捨てられ侯爵令嬢ですが、逃亡先で息子と幸せに過ごしていますので、邪魔しないでください。

蒼月柚希

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次から次へと来る情報に、ハイランズ伯爵は今にも倒れそうです。

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 バーナード・ハイランズ伯爵に対し、自分は誘拐犯ではないのだと懸命に訴え続け、ようやく疑いが晴れたその頃。

 シュバリエ皇国のヴァーミリオン公爵に仕える若い騎士、ウェルナー・サイオンは、気力も体力もすべて使い果たしていた。

 彼はどうしても、ユリアーナに逢わなければならなかった。
 なぜなら、彼の今後を左右することを彼女が握っているからである。

 そのため、公爵の遠征などには、必ずといっていいほど同行した。
 今回も、そのために同行し、公爵に頼まれた伝言を、ただ言えばいいだけだったはずなのに……。

「何故こんなことに……。」

 何度説明しても、全く話を聞かない目の前の連中に、辟易していた。

「ヨナリウスをどこにやった!」

「ですから、我が公爵と一緒に、母親のもとへ向かっています!」

「身代金は、どのくらいを予定している?」

「そのような予定はありません!」

 何度も、同じ問答が繰り返された。

 目の前では、黒いローブに身を包んだ妖艶な美女が、手のひらに真っ赤に燃え盛る火の玉を生み出し、今にもこちらを焼き殺そうと構えている。

 もう一人、同行していたショートカットが似合うかわいらしい少女は、無言のまま、自分の指の爪を一枚一枚、ナイフの刃先で剥がそうとしていた。

 ウェルナーは、生きた心地がしなかった。

 その中でも、最後まで……。

「こんなに早く、この国へ来られるはずがない!」

 と疑われ続けたが、国家機密を口にするわけにもいかず、

「公爵様が説明してくださいます!」

「自分からは言えません!」

 と、頑なにそれ以上の説明を拒み続けた。

 半ば強引に押し切る形ではあったが、それでも何とか自由を勝ち取った頃には、腹はぺこぺこで、ふと見上げた空には、いつの間にか星が瞬いていた。

「……オレ、泣いていいかな……」

 伯爵家が詫びとして用意してくれた、遅い時間の豪華な食事を、涙というしょっぱいスパイスで味付けしながら、ウェルナーは次々と口へ運んでいく。

 国に残してきた、新婚のかわいい妻の顔を思い浮かべ、生き残ったという事実を、噛みしめるように実感していた。

 なぜなら途中で、あの妖艶な美女が、含みのある手つきで体に触れながら、

「いい体しているわね? なんなら夜の運動で、吐かせてあげても、よくってよ?」

 と、冗談とも本気ともつかぬ誘惑を仕掛けてきたからである。

 そのとき、

「わたし、新婚なので! 妻を裏切れませーん!」

 半ば叫ぶようにそう言い放ち、誘惑に屈しなかった自分を、心の底から褒めてやりたくなった。

 それに。
 その一言で「誠実な男」だと認められ、急に信用されるようになったのだから、世の中というのは分からない。

「やっぱり、誠実が一番……」

 ウェルナーは、心の中で強く誓った。

 その頃、別室では――。

 伯爵たちが、密かに会議を開いていた。

「しぶとかったわね、あの男。」

「かわいい顔して、なかなか根性が据わっているわ!」

「さすがは、あの“戦闘狂”と呼ばれた公爵の部下ね。」

 メリンダとククルは、ユーリとヨナリウスには決して見せない、凶暴な顔をさらしていた。
 その迫力に、その場にいる男性陣はビクビクしている。

「でも、もったいなかったな。いい体してたのに……」

 物欲しそうに指をくわえるメリンダ。

「よその国の騎士に手を出すのは、さすがにまずいでしょう。」

「しかも人様のものって、魅力的……。」

「メリンダ……いつか痛い目を見るよ……。」

 聞いているだけで胃が痛くなりそうな会話が続く。

 その空気を何とかしようと、

「コホン……」

 と、伯爵が咳払いをした。

 途端に、

「おほほほ……」

「私ったら……」

 メリンダとククルは、いつもの穏やかな表情へと戻る。

「とにかく、あの男の話を信じるとするなら……」

 今後の方針について、話し合いが始まった。

「順調にいけば、ヨナと公爵一行は、今夜は兄上たちが泊まった町にいるはずだ。」

 そこまでは、ここから一日もかからずに辿り着ける。

「彼の話では、子供たちを連れて帰るための馬車も用意しているらしい。……なら、この際、子供たちも一緒に連れて行こうと思う。もちろん、あの公爵の騎士もだ。監視付きで。」

