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本編
無風
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※side竹下
「なんでそんな顔してんだよ。フラれた?」
夜中にホテルの部屋に戻ると、じゅんぺーが風呂に入ってた。俺も風呂入って寝ようと思ってたのに、計算が狂った感じ。でも風呂に入らずに寝る気にはなれなくて、なんとなく起きて待ってたらこの言い草だよ。そんな酷い顔してんのかな。俺は結構幸せな気分なんだけど。
「好きって言ってもいねーのに、フラれるかよ」
「は!? こんな絶好の日に告らねーとかお前なんなの、バカなの? つーかバカだろ!」
「あの子に好きだなんて言う気はそもそも無いから。言っても困らせるだけだし」
雪田は優しい子だから。俺からの気持ちに悩んでしまうはず。自分に向けられる好意が、自分の望んでいるものと違うことに罪悪感すら抱いてしまうかも。俺に応えたいと思って無理までさせてしまうかもしれない。
「なんかユキみたいなこと言ってんな、お前」
「……ああ。そういえば、そうだね」
でも雪田は俺と違って、そのうち成就させると思うんだ。だってあんなに良い子なんだし。
生まれてきてくれてありがとうって、俺なんかと出会えたことに感謝するって言ってくれた。実の親にも思われてなさそうなことを、雪田は思ってくれる。口に出して伝えてくれる。すげー、優しい子。
来年の誕生日も祝いたいって言ってくれたこと、めちゃくちゃ嬉しかった。嬉しかったけど、たぶんっつーか絶対、叶わないでしょ。来年のクリスマスは好きな人と過ごしたいって思うようになるだろうから。
一年後なんてそんな先のこと、約束しちゃったら雪田が可哀想だ。俺はその気持ちだけで十分、幸せだから。
「俺が言っても説得力なんか全く無いって分かってんだけどさ、言うぞ?」
「なに」
「お前がどこの誰でどんな立場でどういう子を好きだかは知らねーよ。お前は言わないだろうし、俺も聞かない。ただな、自信持てよ。お前はいい男だよ。この俺が認めてる。それだけは忘れんな」
思わず笑ってしまった。クソ真面目なじゅんぺーの顔が、本気で言ってるってことを表してて、それが余計におかしかった。……嬉しかった。
「普通は笑わねーんだよ、ここで」
笑ってしまうのを堪えられないまま、俺は『ごめん』と口にした。
「そういう、顔と中身にギャップがあるとことかさ、俺は気に入ってるし。お前は自己評価が低いけど、俺ん中じゃ高評価だから。じゃなきゃ一緒にいないし、こんな話もしない。なんつーか……最初から諦めてる感じがさ、もったいねーと思うんだよ。ユキもそうだけど。好きな子の幸せを願うのも立派なもんだと思うけど、気持ち言う前からそれじゃ、逃げてんのとどう違うんだよ。お前自身が幸せにしてやるって思わねえで、何が好きだっつー話なんだよ。俺はお前はそれができる奴だと思ってるから、……だから、頑張ってみろよ」
途中から自分でも何が言いたかったのか分からなくなっていそうな顔をしていたけれど、じゅんぺーの言いたいことは分かった。
