【完結】余四郎さまの言うことにゃ

かずえ

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百六十五

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「は?」

 声はいくつか重なって聞こえたから、その言葉が口をついて出たのは伊良だけではなかったようだ。
 しっかり聞こえたはずなのに、相手が何を言っているのかよく分からない。
 つまり、どういう……? 

「……あの? お代を払っていない、ということ、ですか……?」 

 良時が何も答えないと見て、伊良は代わりに口を開いた。これは、しかと確かめねばならぬ。もしかして、商人たちに多大な迷惑をかけているのではないか。
 正時は、不快そうに伊良に目をやってから良時に向き直り、ひっと引きつった声を上げた。

「我が伴侶が尋ねておる。答えよ」

 良時の低い声。

「は、あ。あ、当たり前ではないか。玉乃川の御用達ともなれば、誰もがうらやむ一品となろう。商人どもは、こぞって品を納めに来たものじゃ。が、近頃は呼んでも来ぬ。その上、金を払えの大合唱。まことに商人というのは卑しいものであるな。あまりにうるさい時には、相馬に頼めばよきように計らってくれたものを、此度は相馬が見当たらぬと……そうじゃ、と、殿。相馬はいずこへ越したのであろうか? 私に何の知らせもないとはなんという不義理。ちと灸をすえてやらねばなるまい」

 良時の怒りをたたえた様子に怯えつつも、正時はつらつらと言葉を紡ぐ。だが伊良には、聞けば聞くほど何を言っているのか理解ができなかった。

「商人が、卑しい……? な、何を言っているのです? 対価もなしに品を渡せと言われて、商人や職人はどうやって暮らしていけばよいというのか……」

 ちっ、と舌打ちが聞こえた。正時は伊良が対等に話すことに苛立っているようだ。しかし、良時に睨まれて、また身を竦ませながら口を開く。懲りない人だ。

「そなたこそ何を言っておる。領主家御用達の一筆があれば、品は飛ぶように売れるのだぞ。それが対価じゃ。我らにはそれだけの価値がある。ははっ。卑しい生まれのそなたには分からぬのであろうな。んんっ、殿。このような卑しい者を側に置いていては、この先の治世に差し支えがあろう。早うこのような者どもを退けて、高貴な生まれの、我らのような者を側に置くことを進言致します」
「……そなたの一筆は意味をなさなくなったようだ。そなたではなく、相馬の伝手や金が目当てであったのであろうな、品を届けていた商人たちは」

 良時の低い声に、なるほどと伊良は頷いた。なるほど。それなら、納得はいく。玉乃川の名を持つとはいえ登城もできぬ者に何かを使用してもらったとして、そこから品の評判が広がるわけもない。城で権勢を誇り、金に余裕のあった相馬と繋がりができると思えばこそ、思惑のある商人たちが正時の屋敷へ足を運んでいたのであろう。その相馬からの支払いが滞り、更に左遷されたと噂を聞けば、正時の屋敷へ足を運ぶ理由は何もない。金を払いもせずに品を手に入れられると考えているような者と関わりたいものか。伊良なら、絶対に嫌だ。相馬がいたって関わりたくない。

「な、何を申すか。元はと言えば、そなたらの寄越す金が暮らしに足りぬから一筆で払いの代わりに……」
「は?」

 伊良は、大きく目を見開いた。

「足りない? あれが?」

 何の勤めも果たしておらぬ正時の一家であるが、生活できるだけの金は毎月渡している。何か勤めを渡してもろくなことをしない、旗印にさせぬためには飼い殺しが一番と登城禁止にした先々代が定めた通りに。勤めを果たさぬ者に生活費を渡すということが伊良には理解できなかったが、その予算だけは削らずそのままにしてあった。理解できないゆえに、どうしたらよいのか分からなかったのである。いずれ、諸々落ち着いたら手をつけたい案件ではあったのだが。

「はっ、これだから、お主のような……」
「もうよい」

 良時は、伊良の手を引いて歩き出した。

「え? 殿?」
「賊は捕らえて牢へ。聞くに堪えん。後程、私が一人で対応する。伊良は私が送っていく」 
「え? え? しかし、殿、お忙しいのでは?」
「気にするな。気分転換の散歩だ」
「そ、そうですか……」

 そうして、伊良は元々の予定の場所へと向かうことになったので、その後の、正時たちの処遇を知らない。
 ただ後に、正時たちにも勤めをさせることにした、と良時は言った。勤めに応じた給金を払うからもう気にしなくてよい、と言われた正時たちの生活費は、しばらくはつけにしていた商人たちの支払いへと回した。伊良は、丁寧に調べて一軒一軒頭を下げて回った。払ってくれるなら、と少し待ってくれる店も多く、伊良は胸を撫で下ろした。伊良が頭を下げて回る姿に、正時が使用していた店が町の者に知れ渡り、御用達であったらしいと品が良く売れることになったのは、皮肉なことである。
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