【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

文字の大きさ
79 / 252

79 それが本音

しおりを挟む
「騙された⋯⋯?」

 一太は、ぽつんと呟いた。
 この人は、のぞむに騙された? ⋯⋯何を? 俺が、村瀬の家のお金を持って逃げた、とのぞむが言ったこと? それとも、のぞむが俺と暮らしたい、と言ったこと?

「そう! そうなんだ、村瀬くん。のぞむくんが嘘を吐かなければ、僕は」
「でも、俺は、あなたに言いました。のぞむは俺に暴力を振るうし、金を盗むし、全ての仕事を俺に押し付けて罵ってくるって」

 同じ絵本を、何度も何度も読んでほしいとせがむ子どもに話している気分で、一太は椛田かばたに言った。

「俺が嘘を吐いていると、思っていたってことですか?」
「その点は、申し訳なかったよ、村瀬一太くん。今はもう、君の言葉を信じている。のぞむくんに惑わされたりしないとも」
「え? でも、のぞむだって嘘は吐いていませんよ?」

 そうなのだ。のぞむは嘘を吐いていない。一太がお金を持って出て行ったと母に聞いていたのなら、本気でそう思っている。そして、元より一太の稼いだ金は自分が使っていい金だと思っているのだから、一太が家の金を持って出ていった、と望が言うのは嘘ではない。それに一太となら、何もせずに遊んで暮らせるのだから、そりゃあ、一緒に暮らしたいだろう。
 何にも嘘じゃない。のぞむにとっての本当のこと。

「え⋯⋯?」
「え?」
「くそがっ。俺がいつ、嘘を吐いたんだよ! お前が、お金はどうしたって言うから、母ちゃんが言っていた通りにソイツが持っていったって言ったんだし、、誰と暮らしたいっつうから、ソイツとがいいって言ったんだろうが!」
「え? え? なら、僕のしたことは⋯⋯」
「弁護士である私の立ち会いの元、正式に話し合って決まった決め事を破り、家庭内暴力の被害者であると思われる者の住所を加害者に洩らした、という事になりますかね?」
「そして、住居への不法侵入」

 ずっと、黙って一太の隣に座っていてくれた晃が、口を挟んだ。笹井ささいが冷静に尋ねてくる。

「そちらは、どうされますか?」
「被害届を出します。こちらの方にも、あの子にも」
「そんな! 理由は分かっているのに! 僕は、村瀬くんを助けようとして、裏口に回ったんだ」
「弟が兄の家を尋ねたのだとしても。暴力から救おうとしたのだとしても、被害届を出します。いっちゃんの腹の傷は、届けを出しても兄弟喧嘩として片付けられてしまうかもしれないけれど、僕とは関係ないから。不法侵入されて、同居人が暴行されたとして届け出ます」
「そんな! そんな事されたら、職場や家族に連絡がいってしまう」

 椛田かばたは、ようやく事の重大さに気付いたのか、顔色を変えて立ち上がった。

「昨日の時点でもう、職場への連絡は済んでいます。本日、どなたか話し合いの立ち会いにお越し頂けないかとお願いしたのですが、あなたが職務中でないので関係ないと言われたんですよ」
「ああ⋯⋯」

 椛田かばたは、がっくりとまた、椅子に腰を下ろした。
 
「……僕は、とても反省していますし、もう二度と村瀬一太くんには連絡しません。誓います。書面にも残します。どうか、これで示談にして頂けませんか」

 椅子に腰を下ろした椛田かばたが、うつむいたまま張りのない声を上げた。そのまま机につくほど、頭を下げる。
 
「は? いや、ちょっと待て。俺は? 俺はどうなるんだよ。お前、俺が一緒に暮らしたい人と暮らせるようにしてやるって言ったじゃないか」
「村瀬一太くんには、のぞむくんを養育する事は不可能だと判断しました。君は、今預けられている児童養護施設にあと二年は居られるのだから、その間に学校へ通ったり、職を得たりして自立できるように頑張りましょう」

 椛田かばたは、喚いたのぞむにはっとして顔を上げ、きりりと言い切る。児童相談員らしい台詞だが、その言葉は、一太の元へのぞむを連れてくる前に言ってほしかった。

「は? はああ? 冗談じゃねえぞ! また、あんなガキばっかりのとこに戻るのかよ。、嫌だね! うるせえんだよ、あそこは。ガキもうるさいし、大人もうるさい。あれをしろこれをしろ、と言ったかと思えば、あれすんなこれすんな、って叱ってきやがる。どうしろっつんだよ」
「児童養護施設にいれば、生活には困らない。学校にも、希望すれば行かせて貰えるだろう。どうしても嫌なら、引き取り手が無い君は、お父さんからの仕送りと自分の稼ぎで生活することになる」
「はああ? おい、俺を引き取ると言え! 俺の面倒を一生みるってこいつに言えよ!」

 のぞむは、一太に向かって叫んだ。こんなに切羽詰まった顔は見たことがないな、と一太が思ったほど必死に。
 でも、一太は首を横に振る。だって、のぞむに昨日殴られたお腹がずっと痛いから。この痛みがこの先ずっと続くなんて、もう耐えられそうにない。
 
のぞむ。無理……」
「無理な訳あるか! 今までもそうしていたじゃないか! お前が学校に行かず、ご飯を少ししか食わなければ足りるってことだろ! 母ちゃんがいない分、余るはずだろ」
「つまり君は」

