【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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 こんなに寝たのは生まれて初めてかもしれない、と一太はぼんやり天井を見る。病院のベッドの上で点滴に繋がれて、ただ寝転がっていた。
 昨日の午後から今日の朝十時頃まで寝ていて、トイレへ行ってまた昼まで寝て、昼ごはんを食べたらまたまた寝てしまっていたらしい。今は何時か分からないが、人ってこんなに寝られるものなんだな、と自分に呆れていた。夜に寝られなくなったらどうしようか、と不安も沸く。暗いのは嫌いだ。電気を点けないと何も見えなくて、何もできないから。
 たくさん寝たからか、体の調子はだいぶ楽になっていたけれど、大汗をかいていて気持ち悪い。
 入院中、ずっとこの寝間着でいようと思ったけれど、汗臭いかもしれない。何より今、濡れた感触が気持ち悪い。やはり体操服も持ってきてもらうべきだったかな、と思ってしまう。
 すぐに、気付く。自重しなくては。すっかり晃に頼る気持ちになっているところが良くなかった。弱っていると、すぐにこうだ。助けを求めては手を離されてきたのに、こちらへ伸ばされた手を見つける度に、思わずその手を取ろうとしてしまう。そうして、より絶望は深くなっていったのに。
 もうすぐお金がなくなって、共に大学に通うこともできなくなったら二度と会うこともないだろう人に、こんなに心を寄せていてはいけないのだ。 
 なるべく一人で頑張ろう、と一太が決意を固めているというのに、あっさりとその手はやってくる。
 
「いっちゃん、起きてる?」

 晃くんの優しい声が好きだな、と思ってしまう。もうすぐ会えなくなるのに。

「うん」

 待たせたくなくて返事をすると、そっとカーテンが開けられた。

「遅くなってごめんね。心細かったでしょ?」
「さっきまで寝てたから大丈夫」

 一人でも大丈夫、とは言えなかった。

「そっか、良かった。あのね、頼まれた荷物持ってきたんだけど、動いてたら汗をかいて、いっちゃんちのタオルを使っちゃって。とりあえず、うちにも寄って僕のタオルを持ってきたから、使ってて」
「ああ。洗うからいいのに」
「いやいや、僕と父さんが使ったんだから、うちで洗濯してくるよ。あとこれ、スリッパね。洗濯板ってこれでいい?」

 起き上がった一太は、晃が手に持っていたピンクの洗濯板を渡してもらって固まった。
 ぶら下げてきたの? 百円均一ショップの洗濯板を?
 よく考えたら、この大きさのものが晃のリュックに入るわけがない。とんでもないことを頼んでしまった……。
 にこにこ笑っている晃が気にしている様子はないけれど、一太は身を小さくして謝った。

「ほんと、ごめん」
「え? なにが?」

 ああ。こういうときは、謝罪ではないのかもしれない。
 晃の優しい笑顔を見ていたら、自然とそんな考えが浮かぶ。

「ありがとう」
「うん!」

 言ってみたら、更にいい笑顔が返ってきて、ああ、この笑い顔も大好きだな、と思ってしまった。

「トイレに行ってから、顔を洗ってくる。タオル、ありがとう」

 とにかく汗が気持ち悪い。顔だけでも洗いたいと、一太はスリッパに足を入れて立ち上がる。点滴はまだ繋がっているので、これを付けたまま歩かなければならないようだ。恐る恐る引っ張って歩く。何とかなりそう。
 だから、振り返って言う。

「一人で行けるよ?」
「そう?」

 それでも付いてくる晃に、一太は何だか笑ってしまった。今だけ。今だけでいい。この幸せな気持ちを大切にしよう。
 顔を洗ってさっぱりした後は、タオルを濡らして首もとや胸の辺りも拭く。
 近くで待っていた晃が、汗で濡れた背中を見て、

「やっぱりパジャマがいるなあ」

 と、呟いたのが聞こえた。

「そのうち乾くから大丈夫。さっきは、夜に寝るときの服なんて持ってない、どうしようって思ってしまったけど、半袖のシャツでも良かったなあ。ほんと駄目だな、俺」
「入院の荷物は任せて、とか言いながら、半袖シャツを持ってこなかった僕も失敗だったなあ」

 二人でベッドへ戻ると、晃の父が椅子に座って待っていた。ペットボトルのお茶をごくごく飲んでいる。

「あ」

 晃が一人で荷物を持ってきてくれたから、お父さんはもう家に帰ったのかと思っていた。

「ああ、村瀬くん。まずは謝らなければならない」

 一太が口を開く前に、晃の父が立ち上がって頭を下げた。

「え?」
「君の住んでいたアパートは、取り壊しが決定した。あそこは倒壊の危険があるから人は住めない。不動産屋はそれを分かっていて君に貸していた」
「はい……」

 一太も知っていた。取り壊しの予定がある建物だと知っていて、それでも借りていたのだ。その分だけ安かったから。そこ以外に、今の一太が借りられる金額の部屋は無かった。だから、敷地内で騒がれても通報できなかった。

「あんな危険な場所に人を住まわせるなんて許せなくてね。命の危険があるというのに、金を取って、子どもを一人で置いておくなんて! しかも、室内の環境もかなり劣悪だった」

 子ども、と言われて、そこは訂正しなくてはいけない、と口を挟む。

「あの、俺、もう成人してます……」
「ん? そうなのか?」
二十歳はたちになりました。だから、年金の支払いの用紙も届いていて。でもまだ払えてなくて」
「年金は、学生の間は免除措置があるはずだ。後からお金に余裕ができてから払うこともできるし、後々の受け取りが少なくなっても構わなければ、払わなくてもいい。手続きをしなさい」
「……っ! はいっ」

 そうなのか。手続きをしたら、学生の間は払わなくても大丈夫なのか。束で届いた支払い書にぞっとして、金の工面をどうつけようかとばかり考えていた。普段の一太なら、しっかりと中の書類を読み込んでいただろうに、やはり頭がうまく回っていなかったのだ。
 ああ。良かった。一つ懸念が解決した。……学生でいられるのが、あとほんの少しだとしても。

「まあ、つまりだ。私は、君の住む場所を失くしてしまった」
「はい」

 先ほどからの話しぶりを聞くに、晃の父は、一太の身を案じてくれたのだろう。不動産屋に話をしに行ったのか、警察に通報したのか。晃の父は、取り壊しが決定した、と言った。一太が寝ていた午後の数時間でもう決定した、ということだ。
 とても行動力のある方だな、と感心してしまう。

「とりあえず、君が退院して荷物を片付けるまでの間は部屋の鍵は預かっている。だから、荷物の心配はしなくていい。だが、退院した後の行き先が無くなってしまったことについては、非常に申し訳なく思う」
「…………大丈夫です。ありがとう、ございます」

 来年の学費にと思って置いておいたお金を使えば、借りられる部屋はあるだろう。部屋を借りて、仕事を見つけて、ただ毎日を暮らしていこう。いい夢を見た。たった半年だったけれど、学校に通えて楽しかった。
 晃くんに会えて、嬉しかった。
 
「いっちゃん、あの、あのね」
「晃くん、晃くんのお父さん。本当に、ありがとうございました」

 だから、一太はにっこり笑って、もう一度お礼だけを言った。そうして、深々と頭を下げた。
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