 翌日。

 シュバリエ皇国から来た子供たちに、お迎えが来ていることが伝えられた。

 しかし――。

「え。もう帰るの?」

「お迎え、早すぎない?」

 意外にも、今すぐ帰ることに不満を口にする子供たち。
 清潔でサイズの合った綺麗な服を着て、美味しいご飯とおやつを食べ、ふかふかの布団で眠る毎日が、すっかり気に入ってしまっていたのだ。

 そんな五人を優しくなだめすかし、ようやく帰ることが決まった、そのとき。
 伯爵のもとに、また新たな書状が届いた。

「は? 盗賊団を捕まえた?」

 内容を読んで、伯爵は目を見開いた。

 予想通り、ヨナリウスと公爵一行は、昨晩、例の町に宿泊していた。
 そこで――。

 段取りがずさんな割に、なかなか捕まらないことで有名な、悪運の強いコソ泥集団を、どうやらミー君が捕まえたらしい、という報告だった。

 なぜか武器も持たず、全裸のまま、町の最高責任者の屋敷の庭先に転がっていたという。

 悪臭を取り除いたところ、公爵によく似た子供に「公開処刑」のようなものを迫られたためか、盗賊たちは我先に、自分たちの罪を白状し始めているらしい。

「あれ? このパターン……どこかで……。」

 伯爵は、じわりと頭痛を覚え、薬を口に含んだ。

 どう対応すべきか指示を求める内容だったため、至急、伝令を飛ばし、公爵一行には、そのまま現地で足止めするよう伝えた。

(頼むから、これ以上は増えないでくれ……ヨナ、どうか今はおとなしくしていてくれ……)

 伯爵は神に祈りながら、眠りについた。

 そして次の日の早朝。
 伯爵は辺境伯の屋敷へ使いを走らせ、兄の留守が長くなることを伝えた。

 すると、今度はお城からの急ぎの伝令が届く。

 次から次へと届く文章に、伯爵は今にも倒れそうな勢いだった。

「ひ、一つずつ対応すれば、大丈夫、絶対に……。」

 そう自分に言い聞かせ、頭の中で優先順位を組み立て直す。

 まず自身の屋敷の者たちへ、王都で別件が生じたことを説明し、指示を出す。

 その次に。
 目をこすり、眠たそうにしているシュバリエ皇国の子供たちを何とか馬車に乗せ、ヨナス教会へと向かった。

 司教に会い、国王の命令であることを告げ、ミディがしばらく留守になる旨を伝える。
 そのうえで、牧場と孤児院の子供たちのことを託した。

「な、なんで私が実家に?」

 突然呼び出されたミディは混乱し、気持ちの整理もつかないまま、気が付けば馬車に乗せられていた。

「あの、どこか体調が悪いのでは?」

 元気がなく、少し見ないうちにやつれたミディを見て、伯爵は心配そうに声をかけた。

「あ、いえ……ご心配なく……」

 ミディはバツの悪そうな表情で、伯爵の視線から目をそらした。

(今、王城に行ったら、ローに会ってしまう。私、何を言えば……)

 ミディの頭の中は、そのことでいっぱいだった。

 膝の上に置いた自分の手を見つめながら、彼女は考える。

(お祝いを述べるべき? それとも……玉砕覚悟で、言ってしまう?)

 その向かい側で、

「えっと、まず公爵に会って、ヨナの無事を確認して……」

(がんばれ俺! 負けるな俺! そして……死ぬな俺!)

 伯爵は今後の段取りを組もうと、脳をフル回転させていた。
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