【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ

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166 ◇今日は一緒に

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 ピンポーン。軽快な呼び鈴が響いた。自分の家の呼び鈴を押したのは初めてだ。 
 いつもなら晃は、呼び鈴など鳴らさずに鍵を開けて部屋に入る。けれど、今日はきっちりと呼び鈴を鳴らしてから玄関の鍵を開けた。呼び鈴への返事は無いけれど、それは気にしない。呼び鈴を鳴らした方が、いきなり、玄関ががちゃがちゃ音を立てるより怖くないんじゃないか、と思ったのだ。呼び鈴を鳴らすと、家の中のモニターに外の様子が映るから、誰が鳴らしているのかを確認できるはず。
 扉を開ければ、狙い通り一太が玄関へ出てきていた。インターホンの画像を確認して、外にいるのが晃だと分かってくれたのだろう。成功だ!

「ただいま」
「お、おかえりっ」

 一太は青白い顔で、泣き笑いのような笑顔を見せた。晃が家を出る前も、そんな感じで笑っていた。本人は、普通に笑っているつもりなのだろう。目元が赤いから、晃がいなくなってから泣いて、擦ったのかもしれない。
 
「お出迎えしてくれたの? 嬉しい。ありがとう」

 晃は、何にも気付かない振りで笑う。部屋中の電気が煌々と点いていて驚いたが、それにも何も言わなかった。

「あの。俺はお迎えしてもらったのに、晃くんはお迎え無しでごめんね」
「え? 今、お迎えしてもらったよ? 嬉しいよ。それに、いっちゃんは一人で出歩いたら駄目だよ。いつ、訳の分からない人に絡まれるか分からないんだから」
「訳の分からない人?」
「そうだよ。訳が分からないでしょ?」
「うん。確かに……」

 一太が少し、笑った気配がした。何がおかしかったか分からないが、笑えたなら良かった、と晃は思う。訳が分からない、というのは本音だ。あれだけ明確に拒絶されて尚、一太の元へ来られるのはどんな神経なんだろう。本当に、訳が分からない。
 一太は、ちょこちょこと晃に付いてくる。狭い部屋の中で、荷物を置いて、手洗いして、トイレへ行って、と動き回る晃の後ろに、後追いする赤ん坊のようについて回っていた。
 部屋中にいい匂いが漂っていて、こんな時でも、いっちゃんはご飯を作っちゃうんだなあ、と晃は複雑な気分だ。

「ご飯、作ってくれたの?」
「あ、うん。でも、揚げただけ。エビフライ」
「え? 嬉しい。僕、エビフライ大好き」
「知ってる」
「えー。ありがとう」
「前の残り、冷凍庫に入ってたから」
「ふふ。食べよう、食べよう。お腹空いたでしょ? 待っててくれて、ありがとね」

 晃が、冷蔵庫からちぎったレタスとドレッシング、タルタルソースを出すと、一太は味噌汁を温め直して机に置く。揚げ物はすでに、ラップをして机に置いてあった。

「あ、ごめん。俺、ポテト、つまみ食いしちゃった」
「いいじゃん。ポテトは揚げたてが美味しいから、どんどん食べたらいいよ」
「どんどん? 後からご飯が、入らなくなるよ」
「別腹でしょ、別腹」

 何でもないようなことを話しているうちに一太の顔色が良くなって、笑顔が自然な形に戻っていく。
 部屋が狭くて良かった、と晃は思った。どこにいるか、すぐに分かるから。声が届くから。
 ご飯もよそって手を合わせると、晃は、考えていたことを切り出す。

「いっちゃん。今日さ、一緒に寝ようよ」
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