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百二十
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良庵の部屋を出ると、息をひそめて様子を伺っていたらしい使用人たちが、慌てて膝をつき平伏した。騒ぎを聞きつけた下級役人が、あちらこちらの柱の陰に潜んでいるのも見える。
良時は、平伏した面々をじろりと一瞥して、何も言わずに歩を進めた。その後を伊良が続き、良庵が続く。周りを固めるように、護衛の正平、藤兵衛、側近の良隆が続いた。
正平は、部屋を出る直前に一度だけ藤兵衛の手を掴み深呼吸して離したのが見えた。良時が、伊良の頬を撫で、話をして落ち着いたのと同じような、正平なりの落ち着くための儀式だったのかもしれない。誰よりも汚れて、不穏なにおいを多く纏っている正平はきっと、良時さまを守るために、たくさん手を汚したのであろうから。
良隆も。気丈にふるまっているが、本来、城内での仕事を得意とする者である。今は興奮状態にあれど、気が鎮まってくれば、疲れが誰よりも出るかもしれない。気をつけていなくては。
伊良がそんなことを考えている間に、良時は異様な形のまま、重臣たちの集まる部屋へと足を踏み入れていた。
「良時さま」
直井俊行が、素早く卓から離れて平伏をする。周りの者が慌ててそれに従った。
「ご無事のお戻り、お慶び申し上げます」
「ああ」
良時は短く答えると上座へ向かう。良隆が素早く動いて座布団を二つ並べた。良時は、どさりと腰を下ろす。
かなりお疲れのようだ、と伊良は気付いてしまった。先ほど、良庵の部屋で腰を下ろさなかったのは、時間がそれほど取れなかったからというだけではなく、腰を下ろしてしまうともう一度立つのが難儀だった、という理由もあったのかもしれない。
良隆も、疲れていることだろう。いつも通りに動かなくてもよいものを……。
伊良は、良隆を労って頭を軽く下げてから、並べられた座布団の一つに腰を下ろした。それが、自分の為のものである事はもう知っている。
「おもてを上げよ」
「ははっ」
流石に、良時相手に合図なく頭を上げる者はなかった。無礼だなんだと余計なやり取りをする手間がなくて助かる。
私が相手でもそうあってほしいものだ。……まあ、母の身分の卑しい、子も成せぬ男嫁相手に、頭を下げたくないのだろうけれども。
頭を上げた俊行が息を飲むのが見えた。
そりゃあそうだ。俊行は、良時さまがどこに出かけていたかを知っている。殿と、殿の伴侶である兄が襲われたと聞いて駆けつけた現場から戻った良時さまたちが血まみれであるとなれば、よくない想像しかできぬであろう。殿は無事だ、とすぐにでも俊行に伝えてやりたい、そうはいかぬのが、もどかしいことだった。
……そういえば、行成さまはご無事なのだろうか。
余計なことを考えてしまい、伊良はそっと首を横に振る。……良時さまが何も言わぬということは、ご無事なのだろう、きっと。きっとそうだと信じたい。
「恐れながら申し上げます」
おもてを上げさせたまま何も言わぬ良時に痺れを切らし、俊行の隣に座していた太田家当主が声を上げた。
良時は、平伏した面々をじろりと一瞥して、何も言わずに歩を進めた。その後を伊良が続き、良庵が続く。周りを固めるように、護衛の正平、藤兵衛、側近の良隆が続いた。
正平は、部屋を出る直前に一度だけ藤兵衛の手を掴み深呼吸して離したのが見えた。良時が、伊良の頬を撫で、話をして落ち着いたのと同じような、正平なりの落ち着くための儀式だったのかもしれない。誰よりも汚れて、不穏なにおいを多く纏っている正平はきっと、良時さまを守るために、たくさん手を汚したのであろうから。
良隆も。気丈にふるまっているが、本来、城内での仕事を得意とする者である。今は興奮状態にあれど、気が鎮まってくれば、疲れが誰よりも出るかもしれない。気をつけていなくては。
伊良がそんなことを考えている間に、良時は異様な形のまま、重臣たちの集まる部屋へと足を踏み入れていた。
「良時さま」
直井俊行が、素早く卓から離れて平伏をする。周りの者が慌ててそれに従った。
「ご無事のお戻り、お慶び申し上げます」
「ああ」
良時は短く答えると上座へ向かう。良隆が素早く動いて座布団を二つ並べた。良時は、どさりと腰を下ろす。
かなりお疲れのようだ、と伊良は気付いてしまった。先ほど、良庵の部屋で腰を下ろさなかったのは、時間がそれほど取れなかったからというだけではなく、腰を下ろしてしまうともう一度立つのが難儀だった、という理由もあったのかもしれない。
良隆も、疲れていることだろう。いつも通りに動かなくてもよいものを……。
伊良は、良隆を労って頭を軽く下げてから、並べられた座布団の一つに腰を下ろした。それが、自分の為のものである事はもう知っている。
「おもてを上げよ」
「ははっ」
流石に、良時相手に合図なく頭を上げる者はなかった。無礼だなんだと余計なやり取りをする手間がなくて助かる。
私が相手でもそうあってほしいものだ。……まあ、母の身分の卑しい、子も成せぬ男嫁相手に、頭を下げたくないのだろうけれども。
頭を上げた俊行が息を飲むのが見えた。
そりゃあそうだ。俊行は、良時さまがどこに出かけていたかを知っている。殿と、殿の伴侶である兄が襲われたと聞いて駆けつけた現場から戻った良時さまたちが血まみれであるとなれば、よくない想像しかできぬであろう。殿は無事だ、とすぐにでも俊行に伝えてやりたい、そうはいかぬのが、もどかしいことだった。
……そういえば、行成さまはご無事なのだろうか。
余計なことを考えてしまい、伊良はそっと首を横に振る。……良時さまが何も言わぬということは、ご無事なのだろう、きっと。きっとそうだと信じたい。
「恐れながら申し上げます」
おもてを上げさせたまま何も言わぬ良時に痺れを切らし、俊行の隣に座していた太田家当主が声を上げた。
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