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本編
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※side竹下
成人式に、出席する気は無かった。本当に色々面倒で、億劫で、まじで行くつもりは無くて。なのに、当たり前みたいに集合場所と時間を指定するメッセージが来てしまって、行かないって言うことも、それのもっともらしい言い訳を考えることも、それはそれで面倒で。結局、地元のホテルに部屋を予約して、帰省することにした。
前日まで何度も、やっぱり行くのやめようかな。とかいう俺らしい発想が浮かんできた。ホテルを予約せずに当日の朝から式に向かうことにしていたら、おそらく出席してなかっただろう。それならそれでよかったと思う程度には、成人式なんてどうでもよかった。でも誘われたんだから行った方がいいよな、って思ってしまったのはきっと、俺の悪いところ。
会いたい奴がいる訳でもないのに。往生際悪くそう思うたびに、元旦に隠し撮りした雪田の写真を見ては気を取り直す、というのを繰り返した。
綺麗だ。と朝日に見惚れる雪田の横顔は、それこそ『君の方が綺麗だよ』なんて馬鹿げた常套句が口から出そうになるくらい輝いて見えた。自然と携帯を取り出してシャッターを切ってしまうくらい。
たぶん雪田は朝日を撮ったと思ったんだろう。特に何も言われなくてホッとした。おかげで、やる気が出ない時とか、雪田に会いたい時に写真を眺めることが出来る。こういうことのために写真って撮るんだな、と今更ながらに納得した。……んだけれど。
写真を一緒に撮ろうと言ってくる女がうざすぎて、やっぱり来るんじゃなかったと辟易してくる。顔も分からないような人間と、なんで一緒に写真なんか撮らなきゃいけないんだとイライラする。
「竹下? どうかした? 具合でも悪いのか?」
「いや? それはないけど」
「そっか? ならいいけどさ。なんか顔こえーしよ。腹でも痛いのかと思った」
「……ああ」
この感覚は久々。
他人から見た俺と、本当の俺の間に大きな溝がある。他人から見た俺に本当の俺が嵌め込まれていくような感じ。そのなんとなくの違和感が以前は常にあった。
大学に入学してから、というか、じゅんぺーに出会ってからかな。友達付き合いも随分と楽になった。嫌なことは嫌だと言えるようになったし、連むこと自体を楽しいと思うようにもなった。じゅんぺーには面倒臭いことも頼まれるけど、あれでちゃんと俺の許容範囲っていうやつを分かってるみたいで、意外とすんなり受け入れられることの方が多い。現に雪田の女装の件まで、一度だってじゅんぺーと衝突したことなんて無かった。
今の俺を見て『具合が悪い』なんていう妙な解釈をする人間は、周りにもういない。ちゃんと『機嫌が悪い』んだと察してもらえる。それはじゅんぺーのおかげだし、たぶん、俺も変わった。地元の奴らと関わるとなると戻ってしまうみたいだけれど。
地元の奴らは、なにかと俺を良い風に捉える節がある。……なんて、まるで周りが悪いような言い方は良くないよな。俺は周りから良い奴に見られたいと思ってたわけじゃない。むしろ周りのことに無関心だった自信がある。だからこそ他人と深く関わることが面倒で、適当に合わせてはいた。無難に、当たり障り無く、穏やかに。好かれようとはしていないけれど、結果的には好かれていたんだと思う。
一人でいるよりも誰かといる方が都合が良いことの方が多かった。ただそれだけなんだ。友人も女も。自分にとって得になる存在かどうかを考えてた。学校の男友達や、金になる女なんかは当時の俺にとって得になる存在だった。そうじゃない奴は視界の外に追いやっていた。うるさいだけの女とか、父親も継母も。
