【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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130 実家

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 電車を降りると、駅前に晃の父、誠が迎えに来ていた。ロータリーに路駐してあるワゴン車に、晃が真っ直ぐ歩いていく。晃の実家のある地域は一太が今暮らしている街より寒くて、道の端には雪が積もっていた。晃のお古の服を着ていなければ、一太は寒くて外を歩けなかっただろう。こんなに温かい服を着ていても、さむ、と思わず言ってしまいそうだ。
 一太がもともと暮らしていた所は、今暮らしている所よりもっと暖かった。一太は、積もった雪を初めて見た。
 きょろきょろしながら、晃に促されて車に乗り込む。

「あの、お邪魔します……」

 一太はどう挨拶をしたらいいのか悩んだ挙句、そう言いながら二列目の座席に座った。旅行荷物は晃がトランクに積んでくれている。二人で一つの鞄に着替えを詰め込んだので、大きい荷物は一つだけ。ずっと晃に持たせてしまっていた。

「あけましておめでとう。おかえり」
「ただいま。あけましておめでとう」

 誠と晃の挨拶を聞いて、あ、新年の挨拶、と思い出す。お正月には便利な挨拶があったのだった。

「あの。あけましておめでとうございます」
「うん。おかえり」
「あ、た、ただいま……」

 誠がエンジンをかけながら自然に言うものだから、おかえりと言われた時の返事を一太はしてしまった。けれど、自分がただいまと言ってもいいのかという迷いが生じて、小さな声での返事となる。
 晃も誠も何も言わないので、間違いでは無かったらしい。一太はそのまま、縮こまって座席についた。自家用車。家族で使う車。そこに座っている。落ち着かない。晃が隣に座っていても落ち着かない。

「そうだ、晃。誕生日おめでとう。まさか誕生日に帰って来ないとは思わなかったぞ」
「ありがとう。バイトがあったしね。課題もあったし」
「母さんが寂しがってた」
「メールに返事はしてたよ」
「はは。三回に一回?」
「もう少し返してたと思うけど?」
「一太くんなんて、毎回丁寧に返してくれるらしいぞ?」

 急に自分の名前が出て、びっくりした。何か言わなくてはいけないだろうか。陽子さんは、晃くんのことだけじゃなく、一太のことまで気にしてくれる優しい人だ。

「母さん、最近、僕への用件もいっちゃんにメールしてるでしょ? いっちゃん、ごめんね。母さんがうるさくて」
「ううん。嬉しい」

 晃にメールしても返事が無いからちょっと聞いてみて、ってメールを極たまに貰うことはあるけれど、本当にたまにだ。基本的には、二人とも元気? って確認とその日の献立の確認。そうしてメールしてもらえるのは、一太はちっとも嫌じゃなかった。
 はじめは、晃くんにちゃんとした物を食べさせているか心配なのかな、と思っていたけれど、必ず一太の体調も気遣ってくれる文言が入るメールに、そうではないと流石に気付いた。この人は、一太のことも気にかけてくれているのだ、と思うととても嬉しくて、まるで手紙をやり取りするように色んなことを報告するようになった。
 最近のことだけでなく、昔のことも。本当に色んな話を。
 昔の話の時、晃の母の返事は大抵短い。けれど必ず返事をくれる。それだけで一太は、何となくすっきりしたりする。
 だから、うるさくなんてない。
 嬉しい。

「そう言ってもらえると、母さん、大喜びだな」
「言わなくていいよ。ますます調子に乗ってたくさんのメールが届いちゃうから」
「はは。そうかもしれんな」

 たくさん構ってもらって困ることもあるのか、と一太は驚いた。
 そんな目に合ってみたいものだ。

「ただいま」
「おかえりー!」
「わぁ。張り切ってる……」

 玄関に迎えに出てきた母の声に、晃はぼそりと呟いた。すでに疲れた顔をしている。一太は、そんな晃に首を傾げながら、晃の母、陽子へ頭を下げた。

「あけましておめでとうございます。あの。お世話になります」
「あけましておめでとう。いっちゃんも、おかえり」

 やっぱり、おかえりなのか、と腑に落ちないものはあったが、ただいまと一太は答えた。おかえりへの返事は、ただいましか知らないからだ。

「まずは誕生日のケーキ食べる? お昼ごはんは、エビフライと唐揚げにする? おせちもあるんだけど、どっちから食べる?」

 ん?
 朝の八時発の電車に乗って約二時間、そこから車で十分で晃の実家に着いた。今はたぶん十時半頃である。朝食のパンを電車の中で食べたので、一太は今、お腹は全く空いていない。、誕生日のケーキとは?

「母さん。今はお腹空いてないから、誕生日ケーキは三時のおやつに食べるよ。置いておいて」
「そう?」

 一太は、晃の言葉にほっとした。今、ケーキを食べたら確実に昼ごはんは入らない。

「それとエビフライと唐揚げを両方は多過ぎ。どちらも残ったら困るだろ。唐揚げは明日にしたら?」
「そう? 二人の好きな物それぞれ作ってあげたかったんだけど。そんなに手間じゃないわよ。エビフライは揚げるだけだし、唐揚げも浸け置きに時間かかるけど、それだけよ」
「どうせなら、どちらも美味しく食べたいだろ? 明後日の昼までいるから、明日唐揚げにしたらいいじゃん」
「すき焼きもするつもりなんだけど」
「じゃ、それは明後日の昼。ほら、できた。おせちと雑煮もあるんだろ?」
「そう?」

 陽子は、晃の好物に加えて一太の好物まで作ってくれる予定らしい。一太は、ただただ怒涛の勢いで交わされる会話を聞きながら立ち尽くしていた。誠は、とっくに玄関の奥へと入って行っている。

「あー、じゃあさ、あれ、ポテト。ポテトある?」
「あるわよ。揚げるだけのポテト買ってきた。晃、好きだもんねえ」
「いっちゃんも好きだから、エビフライにも唐揚げにもポテト付けてよ」
「分かった! 任せて。そう、いっちゃんも好きなのね。覚えとく」
「いつも絶対いるって訳じゃないんだからな。あったら欲しいだけだから」

 何故か晃は必死で念押ししている。大好きなんだから、いつも貰っておけばいいのに。

「はいはーい。お布団は夏と同じで晃の部屋に二つ敷いたからね。狭いけど、寝るだけだから大丈夫よね?」
「分かった。荷物置いてくる。いっちゃん、行こ」

 そのまま、玄関から階段を登ろうとすると、更に声がかかる。

「温かい飲み物入れとくね。晃、コーヒー? いっちゃん、ミルクティでいい?」
「それでいい」

 大きな声で返事をした晃が、一太を振り返った。

「ほんと、母さんがうるさくてごめん」
「ううん。陽子さん、晃くんが帰ってきて嬉しいんだね」

 これが実家に帰るってことかあ。
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