聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

文字の大きさ
6 / 297

【5話】

しおりを挟む
 猫の集会に参加しようとサイヒが裏庭に行くと1人の青年が倒れていた。
 身に着けているのはかなり良い生地のシンプルな服装である。
 銀色の髪が太陽の光に照らされキラキラと輝いている。
 魘されている様だが、それでも美しい分かる顔立ちをしていた。

「はて、宦官ではないよな?こんな所に男居るのが見つかったら肉食獣の檻にウサギを入れるようなものだぞ…面倒臭いが起こしてやるか」

 青年に近づき起こそうとしてサイヒは気が付いた。
 この青年随分と体が弱っている。
 見た目では分からないが内臓が相当やられているようだ。
 おそらく長きにわたって毒物を摂取されている。
 上手く殺さないようジワジワといたぶる様な執念深さを思わせる毒の使い方だ。
 見た感じ寿命ももうそれほど無いだろう。

 腐っても元聖女だ。
 それを見極める位の能力はある。

「これじゃ寝ててもしんどいだろう」

 見かねて【解毒】と【治癒】と【体力回復】の法術をかけてやる。
 すると苦悶していた寝顔が安らかなものとなる。
 魘されていた声も、今はスヤスヤと安らかな寝息を立てている。

 猫たちが”どうした?”と傍に詰め寄ってくる。

「どういった人物かは分からないが毒物に体を痛めつけられていたようだ。【解毒】をしたからも大丈夫だろう。それより今日はモフらせてくれないのか?」

 ニャン♪

 猫たちがサイヒの元へ集まる。
 さてモフり放題なのだが倒れた人間を放っておくのも気が咎める。

「うん、これだけ美形なら嫌悪感も無いな」

 サイヒは自分の足に青年の頭を乗せてやる。
 膝枕と言うやつだ。
 さらには服の下からストールを出し青年の体にかけてやる。

 このストールは一見変哲もない布切れだが、サイヒの手によって【適温】魔術が込められているため、寒いところでは温く、熱いところでは涼しく感じるようになっている。
 カカンでは日常的に使われている魔法具だ。
 これを冒険者に販売したら物凄く売れた。
 まぁ金は全部、神殿側に入ってサイヒの収入にはならなかったが。

 後は貧民街にも配った。
 暑さ寒さで体を壊すものが減ったので長い目で見て仕事は楽になった。
 熱中症も風邪も、祈祷を捧げるとそれなりに体力は回復するが病原菌を倒せるわけではない。

 元を正すのが先の利益に繋がることもあるのだ。
 どうせ神殿側に金が行って手元に金銭が入らないならとサイヒは無料で貧民街でストールを配りまくった。

 お陰で貧民街でサイヒの人気はうなぎ登りだ。
 サイヒは未来の自分の労力に先行投資しただけなのだが。

 まぁ感謝されて悪い気はしない。

「う、ん…」

 まだ青年の眉間に皺が少しよっている。
 【解毒】を始める法術は完全成功のはずだ。
 サイヒは自分の法術と魔術に絶大な自信がある。
 なら悪夢に魘されてるのかもしれない。

「大丈夫だぞ。もう体は大丈夫だ。もっと良い夢みるがいい」

 サラサラと髪を梳きながら声をかけてやると青年の眉間の皺が取れた。
 やはり同じ寝てるでも苦悶の表情より安らかな寝顔の方が見ているほうも気分が良い。
 美形なら尚更だ。

「いい子いい子」
 
 何だか子供をあやす気分になる。
 青年が赤子の様に警戒せずスヤスヤ眠っているせいだろう。
 ポンポンと一定のリズムで背中を叩いてやりながら、サイヒは小さな声で子守唄を唄った。

「♪~♫~~~」
  
 ふにゃり、と青年の顔が笑みを浮かべる。

(これは可愛いな。眼福だ)

 青年が起きる寸前まで子守唄は続いた。

 :::

 青年が目を覚ますと柔らかいモノの上に頭が乗せられている事に気づいた。
 どうやら膝枕をされていされているらしい。
 相手はそのままの体勢いでスヤスヤ寝ている。
 随分と器用なものだ。

(宦官か…?)
 