継母なんてそれの最たるものだ。俺にとっては害でしかない女。自分は愛されるべき女だと信じて疑わない。俺が一向に懐かないことを、好意の裏返しだなんてとんでもない勘違いをしていた。思春期特有の照れや意地なんかが邪魔をして素直になれないだけで、本当は男として自分を見ていると、自分を女として意識していると、誰かに電話で話しているのを聞いたことがある。
その時の感情は言葉にできない。気持ちが悪い。不愉快。悍ましい。吐き気がする。恐ろしい。身体に虫が這っているんじゃないかと思うほどの不快感に身震いした。誤解を解こうなんて考えもしないほど、とにかく関わりたくなかった。何を言っても、何を見せても、あの女の耳や目から情報が脳に行き着くその一瞬で、俺の言動は書き換えられる。そう思った。
ああ、最悪だ。あの最低な女のことなんて、もう随分と忘れていたのに思い出してしまった。気分が悪い。それもこれも成人式なんかのために地元に戻って来たせい。早く帰りたい。帰って雪田に会って癒されたい。でも出来ないからとりあえず、写真を眺める。
……撮ってよかった。まじで。本当に心から。
夕方から高校の同窓会があると誘われて、俺は行くことにした。これはまじで俺の悪いところ。行かないって言って、何でだって聞かれて、理由を言って、納得してもらうまでのその流れがもう面倒臭い。じゃあもう行って適当に合わせとけばいいやって思ってしまう。それに最初から断るより行ってから途中で抜ける方が簡単だと思う。
「大学入ってから全然こっち帰って来ねーんだもん。すげー今さらになっちゃったけど、これ卒業式ん時の写真な。竹下が写ってるやつ焼き増しといたから」
「まじで? サンキュ」
卒業してから2年近く経つのに、今日俺に会うからとわざわざ用意して来てくれたことに少し驚く。まあでも、写真なんて貰ってもそのまま引き出しの奥にしまってしまうのだろうけれど。
せっかくだから、袋から出して見てみる。少し幼さを感じさせる自分達の笑顔が写っていた。
「うわ、懐かしいなー。こうやって見比べるとお前大学行って垢抜けたね」
「うっせーよ。竹下だってパーマとかしてんじゃん」
一枚一枚、丁寧に見ていった訳ではない。しかし、よく知った顔がチラッと目に入って、俺はそこで手を止めた。
「……え?」
「え? なんかあった? まさか心霊写真とか?」
「これ! これ誰か分かる?」
ありえない。まさか。何で。どうして。こんなのに写ってんの。
「は? こんなん一個下のやつじゃん。えーっと、名前なんだっけな。ほらほら……あー、出かかってんだけどな。お前みてぇに女子からモテモテでさ、何回か聞いたことあんだけど……」
「雪田?」
「そうそれ! 雪田だ! 何だよ、お前知ってんじゃん」
他人の空似なんかじゃなくて、正真正銘、雪田なんだ。
同じ高校だったの、何で言ってくんなかったの? そう思った瞬間、ほとんど願望みたいな、自分本位な考えが思い浮かんだ。
『それも高校からずーっと片想いなんだと! 大学まで追いかけて来たっつーんだからまじじゃん』
『俺、竹下さんが大好きなんです。だから、嫌いにならないで下さい』
『竹下さんに想われてる人が羨ましいっす。俺が欲しかったっす……その気持ち』
『俺……、竹下さんになら、何されてもいいっす』
まさか。まさかまさか。雪田が大学まで追っかけてきたのって……。
「雪田かー。なんか思い出してきた。なんか知んねーけど、あいつのことよく見かけたんだよな。イケメンだから記憶に残りやすかったのかなー? いやでも、それにしちゃ頻繁に出くわしてたような……あ。そういやさ、お前覚えてる? 3年の時の球技大会でさー」