俺だって、そう思ってた。雪田の話を聞いていただけだった頃は、雪田の消極的な姿勢が理解できなかった。見ているだけで幸せなんだと言う雪田の『好き』という気持ちが、全く分からなかった。
雪田のことが好きだと自覚してからしばらくは、そばにいるのが楽しくて、優しくしてあげると笑う雪田の顔が見たくて、俺を呼ぶ雪田が可愛くて、そういうのが全部、幸せだった。多少強引だろうがアプローチして、雪田にも俺を好きになって欲しいと思ってた。
でも今なら分かるんだよ。分かってしまったんだ。逃げてるって言われようが、好きな気持ちを軽く見られようが、関係ない。俺は、雪田の幸せを願うことしかしちゃいけない。雪田を本当に幸せにしてあげられるのは、俺じゃないんだ。
じゅんぺーは言うだけ言うと寝てしまった。肩透かしを食らった感が否めないけれど、とにかく風呂に入って俺も寝ることにした。どうしたって朝は来て、また夜までこき使われるのは決まってるから。
雪田を知る前の俺だったら、一晩寝て起きると大概のことはどうでもよくなってた。隣で眠る女の顔を見て、煩わしいと何回思っただろう。面倒くさくなって、逃げるみたいに部屋から出て行ったのなんて、数え切れない。
そんな自分が、寝ても覚めても雪田のことばっかり頭の中を占めてて、会いたいとか会いたくないとかそんなことに悩んでるなんて。ほんとに、考えられなかったな。
例えば、誰かを好きになるってことを知らないままの俺でいたら、きっと今もずっと楽だった。
そりゃたまには虚しくなって、適当に遊んだりして、でもやっぱり面倒くさくて、一人でいる方がいいや、とか思ったりして。何かに思い悩むことも無くて、とりあえず大学行って、バイト行って、飲みに行って、あーなんかつまんねーなとか思いながら、毎日無難に過ごしてさ。……そういうのが、俺だった。
でも不思議と、戻りたいとは思わないんだ。雪田を好きになる前の自由な俺より、雁字搦めになってる今の方が、たぶんいい。
ベッドに寝て、目を閉じると思うんだ。雪田が夢に出て来ねーかな、って。それで、笑った顔を見たいな、ってさ。
そんなことを想像しただけで、少し笑ってしまう。こういうのも幸せって言うんじゃないかな。だから、なかなか悪くない。……と、思う。
「あれ? お前いつ戻って来てたんだ?」
朝起きたじゅんぺーの第一声がそれだった。昨夜あれだけ喋ったのに。
「……昨日酒飲んだの?」
「おー飲みまくったわ、一人で。お前はデート行ってるし? 暇だったからバカに電話しても『いいとこだから邪魔すんな』とか言われるし? 飲まずにいられるかよ、くそ」
酔ったじゅんぺーは、普通だ。というかむしろ普段より良い奴になる。昨夜も飲んだ酒の缶とか瓶とか全部キッチリ片付けてから風呂に入ったんだろう。酔うとなぜか妙にしっかりしてくる変な奴だから。女もそれで結構コロッと落ちる。
でも、本人には記憶が無いらしい。俺ら周りも言ってやらないし。だってなんとなく腹立つから。こっちはちょっと感動しちゃったりしてんのに。
「バカって?」
「ニーナ」
「……新見?」
「おー」
「電話したの? イヴの夜に?」
「おー」
「……ふーん」
え、なにそれ。どういう感情? は? 前に言ってた『あのバカ』っていうのも新見のこと? 無いって。無い無い。つーか、無しだろ。前から妙に可愛がってんなとは思ってたけど、そういうことだったの?
