捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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盗賊一味の首は、まだ体と繋がっております。

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 コンラッドに抱きかかえられ、不安で泣きそうなヨナリウスは、顔を見られまいと、安心する大きな胸に埋めた。

 庭に着くと、すでに大騒ぎになっていた。
 よく見れば、武器も持たず、十五人ほどの全裸の男たちが一か所に固まっている。

 ヨナリウスはミー君の姿を見つけると、コンラッドの腕の中からぴょんと飛び降り、

「ミー君!」

 叫びながら、ととと……と駆けだした。

 ミー君は驚いた。
 せっかく気持ちよく眠っていたはずのヨナリウスが、こんな真夜中に起きて、自分のもとへ走ってくるなんて。

 そして、腹が立った。
 目の前の連中のせいで、ヨナリウスが起きてしまった。

 怒りに駆られたミー君は、とっさに男たちへと、さらなる液を噴射しようとする。

 それをいち早く察知したコンラッドが叫んだ。

「シリウス! 風の魔法で、防御膜を!」

 指示を受けた風の魔法士は、数秒の差で――ミー君が液体を吐き、男たちに命中する寸前、防御膜を展開した。

 すると――。

「な、なんだこの匂いは!」

「くっさ!これ、くっさ!」

「何が起こった!?」

 男たちはあまりの悪臭に鼻をつまみ、防御膜の中でじたばたと転げ回り、もがき苦しみ始めた。

「オエーッ……!」

 自分たちの汚物にまみれ、なおも転がり、ついには泡を吹いて気を失っていく。

 ミー君はそんな光景をまったく意に介さず、ヨナリウスのもとへ急いで駆けつけると、まるで謝るように、一生懸命に頭を上下に振った。

「ミー君……」

 ヨナリウスは震える息を飲み込み、その体にぎゅっと抱きついた。

「それにしても、これは一体……」

「この人たち、何がしたかったんだ?」

 その場に集まった一同は、言葉を失っていた。
 白目をむき、泡を吹いて倒れ伏す、十五人の全裸の男たち。
 しかも全員が、自分たちの排泄物にまみれている。

「……武器を、持っていないのだが……」

 ミー君は以前、辺境伯の屋敷に不法侵入した男たちにも、いつものように液を噴きかけたことがある。
 すると――

「ギャーッ!」

 男たちは悲鳴とともに、次々と溶けてしまった。

 それを見た辺境伯は、ミー君にある提案をした。

「悪臭で動きを止めるのはいい。けれど、溶かしてしまったら証拠が残らないんだ。そうなれば、彼らの悪事を裁けなくなってしまう。……賢い君なら、分かるよね?」

 しかし、ここは辺境伯の屋敷ではない。

 いつものように悪臭を使えば、ヨナリウスにまで影響が及ぶ可能性がある。
 彼がどこにいるか分からない状況では、それは危険だった。

 仕方なくミー君は、悪臭での制圧を諦めた。
 その代わりに――

 侵入者たちが身につけていた衣類と、手にしていた武器だけを溶かしたのである。

 ミー君に抱きつき、すっかり落ち着きを取り戻したヨナリウスは、コンラッドのそばへ戻った。

「おじさん、このきたないひとたち、だぁ~れ?」

 眉間に皺を寄せ、露骨に嫌そうな顔で、ヨナリウスは目の前の惨状を眺めた。

「こんな汚いものは、教育上よくないから、見てはいけません。」

 そう言って、コンラッドはヨナリウスのそばに腰を下ろした。
 それから、大きく形の整った手で、そっとヨナリウスの視界を覆う。

「わるいひと~?」

 ヨナリウスは、コンラッドの大きな手に小さな手を添えながら尋ねた。

「そうだな。夜中に勝手に他人の家に侵入する人は、悪い人だ。」

 コンラッドは、ヨナリウスの言葉に静かにうなずいた。

「じゃあ、悪いことをしたから、このおじさんたちは、せっぷくしないといけないんだよね?おじさん、ナイフか剣、もってる~?」