 随分と綺麗な顔をした宦官だ。
 これだけの美貌で噂になっていないのも珍しい。

 サラリとしたな長めの黒髪は無造作に後ろで縛られている。
 瞳の色は目を閉じているので分からない。

 正体不明の宦官だったが膝枕に嫌悪感は湧かなかった。
 寧ろ柔らかい脚と優しい匂いに久しぶりに心からリラックス出来た。

 ふるり、とサイヒの睫毛が震える。
 そしてゆっくりと開いた双眸から覗くのは青銀の瞳。

「美しい……」

 知らず青年は呟いていた。

「あぁ起きたのか。体はどうだ?毒で弱っていた内臓は完治させたはずだが。体力もちゃんと戻っているか?」

「!?」

 サイヒの言葉に青年は目を見張った。
 数年間体を蝕んでいた鈍痛が引いている。
 体も重さを感じず羽の様に軽い。

「随分毒物で内臓をやられていた。後1年生きれたら良いくらいにな。【解毒】と【治癒】と【体力回復】の法術をかけているからもう心配は無いだろう。それよりアンタみたいな綺麗な男がウロチョロしたら肉食獣の女に喰われるぞ?早々退散することをお勧めする」

 サイヒの落ち着いたアルトの声は耳に心地よい。
 そう言えば誰かが先程迄子守唄を唄っていてくれたような気がする。

「子守唄を…唄ってくれていたか……?」

「ありゃ、耳障りだったか?」

「いや、反対だ。心地よかった」

「そうか、それは良かった」

 ふわり、と花がほころぶ様に微笑むサイヒの笑顔に青年の目は釘付けとなった。

「さて、アンタも身分高そうな人だし宦官に何時までも膝枕されるのは良い気分じゃないだろう?私の腹時計が昼食の時間を知らせているのでここいらで引き上げようと思う。アンタもこれから毒物には気を付けるんだな」

 優しく青年の頭を足から下ろし、サイヒは立ち上がった。
 病人も助けたことだし徳を積んで悪いことも起こらないだろう。
 寧ろ少しばかりのご褒美を神様は用意してくれるかもしれない。

 例えば今日の昼食がサイヒの好物ばかりだとか。

 サイヒにとっては死にかけの人間の治療で積める徳は、美味しいものが食べれるかどうかのレベルらしい。

「ま、待ってくれ!其方の名は!?」

「サイヒだ。主に掃除を担当している宦官だ。もう会うことも無いだろうけどアンタの健康は毎日祈っておこう」

 小さく微笑みサイヒはその場を離れた。
 今日の昼食は魚が良いな、なんて下らない事を考えつつ。

 まさかこの気紛れのせいで”ドロドロの愛憎劇”に自分が巻き込まれることなど、サイヒは夢にも思っていなかった。

 青年はサイヒが忘れていったストールを愛おしそうに胸に抱えた。
しおりを挟む
感想 1,137

あなたにおすすめの小説

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】毒を飲めと言われたので飲みました。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃シャリゼは、稀代の毒婦、と呼ばれている。 国中から批判された嫌われ者の王妃が、やっと処刑された。 悪は倒れ、国には平和が戻る……はずだった。

冤罪で殺された聖女、生まれ変わって自由に生きる

みおな
恋愛
聖女。 女神から選ばれし、世界にたった一人の存在。 本来なら、誰からも尊ばれ大切に扱われる存在である聖女ルディアは、婚約者である王太子から冤罪をかけられ処刑されてしまう。 愛し子の死に、女神はルディアの時間を巻き戻す。 記憶を持ったまま聖女認定の前に戻ったルディアは、聖女にならず自由に生きる道を選択する。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

召喚とか聖女とか、どうでもいいけど人の都合考えたことある?

浅海 景
恋愛
水谷 瑛莉桂(みずたに えりか)の目標は堅実な人生を送ること。その一歩となる社会人生活を踏み出した途端に異世界に召喚されてしまう。召喚成功に湧く周囲をよそに瑛莉桂は思った。 「聖女とか絶対ブラックだろう!断固拒否させてもらうから!」 ナルシストな王太子や欲深い神官長、腹黒騎士などを相手に主人公が幸せを勝ち取るため奮闘する物語です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

お前のような地味な女は不要だと婚約破棄されたので、持て余していた聖女の力で隣国のクールな皇子様を救ったら、ベタ惚れされました

夏見ナイ
恋愛
伯爵令嬢リリアーナは、強大すぎる聖女の力を隠し「地味で無能」と虐げられてきた。婚約者の第二王子からも疎まれ、ついに夜会で「お前のような地味な女は不要だ!」と衆人の前で婚約破棄を突きつけられる。 全てを失い、あてもなく国を出た彼女が森で出会ったのは、邪悪な呪いに蝕まれ死にかけていた一人の美しい男性。彼こそが隣国エルミート帝国が誇る「氷の皇子」アシュレイだった。 持て余していた聖女の力で彼を救ったリリアーナは、「お前の力がいる」と帝国へ迎えられる。クールで無愛想なはずの皇子様が、なぜか私にだけは不器用な優しさを見せてきて、次第にその愛は甘く重い執着へと変わっていき……? これは、不要とされた令嬢が、最高の愛を見つけて世界で一番幸せになる物語。

処理中です...