「うわやべ。コウさっさと着替えろ、遅れるぞ」
「あ、うん」
普通だ。だよな。無い無い。ありえない。新見のことをよく知ってる訳じゃないけど、あんなバカっぽい奴にじゅんぺーが……うん、無い。
大晦日の晩は、教授を含む現場のみんなで年越しした。蕎麦食って、酒飲んで、つまみ食って、麻雀を教わって、既婚者の愚痴聞いて、子供の自慢話聞いて、泥酔したオッサン達の介抱して、気付いたら朝に近かった。
「どんだけ年取っても、やってること変わんねーな、おい」
「……疲れた」
フラフラになりながら自分達の部屋に戻って、ベッドに倒れるみたいにして寝た。最悪な年明け。服とか髪がタバコくせーとかそんなことどうでもいいって思うくらい、とにかく眠りたかった。……のに、うるせー音で鳴るじゅんぺーの携帯のせいで起きてしまった。体感的にはほんの一瞬。さっき寝たばっかりで若干イラッとした。
「んだよ、うるせーな……」
キレ気味のじゅんぺー。でも電話には出るらしい。
「こないだ俺からの電話ブチったくせによく掛けてこられたな、このバカ野郎が」
相手は新見か。なんとなく耳をそばだててしまう俺。
「は? バカか。いま俺らがどこいると思ってんだよ、ふざけんな。行かねーぞ」
何かを断っている様子のじゅんぺー。その言動に甘ったるい感じは無い。やっぱり俺の勘違いだったかな、と思っていたら今度は俺の携帯が鳴った。
液晶に浮かぶ『雪田』の文字。つい顔が緩む。
「もしもし、どうしたの? 電話なんて珍しいね」
「あ! 竹下さん、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします!」
「ああ、明けましておめでとう。こちらこそ今年もよろしく。それ言うためにわざわざ?」
「いやっ、あの、ニーナが霧島さんに電話掛けてるので、竹下さんにも今ならって思って」
「うん? それで、何か用だった?」
「あ、そっか。えっと、今からみんなで初日の出見に行こうって話になって、良かったらお二人もと思って」
なるほど。それで『どこにいると思ってんだよ』か。チラ、と時計を確認すると時刻は午前6時の少し前。まじでさっき寝たばっかりの俺ら。つーか、日の出まであと何分だよ?
「……うん、ちょっと厳しいかな」
「そ、っすよね。俺、今日地元帰るんすけど、その前に竹下さんに会えたらなって思って……お疲れなの分かってるのに、すみませんっす……」
う……わー、俺なんかに会いたいって思ってくれてんなら今すぐにでも飛んでってあげたい。じゅんぺーの方はどうなってんのかなーと様子を見ると、なぜかじゅんぺーがワナワナと怒りに震えているような……なんで?
「てめーぜってぇ許さねぇからな! 今すぐ行くから殴られる覚悟して待ってろ! このバカが!」
「あー、うん。なんか行くことになったっぽい。また後でね」
じゅんぺーが携帯を枕に投げ付けて、それでも発散出来ないのかバタバタと悶えている。声を掛けようか迷っていると、ガバっと勢いよく起き上がってバッグを漁り始めた。
「風呂、5分で入って交代な。すぐ出発するぞ」
なんだろう。こんなに怒っているじゅんぺーは初めてだ。何がここまでこいつを怒らせたんだろう。新見って、なんかすげーな。
急いで身支度をして、ホテルを出たのが6時20分。目的地までナビ上では17分。日の出は予報で6時49分らしい。道が混んでなきゃ余裕で間に合いそう。
「…………」
助手席でじゅんぺーが黙っている。めんどくさいから放っておいて、雪田に会えるの嬉しいなーとかそんなことを考える。たった一週間。なのにこの距離のせいなのか、好きすぎるせいなのか分からないけれど、すごく久しぶりな気がする。
「お前、運転大丈夫か?」
「うん、平気。ちょっと寝たし、シャワー浴びたし、酒は抜けてるよ。まあ検問があったら終わりだろうけどね」
「ねーだろ。元旦から」
「逆にあるんじゃない? 俺らみたいなの取り締まるために」
「もし罰金食らったら、あのバカに払わす」
相当ムカついてんな、これ。
小野さん三木さんと、一回生3人と、橋本の女とその友達数人で年越しをしたらしい。海で遊んだメンツと変わらないって話だからあの雪田狙いのうざい女もいたはず。まあそのへんはあとで雪田本人から聞き出すとして。
