聖女の力を姉に譲渡し国を出て行った元聖女は実は賢者でした~隣国の後宮で自重せずに生きていこうと思います~

高井繭来

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【30話】

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 ルークは待ちぼうけをくらっていた。
 何時もの裏の広場にサイヒが来ない。
 もう30分は待っている。
 何時もならサイヒはルークより早く裏の広場に着き、猫たちと戯れているのだが。
 猫たちも何時もならべったりサイヒに寄り添っているのに、今日は遠巻きにルークの様子を伺っている。

(私は何かサイヒを怒らせてしまっただろうか?それともサイヒの体調が悪いとか?部屋に様子を見に行った方が良いだろうか?勝手に部屋に入ったらウザいと思われたらどうしよう!?)

 ルークの胸中が嫌な想像でぐるぐる回る。
 彼の部屋に入って嫌がられないか悩む少女の様だ。

(倒れてたら大変だし…かまわないよな……?)

 ルークは踵を返しサイヒの部屋へ赴いた。

「サイヒ、入るぞ…」

 扉を叩いても反応しないので勝手に扉を開ける。
 サイヒは部屋の鍵をかけていないので自由に入ることが出来る。
 ただしルーク限定だ。
 サイヒは鍵をかけない代わりに対人結界を張っている。
 入れるのはサイヒとルークだけだ。
 サイヒの許可があれば誰でも入れるが。
 自由に入っていい許可があるルークはひそかに誇らしく思っている。
 サイヒの特別だと言われているようで嬉しいのだ。

「サイヒ?」

 シーツをすっぽり被った塊がベッドの上に存在した。
 サイヒの部屋なのでサイヒであることは間違いないのだろうが。

「サイヒ、サイヒ」

 シーツの塊を揺さぶる。
 するとシーツから腕が伸びてきてルークを中に引きずり込んだ。

「な、なに?何だサイヒ?」

 薄着のサイヒがルークにしがみ付く。
 腰に腕を廻しギュウギュウと締め上げる。
 ルークの胸に顔を擦り付けて、その体温と匂いを堪能する。
 いつもと立場が逆である。

(寝ぼけているのか?でも、いつもと逆だ…サイヒは私にしがみ付いて気持ちが良いのだろうか?)

 普段見えない腕が肩まで露になっている。
 綺麗に筋肉の付いたしなやかな枝木のような腕だ。
 筋骨隆々の男の者とは全然違うが、ただ枯れ木のように細いだけの淑女の腕とも違う。
 ルークの胸に顔を埋めているので顔は見えない。
 だが普段あまり見えない旋毛が見える。

(新鮮だ。それにしてもサラサラの綺麗な黒髪だ。絹の様だな。男にしたら長いがサイヒには良く似合う)

 髪を手で梳き、一房をを取って鼻元へ寄せる。

(いい匂いだ…花の匂いがする……)

 普段からサイヒはルークの好きな匂いがするが、髪は花のような淡く甘い香りがした。
 サイヒが入浴の際に花の匂いのシャンプーを使っているからだ。
 サイヒの祖国は”花と美の国”と言われているだけあって、美意識が大陸1高いとも言われている。
 ”カカンにブスはいない”と言われるぐらいだ。
 サイヒも産まれながらに石鹸や肌を整える物に困った事は無い。

 カカンでは庶民でさえも石鹸を使用している。
 共同浴場に石鹸、シャンプー、リンスが設置してあるからだ。
 浴槽には花が浮いているし、浴場を出たパウダールームには基礎化粧品さえ置いてある。
 全ては1000年前の聖女が己の国の技術を広めたからだ。
 それまでは垢を落とすのは神への冒涜とまで言われていたのだ。
 これは大陸全土に渡る。
 その事をカカンの聖女がひっくり返した。
 ”清潔”が好まれるようになったのはココからだ。
 なのでサイヒは男らしい性格をしているが意外と美意識が高いのである。

(サイヒとくっ付くのは気持ちよいが、起こさないと)

 そう思うがルークは声が出せない。
 サイヒの素足がルークの足に絡みついたからだ。
 サイヒは足にも綺麗に筋肉が付いている。
 過剰でない、必要適量な筋肉のついた脚は柳の様にしなやかだ。
 それでいて細すぎず、野生のネコ科の獣の足を思わせる。

 思わずルークの手が伸びる。

 ふに

(柔らかい…しかもスベスベだ)