覚えている訳がない。自分が何の種目に出たかすら記憶にない。ていうか頭ゴチャゴチャで、今それどころじゃ無いんだけど。
「最終回の表で、同点、1アウト2、3塁の場面でさ、相手のバッターが左中間に良いライナー性の当たり打ったわけよ。もうダメだーってなったけど、センター守ってた竹下が打球捕ったじゃん。しかもタッチアップで走ってたランナーもバックホームでアウトにしちゃってさー。やっぱ顔が良い奴は何させても良いんだなーっつって小突き回したことあっただろ」
「あったっけ?」
「まじかよ。俺だったらずっと武勇伝として語るくらいかっこ良かったぜ? あー、まあいいやそれは。でさ、そん時の対戦相手がたぶん雪田のクラスだったんだと思うんだよ。ベンチで応援してたし。でも、竹下が決めた時さ、雪田が悔しそうな顔じゃなくて、すげー感動してるみたいな顔して竹下を見てたんだよなー。雪田だけほんと周りから浮いててさ、よく覚えてるわ」
「雪田は俺のこと、高校の時から知ってたと思う?」
「そりゃそうだろー。竹下は自覚してなかったのかもしんないけどさ、当時学内で竹下を知らない奴なんか少数派だろ。顔も良いし、頭も良いし、スポーツも出来るし、性格も良いしで有名人だったんだぜ? お前って」
「何だそれ。俺が性格良いとか、まじでありえないから」
「そういうこと言っちゃうのが、性格良いってことだろ」
「違うよ。ほんとに。俺は好きな子にだけ優しくして、分かりやすく贔屓するような奴だもん」
雪田にもっと好感を持たれたい。俺の中で、雪田は特別なんだと雪田自身に自覚させたい。そういう自分本位な理由で、俺は雪田に優しく接していた。雪田にいい人だと思われたかったから。
そのくせ、唯一好かれたいと思った子に自分の気持ち押し付けて、傷付けて、挙げ句の果てには避けることしか出来なくなるような奴の性格が良いわけない。
「人間なんか皆さ、そうなんじゃねーの? 好きな奴には良くして、そうじゃねー奴は無視か冷たくするもんじゃん。俺が竹下の性格が良いって言ったのはさ、それがなかったからだよ。誰と接しても全員平等。確かに女子には冷たかったけど、酷いことはしねーし、逆にそういうので好感度上がるっつーかさ。……でも、今分かったわ。お前にとっては全員が『そうじゃねー奴』だっただけなんだな」
「ああ、うん。そうだね。否定はしない」
「おい、認めんのかよ。俺もそうじゃねー奴の内の一人なんだけど」
「いや、色々と妙に納得しちゃってさ。俺、好きな子以外はほんとどうでもいいと思ってるんだよ。高校までは俺にとって特別な人間がいなかったんだって、まじで思い知らされる。いつもその子のことばっか考えてるし。こんなに執着したこと、人にも物にも、一度も無いんだ」
何かを得るために、どうすればいいか。考えて実行して手に入れる。もしもそれが手に入らないと気付いたら、諦める。欲しいと思う気持ちを捨てる。簡単なことだ。じゃあ、いらない。それだけ。
友人関係なんてもっと希薄だ。いつの間にかそばにいたから一緒にいた。いなくなったならそれで終わり。
女との関係もそう。その日泊まらせてくれるなら誰でもよかった。年の離れた女は俺を縛ろうとはしなかったし、少しでもそういう気配があれば切った。同年代の女は面倒なことになりそうだから初めから排除。大学入ってからは一晩だけの遊び。やることだけやったらそれで終わり。物にも他人にもすぐに飽きて、興味が無くなった。ずっと持ち続けてるのは、家に帰りたくない、という後ろ向きな思いだけ。
そんなだったのに、雪田に対してだけは違った。