解散してからも小野さん三木さん、新見、雪田の4人で飲んでいたら、新見の発案で茨城に初日の出を見に行こうということになったらしい。俺ら2人にも会いたいしってことで。そこまではいい。じゅんぺーの怒りの原因はこのあと。
初日の出に間に合うようにするには、4時頃に出発しなきゃいけなくて、電車は無いし、タクシーだと金掛かり過ぎるしでどうしようかってことになった。そこで諦めればよかったんだけど、新見が閃いてしまった。
じゅんぺーの車使えばいいじゃん。って。
それで今、じゅんぺーに無断で、じゅんぺーの車を走らせて、こっちに向かってるらしい。ちなみに運転してるのは小野さん。
じゅんぺーは自宅生で、当然車は実家に停めてある。普通だったら車なんか勝手に借りられないけど、運良く、というか運悪く、新見がじゅんぺーの家族に気に入られてしまってる。新見の『車のキー貸して』の一言でホイホイと貸してしまうじゅんぺーの母親と姉。
さっき、二度と新見に車のキーを渡すな、と電話で母親に強く言ったが、いいじゃないの、と笑って流されたらしい。
で、超不機嫌継続中。
「つーかさ、お前の家族になんでそんな新見が気に入られてんの」
「知るかよ。母さんと姉ちゃんが尋常じゃないくらい可愛がっててさ。俺がいなくても俺ん家で平気でメシ食ったりしてるよ、あいつ。親父まで一緒になって可愛がってるしよー。あいつの茶碗とか箸まであんだよ。あとパジャマ。俺ん家の家系は遺伝子レベルでニーナを可愛いと思っちまうんじゃねーかと思うくらいだぜ」
つまりお前も可愛いと思ってんじゃねーか。と言うのはやめておく。じゅんぺーが新見を可愛がってんのは知ってるし。
「で? 会ったら殴んの?」
「さあな。なんせ遺伝子レベルだからな。あいつの顔見たらそんな気も失せるかもしんねー。代わりにお前殴っといて」
「やだよ。めんどくさい」
「くっそ、まじでムカついてんのに……」
ブツブツと色々言っているけれど、なんか結局は新見には怒れないということらしい。これはひょっとするとひょっとしちゃうのかもしれない。じゅんぺーは新見のことが好きなんだろう。
「お前から見てニーナってどうよ?」
「……うざい?」
「だよな。それが普通の反応だ」
え、いや。それが普通でいいのかよ。
「なんでそんな顔してんだよ。フラれた?」
夜中にホテルの部屋に戻ると、じゅんぺーが風呂に入ってた。俺も風呂入って寝ようと思ってたのに、計算が狂った感じ。でも風呂に入らずに寝る気にはなれなくて、なんとなく起きて待ってたらこの言い草だよ。そんな酷い顔してんのかな。俺は結構幸せな気分なんだけど。
「好きって言ってもいねーのに、フラれるかよ」
「は!? こんな絶好の日に告らねーとかお前なんなの、バカなの? つーかバカだろ!」
「あの子に好きだなんて言う気はそもそも無いから。言っても困らせるだけだし」
雪田は優しい子だから。俺からの気持ちに悩んでしまうはず。自分に向けられる好意が、自分の望んでいるものと違うことに罪悪感すら抱いてしまうかも。俺に応えたいと思って無理までさせてしまうかもしれない。
「なんかユキみたいなこと言ってんな、お前」
「……ああ。そういえば、そうだね」
でも雪田は俺と違って、そのうち成就させると思うんだ。だってあんなに良い子なんだし。
生まれてきてくれてありがとうって、俺なんかと出会えたことに感謝するって言ってくれた。実の親にも思われてなさそうなことを、雪田は思ってくれる。口に出して伝えてくれる。すげー、優しい子。
来年の誕生日も祝いたいって言ってくれたこと、めちゃくちゃ嬉しかった。嬉しかったけど、たぶんっつーか絶対、叶わないでしょ。来年のクリスマスは好きな人と過ごしたいって思うようになるだろうから。
一年後なんてそんな先のこと、約束しちゃったら雪田が可哀想だ。俺はその気持ちだけで十分、幸せだから。
「俺が言っても説得力なんか全く無いって分かってんだけどさ、言うぞ?」
「なに」
「お前がどこの誰でどんな立場でどういう子を好きだかは知らねーよ。お前は言わないだろうし、俺も聞かない。ただな、自信持てよ。お前はいい男だよ。この俺が認めてる。それだけは忘れんな」
思わず笑ってしまった。クソ真面目なじゅんぺーの顔が、本気で言ってるってことを表してて、それが余計におかしかった。……嬉しかった。
