【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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六十九

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 すぐに文を開けた行成ゆきなりは、目を通すうちに次第に険しい表情となった。伊良これよしと藤兵衛、左近は、息を詰めて、行成が文を読み終えるのを待った。伊良は、行成の綺麗な顔がしかめられていくのを、はらはらと見守っていた。
 たった今、心配することはない、と伊良を励ましてくれた行成を、今度は伊良が、上手く慰めることができるだろうか。伊良には、行成のように上手くやれる自信はない。だが、これより先、どのようなことが起こったとしても、自分は変わらず行成の味方だという心を伝えることくらいはできる。それで少しは、行成は慰められてくれるだろうか。

「……亡くなられた時実ときざねさまの許婚いいなずけ寿々すず殿のご実家、太田家の当主が、時行さまと寿々殿で縁を結びたい、と話を持ち掛けてきたらしい」
「……え?」

 まだ、時実さまが亡くなられてから一日も経ってはいない。それでもう、そんなお話が? 
 時行さまには、行成さまがいらっしゃるのに……。

「……お前はどうしたいか、と父上はお尋ねだ。もし、男同士で婚姻などという、尋常でない状態を解消するのなら今が好機だ、と」
「あ……」

 そうか。
 何も分からずに縁を結ばされた幼子おさなごの頃とは違う。伊良も今は、自分たちの状態が尋常ではないと理解していた。まあ、尋常ではないからといって、どうすることもできはせぬのだが。なにせこの婚約は、この領地で一番偉いお殿様の命令である。誰かが何かを言うたとて、解消できるわけではなかった。伊良も、行成も。
 だが今。今なら解消できるかもしれない、という。行成が、それを望めば……。
 自分ならどうだろう、と伊良は考えてみた。
 伊良は、様々なことを理解した上で、余四郎の許婚になれたことを大層嬉しいと思っている。このまま、余四郎さえよければ生涯を共にしたい。だから、もし、こんな風に、婚約を解消したいかと誰かに尋ねてもらえることがあったなら、迷わず否と答えるだろう。私は、四郎さまの許婚でいたい、と。伊良の実家、飯原家が、そんな風に伊良の意思を尋ねてくれるとは、到底思えはしないけれども。現に、つい先ほど、とにかく良庵の屋敷を出ろ、との命令書ふみが届いたばかりだった。
 行成は、しばし沈黙した。伊良と違って、背負うものの多かった身である。幼い頃の話であったとしても行成は、尋常ではないことを理解して、けれど断ることもできずに覚悟を決めたのかもしれなかった。今また、急に、この状態を解消してよいと言われたところで、簡単に、応とも否とも言えぬのだろう。

「伊良なら、どう……あ、いや……」

 ようやく口を開いた行成は、らしくないことを言いかけて、また口を閉じた。伊良は、黙って続きを待った。

「今、私が時行さまの許婚でなくなれば、直井の家中は荒れるだろうか」
「行成さまは、跡取りに戻りたいとお考えで?」

 やがて呟かれた行成の言葉に、護衛として最も行成と共に居ることの多い左近が、慎重に言葉を返す。 

「いや」
「では、そのようなことは起こらぬでしょう」
「そうか」
「はい」
「時行さまは、その機があれば、女子おなごと縁を結んで子をなしたいと考えられるだろうか」

 言葉は、淡々と吐かれたのに、行成の顔はきゅっと嫌そうにしかめられていた。

「それはありません」

 伊良は、はっきりと否定した。だって、時行さまは。

「いつぞや、時行さまは仰いました。この婚約を取り消す気は毛頭ない、と。行成さまが家を継げなくなったことや子を残せなくなったことは申し訳ないけれど、行成さまのことが誰より好きだから、取り消せないって」
「そうか……。そうであったな……」
「はい!」

 自信を持って言える。ちゃんと覚えている。その言葉を聞いた小さな余四郎も、婚約を取り消す気は毛頭ないと言ったことも。
 だから、伊良も行成も、尋常ではないとしても、このままでいたいならこのままでいていいのだ。……殿様に、何か言われでもしない限りは。

「ありがとう、伊良」

 行成は、小さな声で呟いた。 
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