雪田は出会った時から他の誰かに恋をしていた。それもどっぷり。しかも雪田は男だ。男同士でなんて考えたことすらなかった。最初から手に入らないって分かりきってるのに、それでも惹かれて仕方ない、焦がれるような好きって気持ちを初めて知った。寝ても覚めても興味が薄れるなんてことはない。雪田に会うたび、顔を見るたび、声を聞くたび、中身を知るたび、まじで恐いくらいに気持ちが膨らんでいく。
「ノロケるねー。いつから付き合ってんの?」
「俺の片想いだよ」
「まじで!? お前に落ちない女ってどんなんだよ!」
「いるだろ、普通に」
「何言ってんだ、告ったら一発だろ」
「そんな訳ない。って思ってたんだけど……うん、もしかしたら、もしかするかも。でもあんま期待させないで。こんなの奇跡だよ」
俺の学年で、あの大学に行った人間が、俺以外にもいるのかもしれない。俺が知らないだけで。もしくは俺の学年じゃないのかも。どうだっけ? 学年の話してたんだっけ? 覚えてないっていうか、思い出せない。期待が膨らんで、膨らみ過ぎて、思考能力が終わってる。
「……で? なんでこんな話になったんだっけ?」
「雪田が俺を知ってたかどうかって話から」
「あー、そうだったな。で、なんで雪田を気にしてんの?」
「大学のサークルの後輩なんだよ。同じ高校だったなんて言われなかったから、驚いた。だから雪田も俺を知らなかったのかなって思っただけ」
もし、俺の願望通りだったなら……雪田が大学まで追いかけた好きな人っていうのが、俺だったら。……どれだけ嬉しいだろう。
想像しただけで飛び跳ねたくなってくる。俺が飛び跳ねている姿は想像したくないけれど。
聞けば、教えてくれる? 俺が雪田を好きだと伝えることは許される? 雪田は、俺の恋人になってくれる?
「ごめん、俺帰るわ」
「は? もう?」
「うん。なんかもう居ても立っても居られないからさ。誘ってくれたのにごめん。じゃあ」
挨拶もそこそこに、俺は店を出て、自分の車に乗った。ホテルに戻って荷物持ったら、すぐ帰ろう。高速に乗れば2時間ちょっとで帰れるだろうし、それならまだ、雪田の家に行っても大丈夫かな。
あー、早く会いたい。会って確かめたい。早く、早く早く。
成人式に、出席する気は無かった。本当に色々面倒で、億劫で、まじで行くつもりは無くて。なのに、当たり前みたいに集合場所と時間を指定するメッセージが来てしまって、行かないって言うことも、それのもっともらしい言い訳を考えることも、それはそれで面倒で。結局、地元のホテルに部屋を予約して、帰省することにした。
前日まで何度も、やっぱり行くのやめようかな。とかいう俺らしい発想が浮かんできた。ホテルを予約せずに当日の朝から式に向かうことにしていたら、おそらく出席してなかっただろう。それならそれでよかったと思う程度には、成人式なんてどうでもよかった。でも誘われたんだから行った方がいいよな、って思ってしまったのはきっと、俺の悪いところ。
会いたい奴がいる訳でもないのに。往生際悪くそう思うたびに、元旦に隠し撮りした雪田の写真を見ては気を取り直す、というのを繰り返した。
綺麗だ。と朝日に見惚れる雪田の横顔は、それこそ『君の方が綺麗だよ』なんて馬鹿げた常套句が口から出そうになるくらい輝いて見えた。自然と携帯を取り出してシャッターを切ってしまうくらい。
たぶん雪田は朝日を撮ったと思ったんだろう。特に何も言われなくてホッとした。おかげで、やる気が出ない時とか、雪田に会いたい時に写真を眺めることが出来る。こういうことのために写真って撮るんだな、と今更ながらに納得した。……んだけれど。
写真を一緒に撮ろうと言ってくる女がうざすぎて、やっぱり来るんじゃなかったと辟易してくる。顔も分からないような人間と、なんで一緒に写真なんか撮らなきゃいけないんだとイライラする。
「竹下? どうかした? 具合でも悪いのか?」
「いや? それはないけど」
