【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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百三十七

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 良時が向かったのは、過去の出来事や収支を記した書物が保管してある書庫であった。人が一人通れる隙間だけを空けて棚が置かれた室内には、様々な書類がうず高く積み上げられている。

「殿様……」

 慌てて平伏する書庫番を立ち上がらせて入室した。墨と紙の独特の匂いが鼻をついて、嫌いじゃないなあ、と伊良は思った。
 どこに何があるのかの説明を一通りさせた良時は、幾つかの書物を選び、どさどさと後ろに付いていた伊良の腕に積み上げていった。誰もが入室して良い訳ではない場所である事、また、単純に狭いからという理由もあり、護衛たちは廊下に待機だ。

「あ、あの、殿様……? も、持ち出されるので……?」
「ああ。調べたい事がある」
「し、しかし、その、勝手に持ち出すのは……」

 勝手に? 
 良時と伊良は揃って首を傾げた。

「私は誰だ?」
「はっ。殿……玉乃川良時さまにございます」
「この城で何かをするに、私は誰に許可をもらうというのか?」
「あ」

 書庫番は、慌ててまた膝をつき、狭い通路で身を縮めながら平伏した。

「も、も、申し訳ございません」
「分かればよい。職務に忠実な姿勢は好ましい。今後も励め。私と私の許可を持つもの以外が何ぞ持ち出そうとした際は、必ず止めるように」
「え? あ、ははっ」
「うん。頼んだぞ」
「ははっ」

 それだけ言うと、良時は振り返ることなく書庫を後にした。

「殿、これは?」
「金の流れを、一度確認しておこうと思ってな」
「左様ですか」

 これまでの良時は、何か事をなすに必要な金を、自分にと充てられた金で賄っていた。今も伊良の傍らにある藤兵衛のような、伊良の身の安全の為に雇った護衛の扶持を自らの小遣いで払っていた形である。
 主家の若様の許婚、伴侶、などとなれば、本来は生家の方で準備するはずのものを、伊良は一切持っていなかった。生家では、伊良に金を掛ける気は一寸もなかったのだ。その後、養子に出た先は、裕福な家ではなかった上に下級武士出身と平民出身の者ばかりで暮らしていた。主家の許婚に必要であるものなど誰もがよく知らなかった。四男の男嫁であるから周囲からも放っておかれていた、という事情もあるだろう。
 良時さまが身銭を切っているのか、と伊良が気付いた頃にはもう、伴侶なのだから家計は一緒だろう? と言われる関係になってしまっていた。
 婚姻してからは城住まいのため住居費や食費を請求される事もなく、衣装もそれなりの誂えのものがいつの間にか準備されていて、伊良は、金を気にするような環境になかった。実家となった良庵の家でも、御典医が二人となってからも暮らし向きを変えることは無かったため、伊良の元服の道具を揃えるために使用人のたみさんが奔走した際のような、かつかつの状態が起こることは無くなったようである。
 金か……。
 寺子屋に通っていた頃、ある程度学んだ後は口入れ屋に頼んで食い扶持を探そう、と考えていた頃が懐かしい。
 伊良は、ずいぶんと恵まれた暮らしを享受してしまっていたようだ。

「私にもお手伝いさせてください」

 良時は、ふっと表情を和らげて伊良を振り返る。

「うちの事だからな。もちろん共に」
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