「普通は笑わねーんだよ、ここで」
笑ってしまうのを堪えられないまま、俺は『ごめん』と口にした。
「そういう、顔と中身にギャップがあるとことかさ、俺は気に入ってるし。お前は自己評価が低いけど、俺ん中じゃ高評価だから。じゃなきゃ一緒にいないし、こんな話もしない。なんつーか……最初から諦めてる感じがさ、もったいねーと思うんだよ。ユキもそうだけど。好きな子の幸せを願うのも立派なもんだと思うけど、気持ち言う前からそれじゃ、逃げてんのとどう違うんだよ。お前自身が幸せにしてやるって思わねえで、何が好きだっつー話なんだよ。俺はお前はそれができる奴だと思ってるから、……だから、頑張ってみろよ」
途中から自分でも何が言いたかったのか分からなくなっていそうな顔をしていたけれど、じゅんぺーの言いたいことは分かった。
俺だって、そう思ってた。雪田の話を聞いていただけだった頃は、雪田の消極的な姿勢が理解できなかった。見ているだけで幸せなんだと言う雪田の『好き』という気持ちが、全く分からなかった。
雪田のことが好きだと自覚してからしばらくは、そばにいるのが楽しくて、優しくしてあげると笑う雪田の顔が見たくて、俺を呼ぶ雪田が可愛くて、そういうのが全部、幸せだった。多少強引だろうがアプローチして、雪田にも俺を好きになって欲しいと思ってた。
でも今なら分かるんだよ。分かってしまったんだ。逃げてるって言われようが、好きな気持ちを軽く見られようが、関係ない。俺は、雪田の幸せを願うことしかしちゃいけない。雪田を本当に幸せにしてあげられるのは、俺じゃないんだ。
じゅんぺーは言うだけ言うと寝てしまった。肩透かしを食らった感が否めないけれど、とにかく風呂に入って俺も寝ることにした。どうしたって朝は来て、また夜までこき使われるのは決まってるから。
雪田を知る前の俺だったら、一晩寝て起きると大概のことはどうでもよくなってた。隣で眠る女の顔を見て、煩わしいと何回思っただろう。面倒くさくなって、逃げるみたいに部屋から出て行ったのなんて、数え切れない。
そんな自分が、寝ても覚めても雪田のことばっかり頭の中を占めてて、会いたいとか会いたくないとかそんなことに悩んでるなんて。ほんとに、考えられなかったな。
例えば、誰かを好きになるってことを知らないままの俺でいたら、きっと今もずっと楽だった。
そりゃたまには虚しくなって、適当に遊んだりして、でもやっぱり面倒くさくて、一人でいる方がいいや、とか思ったりして。何かに思い悩むことも無くて、とりあえず大学行って、バイト行って、飲みに行って、あーなんかつまんねーなとか思いながら、毎日無難に過ごしてさ。……そういうのが、俺だった。
でも不思議と、戻りたいとは思わないんだ。雪田を好きになる前の自由な俺より、雁字搦めになってる今の方が、たぶんいい。
ベッドに寝て、目を閉じると思うんだ。雪田が夢に出て来ねーかな、って。それで、笑った顔を見たいな、ってさ。
そんなことを想像しただけで、少し笑ってしまう。こういうのも幸せって言うんじゃないかな。だから、なかなか悪くない。……と、思う。
「あれ? お前いつ戻って来てたんだ?」
朝起きたじゅんぺーの第一声がそれだった。昨夜あれだけ喋ったのに。
「……昨日酒飲んだの?」
「おー飲みまくったわ、一人で。お前はデート行ってるし? 暇だったからバカに電話しても『いいとこだから邪魔すんな』とか言われるし? 飲まずにいられるかよ、くそ」
酔ったじゅんぺーは、普通だ。というかむしろ普段より良い奴になる。昨夜も飲んだ酒の缶とか瓶とか全部キッチリ片付けてから風呂に入ったんだろう。酔うとなぜか妙にしっかりしてくる変な奴だから。女もそれで結構コロッと落ちる。
でも、本人には記憶が無いらしい。俺ら周りも言ってやらないし。だってなんとなく腹立つから。こっちはちょっと感動しちゃったりしてんのに。
「バカって?」
「ニーナ」
「……新見?」
「おー」
「電話したの? イヴの夜に?」
「おー」
「……ふーん」
え、なにそれ。どういう感情? は? 前に言ってた『あのバカ』っていうのも新見のこと? 無いって。無い無い。つーか、無しだろ。前から妙に可愛がってんなとは思ってたけど、そういうことだったの?