「そっか? ならいいけどさ。なんか顔こえーしよ。腹でも痛いのかと思った」
「……ああ」
この感覚は久々。
他人から見た俺と、本当の俺の間に大きな溝がある。他人から見た俺に本当の俺が嵌め込まれていくような感じ。そのなんとなくの違和感が以前は常にあった。
大学に入学してから、というか、じゅんぺーに出会ってからかな。友達付き合いも随分と楽になった。嫌なことは嫌だと言えるようになったし、連むこと自体を楽しいと思うようにもなった。じゅんぺーには面倒臭いことも頼まれるけど、あれでちゃんと俺の許容範囲っていうやつを分かってるみたいで、意外とすんなり受け入れられることの方が多い。現に雪田の女装の件まで、一度だってじゅんぺーと衝突したことなんて無かった。
今の俺を見て『具合が悪い』なんていう妙な解釈をする人間は、周りにもういない。ちゃんと『機嫌が悪い』んだと察してもらえる。それはじゅんぺーのおかげだし、たぶん、俺も変わった。地元の奴らと関わるとなると戻ってしまうみたいだけれど。
地元の奴らは、なにかと俺を良い風に捉える節がある。……なんて、まるで周りが悪いような言い方は良くないよな。俺は周りから良い奴に見られたいと思ってたわけじゃない。むしろ周りのことに無関心だった自信がある。だからこそ他人と深く関わることが面倒で、適当に合わせてはいた。無難に、当たり障り無く、穏やかに。好かれようとはしていないけれど、結果的には好かれていたんだと思う。
一人でいるよりも誰かといる方が都合が良いことの方が多かった。ただそれだけなんだ。友人も女も。自分にとって得になる存在かどうかを考えてた。学校の男友達や、金になる女なんかは当時の俺にとって得になる存在だった。そうじゃない奴は視界の外に追いやっていた。うるさいだけの女とか、父親も継母も。
継母なんてそれの最たるものだ。俺にとっては害でしかない女。自分は愛されるべき女だと信じて疑わない。俺が一向に懐かないことを、好意の裏返しだなんてとんでもない勘違いをしていた。思春期特有の照れや意地なんかが邪魔をして素直になれないだけで、本当は男として自分を見ていると、自分を女として意識していると、誰かに電話で話しているのを聞いたことがある。
その時の感情は言葉にできない。気持ちが悪い。不愉快。悍ましい。吐き気がする。恐ろしい。身体に虫が這っているんじゃないかと思うほどの不快感に身震いした。誤解を解こうなんて考えもしないほど、とにかく関わりたくなかった。何を言っても、何を見せても、あの女の耳や目から情報が脳に行き着くその一瞬で、俺の言動は書き換えられる。そう思った。
ああ、最悪だ。あの最低な女のことなんて、もう随分と忘れていたのに思い出してしまった。気分が悪い。それもこれも成人式なんかのために地元に戻って来たせい。早く帰りたい。帰って雪田に会って癒されたい。でも出来ないからとりあえず、写真を眺める。
……撮ってよかった。まじで。本当に心から。
夕方から高校の同窓会があると誘われて、俺は行くことにした。これはまじで俺の悪いところ。行かないって言って、何でだって聞かれて、理由を言って、納得してもらうまでのその流れがもう面倒臭い。じゃあもう行って適当に合わせとけばいいやって思ってしまう。それに最初から断るより行ってから途中で抜ける方が簡単だと思う。
「大学入ってから全然こっち帰って来ねーんだもん。すげー今さらになっちゃったけど、これ卒業式ん時の写真な。竹下が写ってるやつ焼き増しといたから」
「まじで? サンキュ」
卒業してから2年近く経つのに、今日俺に会うからとわざわざ用意して来てくれたことに少し驚く。まあでも、写真なんて貰ってもそのまま引き出しの奥にしまってしまうのだろうけれど。