 誠が口を挟んだ。

「自分や母親が、お兄さんの稼ぎで生活していたと知っているってことか。そして、これからもそうして暮らしていくつもりだった、と」
「何だよ。仕送りもあったんだろ。それの足りない分は、父ちゃんが出ていった責任を取ってコイツが稼ぐんだろ」
「そんな責任は一太くんには無い。全く無いよ。君を養育する責任があるのは、父親と母親だ。一太くんのことも養育しなくちゃならなかったんだ。彼らはそれを放棄した。養育を放棄された子どもは、小さければそのまま死んでしまうこともあるのに、君はある程度大きかったし、見つけてもらえて運が良かったね。しかも今現在、居場所を準備してもらっているんだろう? とんでもなく運がいいのだと自覚した方がいい。どうしても嫌なら、働きながら自立することだ。お兄さんのように」
「おい! おい! 何とかしろよ!」

 のぞむは、誠の話はまるっと無視して、また一太に喚く。

「俺は、お前の作った飯が食いたいんだよ! もうカップ麺やレトルトは飽きた。外食も飽きた。金もねえし。施設の、野菜ばっかり入ってる飯も好きじゃねえ! お前の作った飯が食いたい。俺に、飯を作れよ!」
しおりを挟む
感想 682

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

前世が教師だった少年は辺境で愛される

結衣可
BL
雪深い帝国北端の地で、傷つき行き倒れていた少年ミカを拾ったのは、寡黙な辺境伯ダリウスだった。妻を亡くし、幼い息子リアムと静かに暮らしていた彼は、ミカの知識と優しさに驚きつつも、次第にその穏やかな笑顔に心を癒されていく。 ミカは実は異世界からの転生者。前世の記憶を抱え、この世界でどう生きるべきか迷っていたが、リアムの教育係として過ごすうちに、“誰かに必要とされる”温もりを思い出していく。 雪の館で共に過ごす日々は、やがてお互いにとってかけがえのない時間となり、新しい日々へと続いていく――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

本気になった幼なじみがメロすぎます!

文月あお
BL
同じマンションに住む年下の幼なじみ・玲央は、イケメンで、生意気だけど根はいいやつだし、とてもモテる。 俺は失恋するたびに「玲央みたいな男に生まれたかったなぁ」なんて思う。 いいなぁ玲央は。きっと俺より経験豊富なんだろうな――と、つい出来心で聞いてしまったんだ。 「やっぱ唇ってさ、やわらけーの?」 その軽率な質問が、俺と玲央の幼なじみライフを、まるっと変えてしまった。 「忘れないでよ、今日のこと」 「唯くんは俺の隣しかだめだから」 「なんで邪魔してたか、わかんねーの?」 俺と玲央は幼なじみで。男同士で。生まれたときからずっと一緒で。 俺の恋の相手は女の子のはずだし、玲央の恋の相手は、もっと素敵な人であるはずなのに。 「素数でも数えてなきゃ、俺はふつーにこうなんだよ、唯くんといたら」 そんな必死な顔で迫ってくんなよ……メロすぎんだろーが……! 【攻め】倉田玲央(高一)×【受け】五十嵐唯(高三)

転生DKは、オーガさんのお気に入り~姉の婚約者に嫁ぐことになったんだが、こんなに溺愛されるとは聞いてない!~

トモモト ヨシユキ
BL
魔物の国との和議の証に結ばれた公爵家同士の婚約。だが、婚約することになった姉が拒んだため6男のシャル(俺)が代わりに婚約することになった。 突然、オーガ(鬼)の嫁になることがきまった俺は、ショックで前世を思い出す。 有名進学校に通うDKだった俺は、前世の知識と根性で自分の身を守るための剣と魔法の鍛練を始める。 約束の10年後。 俺は、人類最強の魔法剣士になっていた。 どこからでもかかってこいや! と思っていたら、婚約者のオーガ公爵は、全くの塩対応で。 そんなある日、魔王国のバーティーで絡んできた魔物を俺は、こてんぱんにのしてやったんだが、それ以来、旦那様の様子が変? 急に花とか贈ってきたり、デートに誘われたり。 慣れない溺愛にこっちまで調子が狂うし! このまま、俺は、絆されてしまうのか!? カイタ、エブリスタにも掲載しています。

【完結】獣王の番

なの
BL
獣王国の若き王ライオネルは、和平の証として差し出されたΩの少年ユリアンを「番など認めぬ」と冷酷に拒絶する。 虐げられながらも、ユリアンは決してその誇りを失わなかった。 しかし暴走する獣の血を鎮められるのは、そのユリアンただ一人――。 やがて明かされる予言、「真の獣王は唯一の番と結ばれるとき、国を救う」 拒絶から始まった二人の関係は、やがて国を救う愛へと変わっていく。 冷徹な獣王と運命のΩの、拒絶から始まる、運命の溺愛ファンタジー!

【完結】好きな人の待ち受け画像は僕ではありませんでした

鳥居之イチ
BL
———————————————————— 受:久遠 酵汰《くおん こうた》 攻:金城 桜花《かねしろ おうか》 ———————————————————— あることがきっかけで好きな人である金城の待ち受け画像を見てしまった久遠。 その待ち受け画像は久遠ではなく、クラスの別の男子でした。 上北学園高等学校では、今SNSを中心に広がっているお呪いがある。 それは消しゴムに好きな人の前を書いて、使い切ると両想いになれるというお呪いの現代版。 お呪いのルールはたったの二つ。  ■待ち受けを好きな人の写真にして3ヶ月間好きな人にそのことをバレてはいけないこと。  ■待ち受けにする写真は自分しか持っていない写真であること。 つまりそれは、金城は久遠ではなく、そのクラスの別の男子のことが好きであることを意味していた。 久遠は落ち込むも、金城のためにできることを考えた結果、 金城が金城の待ち受けと付き合えるように、協力を持ちかけることになるが… ———————————————————— この作品は他サイトでも投稿しております。

処理中です...