「うわやべ。コウさっさと着替えろ、遅れるぞ」
「あ、うん」
普通だ。だよな。無い無い。ありえない。新見のことをよく知ってる訳じゃないけど、あんなバカっぽい奴にじゅんぺーが……うん、無い。
大晦日の晩は、教授を含む現場のみんなで年越しした。蕎麦食って、酒飲んで、つまみ食って、麻雀を教わって、既婚者の愚痴聞いて、子供の自慢話聞いて、泥酔したオッサン達の介抱して、気付いたら朝に近かった。
「どんだけ年取っても、やってること変わんねーな、おい」
「……疲れた」
フラフラになりながら自分達の部屋に戻って、ベッドに倒れるみたいにして寝た。最悪な年明け。服とか髪がタバコくせーとかそんなことどうでもいいって思うくらい、とにかく眠りたかった。……のに、うるせー音で鳴るじゅんぺーの携帯のせいで起きてしまった。体感的にはほんの一瞬。さっき寝たばっかりで若干イラッとした。
「んだよ、うるせーな……」
キレ気味のじゅんぺー。でも電話には出るらしい。
「こないだ俺からの電話ブチったくせによく掛けてこられたな、このバカ野郎が」
相手は新見か。なんとなく耳をそばだててしまう俺。
「は? バカか。いま俺らがどこいると思ってんだよ、ふざけんな。行かねーぞ」
何かを断っている様子のじゅんぺー。その言動に甘ったるい感じは無い。やっぱり俺の勘違いだったかな、と思っていたら今度は俺の携帯が鳴った。
液晶に浮かぶ『雪田』の文字。つい顔が緩む。
「もしもし、どうしたの? 電話なんて珍しいね」
「あ! 竹下さん、明けましておめでとうございます! 今年もよろしくお願いいたします!」
「ああ、明けましておめでとう。こちらこそ今年もよろしく。それ言うためにわざわざ?」
「いやっ、あの、ニーナが霧島さんに電話掛けてるので、竹下さんにも今ならって思って」
「うん? それで、何か用だった?」
「あ、そっか。えっと、今からみんなで初日の出見に行こうって話になって、良かったらお二人もと思って」
なるほど。それで『どこにいると思ってんだよ』か。チラ、と時計を確認すると時刻は午前6時の少し前。まじでさっき寝たばっかりの俺ら。つーか、日の出まであと何分だよ?
「……うん、ちょっと厳しいかな」
「そ、っすよね。俺、今日地元帰るんすけど、その前に竹下さんに会えたらなって思って……お疲れなの分かってるのに、すみませんっす……」
う……わー、俺なんかに会いたいって思ってくれてんなら今すぐにでも飛んでってあげたい。じゅんぺーの方はどうなってんのかなーと様子を見ると、なぜかじゅんぺーがワナワナと怒りに震えているような……なんで?