せっかくだから、袋から出して見てみる。少し幼さを感じさせる自分達の笑顔が写っていた。
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「……え?」
「え? なんかあった? まさか心霊写真とか?」
「これ! これ誰か分かる?」
ありえない。まさか。何で。どうして。こんなのに写ってんの。
「は? こんなん一個下のやつじゃん。えーっと、名前なんだっけな。ほらほら……あー、出かかってんだけどな。お前みてぇに女子からモテモテでさ、何回か聞いたことあんだけど……」
「雪田?」
「そうそれ! 雪田だ! 何だよ、お前知ってんじゃん」
他人の空似なんかじゃなくて、正真正銘、雪田なんだ。
同じ高校だったの、何で言ってくんなかったの? そう思った瞬間、ほとんど願望みたいな、自分本位な考えが思い浮かんだ。
『それも高校からずーっと片想いなんだと! 大学まで追いかけて来たっつーんだからまじじゃん』
『俺、竹下さんが大好きなんです。だから、嫌いにならないで下さい』
『竹下さんに想われてる人が羨ましいっす。俺が欲しかったっす……その気持ち』
『俺……、竹下さんになら、何されてもいいっす』
まさか。まさかまさか。雪田が大学まで追っかけてきたのって……。
「雪田かー。なんか思い出してきた。なんか知んねーけど、あいつのことよく見かけたんだよな。イケメンだから記憶に残りやすかったのかなー? いやでも、それにしちゃ頻繁に出くわしてたような……あ。そういやさ、お前覚えてる? 3年の時の球技大会でさー」
覚えている訳がない。自分が何の種目に出たかすら記憶にない。ていうか頭ゴチャゴチャで、今それどころじゃ無いんだけど。
「最終回の表で、同点、1アウト2、3塁の場面でさ、相手のバッターが左中間に良いライナー性の当たり打ったわけよ。もうダメだーってなったけど、センター守ってた竹下が打球捕ったじゃん。しかもタッチアップで走ってたランナーもバックホームでアウトにしちゃってさー。やっぱ顔が良い奴は何させても良いんだなーっつって小突き回したことあっただろ」
「あったっけ?」
「まじかよ。俺だったらずっと武勇伝として語るくらいかっこ良かったぜ? あー、まあいいやそれは。でさ、そん時の対戦相手がたぶん雪田のクラスだったんだと思うんだよ。ベンチで応援してたし。でも、竹下が決めた時さ、雪田が悔しそうな顔じゃなくて、すげー感動してるみたいな顔して竹下を見てたんだよなー。雪田だけほんと周りから浮いててさ、よく覚えてるわ」
「雪田は俺のこと、高校の時から知ってたと思う?」
「そりゃそうだろー。竹下は自覚してなかったのかもしんないけどさ、当時学内で竹下を知らない奴なんか少数派だろ。顔も良いし、頭も良いし、スポーツも出来るし、性格も良いしで有名人だったんだぜ? お前って」
「何だそれ。俺が性格良いとか、まじでありえないから」
「そういうこと言っちゃうのが、性格良いってことだろ」
「違うよ。ほんとに。俺は好きな子にだけ優しくして、分かりやすく贔屓するような奴だもん」
雪田にもっと好感を持たれたい。俺の中で、雪田は特別なんだと雪田自身に自覚させたい。そういう自分本位な理由で、俺は雪田に優しく接していた。雪田にいい人だと思われたかったから。
そのくせ、唯一好かれたいと思った子に自分の気持ち押し付けて、傷付けて、挙げ句の果てには避けることしか出来なくなるような奴の性格が良いわけない。
「人間なんか皆さ、そうなんじゃねーの? 好きな奴には良くして、そうじゃねー奴は無視か冷たくするもんじゃん。俺が竹下の性格が良いって言ったのはさ、それがなかったからだよ。誰と接しても全員平等。確かに女子には冷たかったけど、酷いことはしねーし、逆にそういうので好感度上がるっつーかさ。……でも、今分かったわ。お前にとっては全員が『そうじゃねー奴』だっただけなんだな」
