も欲しい。

「あ、ああ……」
「いっちゃん、落ち着いて」

 晃が一太を抱き寄せて、背中をぽんぽんと叩き始めた。
 は、は、と荒かった呼吸が少しだけ落ち着いてくる。
 そうだ、落ち着け。まずは、まずは。

「こ、ここから出ないと」
「ええ? いや、あの、いっちゃん?」

 このベッドに居れば居るほどお金がかかるのは間違いない。まずはここから降りて、使用料を一円でも少なく済ませよう。

「村瀬さん、入りますよ」
「ああ、はい」

 一太がベッドから動こうとすると、カーテンの向こうから看護師さんの声がした。晃が、ぱっと一太から離れて返事をする。一太は離れる晃の服の裾を思わず掴んでいて、ん? と振り向かれてもそのことに気付いていなかった。
 晃はそのまま、ベッドの横に立っている。

「ああ、目が覚めた? 良かった、良かった」

 ワゴンをガラガラと押して入ってきた、ふっくらした体型の女性看護師は朗らかに笑う。

「点滴の交換に来たんだけど、ちょうどいいからトイレに行っておく? 点滴付いたまま行くの、大変でしょ。行っておきなさい。今、外してあげるからね」

 一太の左腕に繋がっている点滴の先のパックは中身がほとんど無くなりかけていて、看護師は時計とそれを見比べて、よし、と何か色々と操作して外す。腕の所の針はそのままだ。

「あの、あの、これは……」
「ああ。また今から繋ぐからね。そこはそのまま、トイレに行っておいで」
「あの、俺、もう、かえ、帰ります」
「んー、退院したいってことかな?」

 こくこくと頷くと、にこりと笑われた。
 ほ、と息を吐いた一太に、看護師の優しい声。

「じゃ、まずはトイレに行ってきて。歩いて行けたら先生に相談してあげる」
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