 ヨナリウスはそう言いながら、ニヤリと口角を三日月の形につり上げ、どこか怪しい笑みを浮かべた。

「せっぷく? それは何だ? なぜ、ナイフや剣が必要なんだ?」

 手を放したコンラッドは、ヨナリウスの目を見ながら問い返した。

「だって、このおじさんたち、悪いことをしたんでしょう?だったら男として、せきにんを取らなくちゃ!」

 自信満々に胸を張って説明するヨナリウス。

「確かに、この人たちは悪い人で、責任を取らねばならないな。」

「だからね?こうやって、自分で自分のおなかを切っちゃうの。それでね、くるしいらしいから、かいしゃくして、せめてものなさけをかけるんだよ。」

「ほう……。せっぷくとは、男の責任の取り方で、自分で腹を切ることなのだな。それで、かいしゃくとは?」

 ヨナリウスの言葉に怯むことなく、コンラッドはさらに尋ねた。

「おじさん、すっごく強いから、くるしんでるみんなのくびを、ぱって、いっしゅんで切ってあげて。それで、いいよ。」

 ニコニコと微笑みながら、切腹と介錯を説明する四歳児である。

「……ヨナリウスは、ずいぶんと難しい言葉を知っているのだな。」

 コンラッドは感心したように言い、ヨナリウスの頭をよしよしと撫でた。

「うん! だってぼく、せきにんの取れる男だもの!」

 撫でてもらえたのが嬉しいのか、ヨナリウスは満面の笑みで答える。

 その光景を、その場に集まった一同は、理解不能なものを見る眼差しで見つめていた。

「は、腹を切る……?」

「首を、ぱっと一瞬で……?」

「ん? 首を切り落とすのか……?」

「「「それ、処刑じゃん!!」」」

 全員の顔が、一斉に青ざめた。

 見た目は二~三歳ほどの幼子が、処刑の手順を意気揚々と語っているのである。

「せめてもの、なさけとは?」

「うんとね~、おんじょう? やさしさ? ふところのおおきい男のすることなんだって~。」

 なおも誇らしげに、ヨナリウスは説明した。

「おー、なんかかっこいいな!」

「そうでしょう!」

 褒められたヨナリウスは、すっかり上機嫌だ。

 その言葉に、コンラッドは目を輝かせていた。

「そうか。ヨナリウスがそう言うのなら……。」

 それをどう解釈したのか、剣を用意するよう指示を出しかける大人が約一名。

 あまりの衝撃に言葉を失い、一瞬現実逃避をしていた――コンラッドが生まれる前から公爵家に仕えるディーバリー副団長は、はっと我に返ると、

「……まずは、尋問です!」

 怒鳴りたい衝動をぎりぎりで押さえ、やっとのことで絞り出すように、それだけを告げた。

 その場にいた全員が、「そうだそうだ!」と言わんばかりに、激しく首を縦に振る。

「ああ、そうだな。すまないな、ヨナリウス。せっかく画期的な対処方法を教えてもらったのに……。」

 コンラッドは、心底残念そうである。

「べつに、おじさんがあやまらなくていいよ~。今、夜中だしね? ごめいわくだよね。」

「ヨナリウスは常識人だな。えらいな~。」

 さらに褒められ、頭まで撫でられたヨナリウスは、すっかり上機嫌になった。

 ――しかし。

 周囲の反応は、まるで違っていた。

 なぜだろう。
 腑に落ちない部分はいくらかある。
 だが今の発言は、驚くほどまっとうに聞こえる。

「そうだな。まずは、この汚物を綺麗にして、起こさないとな?」

「そうだね~。」

 ニコニコと微笑みながら、この世のものとは思えないほど美しく、そして恐ろしいほどよく似た顔をした二人が、穏やかに会話を交わしていた。

 あまりにも異様なその光景に、周囲は言いようのない恐怖を覚えた。

 そして、この場にいる全員の意見が一致する。

(この親子、危険すぎる!そして、この魔物は――絶対に怒らせてはいけない!)

 こうして盗賊の一味は、ディーバリー副団長の一言によって、体と首を切り離されることなく、かろうじて生き延びることができたのだった。
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