「ああ、うん。そうだね。否定はしない」
「おい、認めんのかよ。俺もそうじゃねー奴の内の一人なんだけど」
「いや、色々と妙に納得しちゃってさ。俺、好きな子以外はほんとどうでもいいと思ってるんだよ。高校までは俺にとって特別な人間がいなかったんだって、まじで思い知らされる。いつもその子のことばっか考えてるし。こんなに執着したこと、人にも物にも、一度も無いんだ」
何かを得るために、どうすればいいか。考えて実行して手に入れる。もしもそれが手に入らないと気付いたら、諦める。欲しいと思う気持ちを捨てる。簡単なことだ。じゃあ、いらない。それだけ。
友人関係なんてもっと希薄だ。いつの間にかそばにいたから一緒にいた。いなくなったならそれで終わり。
女との関係もそう。その日泊まらせてくれるなら誰でもよかった。年の離れた女は俺を縛ろうとはしなかったし、少しでもそういう気配があれば切った。同年代の女は面倒なことになりそうだから初めから排除。大学入ってからは一晩だけの遊び。やることだけやったらそれで終わり。物にも他人にもすぐに飽きて、興味が無くなった。ずっと持ち続けてるのは、家に帰りたくない、という後ろ向きな思いだけ。
そんなだったのに、雪田に対してだけは違った。
雪田は出会った時から他の誰かに恋をしていた。それもどっぷり。しかも雪田は男だ。男同士でなんて考えたことすらなかった。最初から手に入らないって分かりきってるのに、それでも惹かれて仕方ない、焦がれるような好きって気持ちを初めて知った。寝ても覚めても興味が薄れるなんてことはない。雪田に会うたび、顔を見るたび、声を聞くたび、中身を知るたび、まじで恐いくらいに気持ちが膨らんでいく。
「ノロケるねー。いつから付き合ってんの?」
「俺の片想いだよ」
「まじで!? お前に落ちない女ってどんなんだよ!」
「いるだろ、普通に」
「何言ってんだ、告ったら一発だろ」
「そんな訳ない。って思ってたんだけど……うん、もしかしたら、もしかするかも。でもあんま期待させないで。こんなの奇跡だよ」
俺の学年で、あの大学に行った人間が、俺以外にもいるのかもしれない。俺が知らないだけで。もしくは俺の学年じゃないのかも。どうだっけ? 学年の話してたんだっけ? 覚えてないっていうか、思い出せない。期待が膨らんで、膨らみ過ぎて、思考能力が終わってる。
「……で? なんでこんな話になったんだっけ?」
「雪田が俺を知ってたかどうかって話から」
「あー、そうだったな。で、なんで雪田を気にしてんの?」
「大学のサークルの後輩なんだよ。同じ高校だったなんて言われなかったから、驚いた。だから雪田も俺を知らなかったのかなって思っただけ」
もし、俺の願望通りだったなら……雪田が大学まで追いかけた好きな人っていうのが、俺だったら。……どれだけ嬉しいだろう。
想像しただけで飛び跳ねたくなってくる。俺が飛び跳ねている姿は想像したくないけれど。
聞けば、教えてくれる? 俺が雪田を好きだと伝えることは許される? 雪田は、俺の恋人になってくれる?
「ごめん、俺帰るわ」
「は? もう?」
「うん。なんかもう居ても立っても居られないからさ。誘ってくれたのにごめん。じゃあ」
挨拶もそこそこに、俺は店を出て、自分の車に乗った。ホテルに戻って荷物持ったら、すぐ帰ろう。高速に乗れば2時間ちょっとで帰れるだろうし、それならまだ、雪田の家に行っても大丈夫かな。
あー、早く会いたい。会って確かめたい。早く、早く早く。
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