 それはそうだろう。
 サイヒは女なので男のむさ苦しい脚とは違う。
 無駄毛も生えない方であるし、肌の肌理が細かいので触るとスベスベなのだ。
 思わずルークもサイヒの足を堪能してしまう。
 その感触がくすぐったかったのか、サイヒの意識が覚醒した。

「ん?ルーク、擽ったい」

「す、すまないサイヒ!うわっ!!」

 思わず後ずさる。
 しかしサイヒの部屋のベッドはルークの普段使っている寝台とは違い狭いのだ。
 後ろから落ちそうになるルークの腕を引っ張り上げ、サイヒがルークを胸に抱え込んだ。

 普段は見えない鎖骨が露になっているのを間近で見て、思わずルークはごくりと唾を飲む。

「サイヒ、普段そんな恰好で寝ているのか?肌を出し過ぎではないか?」

 先程はシーツの中にいたから、あまり見えなかった腕や脚が露になっている。
 サイヒの格好はタンクトップに短パンだ。
 しっかり晒は巻いているが。
 それでも男と信じていてもサイヒに恋心を抱いているルークにとっては目の毒でしかない。

「別にルークしか見ないのだから問題は無いだろう?」

「いや、私の心臓が持たないと言うか、目のやり場に困る……」

「そう言うものなのか?」

「そう言うものなんだ。せめて何か羽織ってくれないか?」

「では着替えるか」

「ちょ、私は後ろを向くから!少し待ってくれ!!」

「別に気にはせんが、まぁソコまで言うなら後ろを向いておいてくれ」

 シュルリ、と衣擦れの音がする。
 後ろでサイヒが無防備に着替えているかと思うとルークの心臓は飛び出しそうなくらいバクバクと忙しなく動く。
 
 ドクドクドクドク

(静まれ心臓!)

 心臓が激しく動くので頭まで血が巡り顔も真っ赤である。

「着替えたぞルーク。て、耳まで赤くしてどうした!?」

「いや、何でもない…気にしないでくれ……」

 何故がサイヒを起こしに来ただけで、ルークは異様にエネルギーを使ってしまった。

「しかしルークが起こしに来たと言う事はもう昼か。予定以上に寝たしまったな。待たせただろう?すまなかったな」

 サイヒの手がルークの頬を撫ぜる。
 その優しい感触と心地よい体温にルークは己からも手に頬を押し当てる。

「心配したのだぞ」

「すまなかった。許せルーク」

 長い睫毛に縁どられた青銀の瞳がルークの瞳を見つめる。
 その真剣な眼差しにルークの心臓は休む暇もない。

「心配してくれて有難うルーク」

 チュッ

 サイヒの唇がルークの額に触れる。

「ど、ど、どういたまして?」

「舌が回っていない。可愛いなルーク」

 起きて10分もしない内に、サイヒはとめどなくルークを翻弄する。
 全くもって心臓に悪い存在だ。

「それにしてもサイヒが寝坊するとは珍しいな。調子が悪いわけではなさそうだし、何かあったのか?」

「あぁ、まぁ私に何かがあった訳ではないのだがな。ちょっと明け方まで寝られなかっただけだ」

「何があったのだ?」

「うむ、まずはクオンに相談しようと思ったのだがな……」

 ピシッ!

 クオンの名が挙がった事に、ルークの体に電流が走った。

「何故クオンなのだ?」

「どうしたルーク?」

「何故私ではなくクオンなのだ!!」

 ルークが怒っている。
 本人は自覚が無いだろうが完全に怒っている。

「サイヒが何かを相談するなら!1番最初は私が良い!!」

「これは困ったな。うっかり口が滑った」

「何故に私ではなくクオンなのだ!?」

「あぁ、まぁルークの事だったからな」

「え?」

「ルークの相談をルークには出来ぬだろ?」

「私のこと?」

「そうルークの事だ。でなければ私が半身であるルークに1番に相談しない訳が無いだろう?」

 クスリ、とサイヒが笑う。
 この笑顔にルークが弱いのを知っていたら完全に確信犯なのだが、サイヒは自覚はしていない。

「それでも…私の知らないところで、サイヒが誰かと私の知らない事を話すのは嫌だ……」

「あんまり可愛い顔をするなルーク。私は意外とお前のその顔に弱いのだぞ?まぁでも最終的にはルークに話せば成らぬ事だからな。いっそここで話すか。出来るだけお前を傷つけたく無かったのだが…それでも聞くかルーク?」

 ルークはサイヒの青銀の瞳をジッ、と見つめ。
 そして首を縦に振った。 
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