「てめーぜってぇ許さねぇからな! 今すぐ行くから殴られる覚悟して待ってろ! このバカが!」
「あー、うん。なんか行くことになったっぽい。また後でね」
じゅんぺーが携帯を枕に投げ付けて、それでも発散出来ないのかバタバタと悶えている。声を掛けようか迷っていると、ガバっと勢いよく起き上がってバッグを漁り始めた。
「風呂、5分で入って交代な。すぐ出発するぞ」
なんだろう。こんなに怒っているじゅんぺーは初めてだ。何がここまでこいつを怒らせたんだろう。新見って、なんかすげーな。
急いで身支度をして、ホテルを出たのが6時20分。目的地までナビ上では17分。日の出は予報で6時49分らしい。道が混んでなきゃ余裕で間に合いそう。
「…………」
助手席でじゅんぺーが黙っている。めんどくさいから放っておいて、雪田に会えるの嬉しいなーとかそんなことを考える。たった一週間。なのにこの距離のせいなのか、好きすぎるせいなのか分からないけれど、すごく久しぶりな気がする。
「お前、運転大丈夫か?」
「うん、平気。ちょっと寝たし、シャワー浴びたし、酒は抜けてるよ。まあ検問があったら終わりだろうけどね」
「ねーだろ。元旦から」
「逆にあるんじゃない? 俺らみたいなの取り締まるために」
「もし罰金食らったら、あのバカに払わす」
相当ムカついてんな、これ。
小野さん三木さんと、一回生3人と、橋本の女とその友達数人で年越しをしたらしい。海で遊んだメンツと変わらないって話だからあの雪田狙いのうざい女もいたはず。まあそのへんはあとで雪田本人から聞き出すとして。
解散してからも小野さん三木さん、新見、雪田の4人で飲んでいたら、新見の発案で茨城に初日の出を見に行こうということになったらしい。俺ら2人にも会いたいしってことで。そこまではいい。じゅんぺーの怒りの原因はこのあと。
初日の出に間に合うようにするには、4時頃に出発しなきゃいけなくて、電車は無いし、タクシーだと金掛かり過ぎるしでどうしようかってことになった。そこで諦めればよかったんだけど、新見が閃いてしまった。
じゅんぺーの車使えばいいじゃん。って。
それで今、じゅんぺーに無断で、じゅんぺーの車を走らせて、こっちに向かってるらしい。ちなみに運転してるのは小野さん。
じゅんぺーは自宅生で、当然車は実家に停めてある。普通だったら車なんか勝手に借りられないけど、運良く、というか運悪く、新見がじゅんぺーの家族に気に入られてしまってる。新見の『車のキー貸して』の一言でホイホイと貸してしまうじゅんぺーの母親と姉。
さっき、二度と新見に車のキーを渡すな、と電話で母親に強く言ったが、いいじゃないの、と笑って流されたらしい。
で、超不機嫌継続中。
「つーかさ、お前の家族になんでそんな新見が気に入られてんの」
「知るかよ。母さんと姉ちゃんが尋常じゃないくらい可愛がっててさ。俺がいなくても俺ん家で平気でメシ食ったりしてるよ、あいつ。親父まで一緒になって可愛がってるしよー。あいつの茶碗とか箸まであんだよ。あとパジャマ。俺ん家の家系は遺伝子レベルでニーナを可愛いと思っちまうんじゃねーかと思うくらいだぜ」
つまりお前も可愛いと思ってんじゃねーか。と言うのはやめておく。じゅんぺーが新見を可愛がってんのは知ってるし。
「で? 会ったら殴んの?」
「さあな。なんせ遺伝子レベルだからな。あいつの顔見たらそんな気も失せるかもしんねー。代わりにお前殴っといて」
「やだよ。めんどくさい」
「くっそ、まじでムカついてんのに……」
ブツブツと色々言っているけれど、なんか結局は新見には怒れないということらしい。これはひょっとするとひょっとしちゃうのかもしれない。じゅんぺーは新見のことが好きなんだろう。
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